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音楽ビジネスの知を、アカデミックな文脈から再編する:日高良祐×CANTEEN遠山×tomad鼎談

2022年7月、東京藝術大学千住キャンパスにてCANTEEN代表・遠山啓一がレクチャーを行なった。音楽学部音楽環境創造科で日高良祐氏が受けもつ「ポピュラー音楽研究Ⅰ」の一環として行われたこのレクチャーは、CANTEENの実践を紹介しつつ現代の情報環境における音楽やアーティスト活動の意味を整理するものだ。アーティストマネジメントをはじめとする音楽ビジネスの知見は、アカデミックな場においていかなる意味をもつのか。日高氏と遠山、CANTEENメンバーのtomadの鼎談から、具体と抽象を往還するCANTEENの活動を捉えなおす。

Edit & Text: Moteslim

社会学の視点をマネジメントへ

遠山啓一(以下、遠山) ぼくたちは普段音楽ビジネスに取り組んでいますが、アーティストマネジメントには教育的な側面もあると感じます。先生/生徒という関係性をとるわけではありませんが、ぼくらがマネジメントするアーティストの多くは大学生くらいの年齢ですし、実際に働き方や法律、税制についてレクチャーすることもある。あるいは2020年に渋谷パルコで実施した「GAKU」という教育プログラムでは、音楽をつくったことない中高生と並走しながら楽曲やMVの制作・配信を行なったこともあり、教育的な活動から学ばされることもかなり多いと感じていました。そんなことを日高さんと話しているなかで、今回、「ポピュラー音楽研究Ⅰ」の講義の一環としてゲストレクチャーを行う機会をいただいたんですよね。

日高良祐(以下、日高) CANTEENとしての活動についてはあまり知らなかったので、いろいろなお話を伺えて面白かったです。さまざまな単語や概念をマッピングしながら活動の方針を考えるワークショップなど、カルチュラル・スタディーズのような社会学のプラクティカルな知見も活かされているんだなと感じました。

鼎談前に遠山が行なったレクチャーの様子

遠山 自分のバックグランドでもあるカルチュラル・スタディーズやメディア・スタディーズといった社会学的な視点は重要だと思っています。ぼくらとしては単に面白いコンテンツをつくりたいのではなく、アーティストとのやりとりや制作という行為が社会のなかでどんな意味をもつのか引いた視点からも考えておきたくて。こういった話をする機会は少ないので、今回は改めて自分たちが何をやろうとしているのか整理できた気がします。

日高 ワークショップとかって大学でも行われることがありますが、意外と難しくて誰でもできるわけじゃないですよね。それがアーティストのマネジメントに取り入れられているのが面白いなと。

tomad ぼくらは日常的にワークショップを行なってるけど、意外と珍しいのかもしれないですね。

遠山 マッピングのワークショップを行うなかで音楽シーンやクリエイティブ業界などさまざまな領域の見取り図をつくると、自分の立ち位置がクリアになるんですよね。いま自分がどこにいるのかわかると、アーティストも今後の活動について考えやすくなる。なかには最初から企業の中期経営計画のような考え方で活動プランを立てられるアーティストもいますが、ワークショップならどんなアーティストでも手を動かせるんです。

日高良祐氏

アーティストにのしかかる負荷

日高 今日のレクチャーで遠山さんが「アーティスト活動の50%はSNSが占めている」と語っていたように、CDだけリリースしていた時期と比べるとアーティストの負担が増えていますよね。必然的にアーティストが自主的に判断する機会も増えると思うのですが、その負荷に耐えられない人もいるんじゃないかと感じました。

遠山 前提として、従来の音楽ビジネスの中では責任が不明瞭になりやすくアーティストが消費されることも少なくなかったため、自身でチームをつくることで活動するほうが自立性は高まります。その結果、モチベーションが上がったりいい音楽が生まれたりすることもあるはずです。ただ、それだけが正解ではないとも感じます。日高さんがおっしゃるように、さまざまな負荷に耐えられない人もいる。自分自身でキャリアを設計しようとするとファン層が広がるなかでアンチも増え、期待も大きくなり、そのすべてに向き合わなければいけなくなる。しかも場合によっては活動規模が1年で100倍になることもあるわけで、その負荷に耐えられる人は意外と少ないのかもしれないですね。

tomad

日高 たしかに、規模が大きくなりすぎると個人のキャパシティを超えてしまいますよね。

tomad 人によってキャリアのタイプも違うし、決まった正解がないんですよね。たとえばラッパーとトラックメーカーでも考え方は変わります。ラッパーはある程度シーンの“波”に乗ったほうがいいけれど、トラックメーカーはむしろ波とは関係なく活動した方が活動を継続させやすいかもしれないし。

日高 CANTEENが参照しているアメリカやイギリスの音楽ビジネスには新自由主義的な側面もあって、優れたアーティストがよりよい作品をつくれる一方で、切り捨てられてしまうアーティストも多いのかもと感じました。ただ同時に、CANTEENとしてはアーティストを切り捨てるわけじゃなく制作と生活のバランスなどケアを意識されているのが面白いなと。社会起業家や福祉のような側面もあるのかもしれない。

遠山 目先の利益だけで判断しているわけではないですからね。ほかにはないマネジメントのサービスを考えているからこそ、アーティストとは継続的な関係を築いていけたらと思っています。

コロナ禍とメディア感覚の変容

遠山 日高さんの授業をとっている学生はプラットフォームや産業のデジタル化など具体的な音楽ビジネスの話に関心があるのかなと思っていたのですが、コロナ禍におけるライブパフォーマンスの変化による空間と身体性の変容など、ぼくらと同じような興味・関心をもっていたのが面白かったですね。ぼくらが扱っているようなヒップホップをみんなが聴いているわけではないのもよかった。

日高 この授業には音楽環境創造科と楽理科の学生が集まっていて、基本的にはみんな楽器を弾けるし西洋音楽の素養があります。そのうえで今日的な音楽の環境やポップミュージック、録音の環境設計などに興味をもっているので、音楽の趣味はかなりバラバラですね。もちろんヒップホップ好きの子もいますが、学生から提出されるレポートを見ていてもさまざまなジャンルが扱われています。彼/彼女らはメディアや音楽を広く捉えているので、テクノロジカルな意味での「メディア」だけではなく身体そのものをメディアとして捉えるような視点も自然に共有されていましたね。

授業は少人数ながら、多様な生徒が集まっている。

遠山 思えばいまの学生はコロナ禍によってリモート化を強いられたり実空間でのイベントを体験する機会が減ったりしているからこそ、ライブと音楽の関係や身体や空間へと拡張したメディアの概念へ興味をもっているのかもしれませんね。

日高 実際に遠山さんがやりとりするアーティストの方々の感覚も変わっているものですか? とくにSNSはこの数年で大きく環境が変わっていますよね。

遠山 CANTEENがマネジメントしているアーティストのなかだと、Tohjiはかなり自覚的にSNS上の発信をコントロールしていますが、SNSをきちんと活用できるアーティストはそう多くありません。自分の身体やキャラがどう多くの人に受容されていくのか想像しながらコンテンツを発信するのは難しいですし。でもそんな想像力をもっているアーティストは、再帰性への自覚も強いですし、SNSに限らずライブの設計や活動自体のクリエイティブディレクションもうまい気がします。

遠山啓一

領域横断的な場を求めて

tomad 音楽環境創造科は今回の日高さんの授業のように割と開かれている印象があるんですが、大学における音楽教育ってどこか偏りがある気もします。アーティストマネジメントに関する教育プログラムも存在するとは思うものの、あまり実践が積み上がっていない。他方でロンドンを見れば、ゴールドスミス・カレッジのような場所でファインアートや音楽、メディア、コミュニケーションなどさまざまな領域に関する議論が行われている。日本で同じような実践が可能なんでしょうか。

日高 ゴールドスミスだとカルチュラル・スタディーズの文脈のなかでこうした議論が行われている印象があるので、日本でも藝大はもちろんのこと、カルチュラル・スタディーズやメディア・スタディーズの領域なら議論の場をつくっていけると思います。ただ、現場でも実践できるような音楽マネジメントの話になるかというと怪しいですね。実際に現場で働く人々やミュージシャンを対象とするとなると専門学校の方が近いですし、アカデミックな文脈へアプローチするのか現場の人の教育を重視するかで判断も変わりそうです。

遠山 両方へアプローチしたいんですよね。たとえば制作現場でのワークショップはアカデミックな文脈ともつながると思いますし、とくに最近はぼくらが行なっているワークショップを企業の社内研修やリカレント教育のプログラムへ導入できないか相談を進めています。

レクチャーでは学生から遠山へ質問も寄せられた。

tomad 実務に偏りすぎると視野が狭まるし、抽象的な議論に向かうと現場の視点が抜け落ちてしまいがち。両者を行き来したいですね。もっと言えば、音楽だけにフォーカスしていてもダメで、ビジネスやアートマネジメントなどさまざまな領域のことを考える必要があるわけで。

日高 横断的な場が必要だと。

tomad 実務においてはそういう横断的な視点が必要ですよね。大学から理系のスタートアップがたくさん生まれているように、文化産業の領域でも新しい枠組みをつくろうとする取り組みが増えてもよさそうです。
遠山 最近アカデミアや行政の方々と話す機会も増えているのですが、必ずしも枠組みがないわけではなく、新しいことに挑戦する余地もあると感じています。CANTEENも音楽事業だけではなく広告やクリエイティブビジネスも含めた展開を考えているので、今後もあちこちを行き来しながら活動を続けていきたいです。

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