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異語り 155 羊羹

コトガタリ 155 ヨウカン

70代 女性

孫が中学生になるとなかなかスケジュールが合わず、
「夏休みになっても遊びに行けないかもしれません」と連絡がきた。
それならば、と夫と2人で東京まで行ってみることにする。

最近は旅行なんて全然行けていなかったから、とても楽しみで。
ついついお土産もいっぱい買い込んでしまい大荷物でお邪魔することになってしまった。

東京は暑かったけれど、孫たちも揃って出迎えてくれてとても幸せだ。

家に着くと早速お土産を次々と並べていく。
「まぁ、こんなにたくさん」
「期限の長そうなものを選んできたから大丈夫だと思うけど、もし多かったらお友達にも配っちゃっていいからね」
私の周りがお菓子が埋め尽くされていく。

「あとはお父さんのカバンに入れたものだけね」
「うわぁ、まだあるの!?」
孫達の視点が夫に向う
「ああ、棒羊羹か。重かったからこっちにいたんだっけ」
夫がいそいそと鞄を漁る。

が、すぐに首を傾げた
「なあ、そっちには入ってないのか?」
「こっちはもう空っぽですよ」
「おかしいなぁ?」

夫は鞄の中身は全部出し始めた。
「入れ忘れたんでしょうか?」
「いや、鞄には入れたはずだよ。ほら、紙袋はある」

確かに何かが入っていたように開いた状態の紙袋が一枚入っていた。

「さっき出したかしら?」
「羊羹はなかったぞ」

孫達が気に入っている、円筒に入った羊羹が見当たらない。
せっかく一つにまとめたお土産を再び広げて、あーでもないこうでもないと話し合っていると

「なあ、久しぶりだから忘れてたけど、アレに持って行ったんじゃないかい?」
「「あれ?」」
孫達が首を傾げたが、私は思い出した。
「あーそうだったわね、きっとそうなのね」と納得顔で一息つく。

孫達が不思議そうな顔でこちらを見ているので、少し昔話をしてあげた。



昔、まだ息子達が小さかった頃。
家族旅行に行った。
北海道には温泉がたくさんある。そんな中でも秘湯と言われる山の中のお宿を目指して車を走らせていた。
でも、本当に山の中で道もガタガタ。
街灯もない凄いところだった。
さらに途中で道を間違えてしまったのか、いつまでたっても宿に辿り着かない。

車もオンボロだから、だんだんと調子が悪くなっていって……、
ついにはガタガタ プスンっと止まってしまった。

もうすぐ陽も暮れそうだし、明かりもない山の中。
どうしようって途方に暮れかけていた時に、道路の脇に小さな祠を見つけた。

私は車のことなんてさっぱりわからないから、父さんが何とかしている間は神頼みでもしてようと思って祠の前にしゃがみこみ手を合わせた。
そしたら息子達がカバンから勝手にお菓子を持ってきて
「お願いするんだから、ちゃんとお供えもしないとダメだよ」
って祠の前にお菓子を並べた。

「無事に宿に着けますように」

息子2人と並んで目をつぶり手は合わせていたら、
後ろからブルルンってエンジンがかかる音がした。
3人で「わぁっ」と顔を合わせたら

「もっと食べたい」

って小さな声が聞こえた。

びっくりしてキョロキョロしていると、
「羊羹がなくなってる!」と言う。
見ると、祠の前に並べたお菓子の中から羊羹だけが消えていた。

ちょっと驚いたけど、「きっと神様が助けてくれたのよ」って、もう一度3人で手を合わせた。
「無事に家に帰れましたら必ず近くの神社まで羊羹をお供えに上がります」と約束した。


車に乗り込んで出発したら10分もしないぐらいですんなりお宿に着いてしまった。

その後は何事もなく、帰り道は一度も迷うことなく家にたどり着くことができた。

もちろん帰ってからすぐに近所の小さな神社に羊羹を持ってお礼に行った。

それ以来、どこかに旅行にする時は必ず神社にご挨拶してから出かけるようになった。
社務所もない人もいない小さな神社で、大きな貯金箱みたいな賽銭箱と小さな銅鑼のような鐘がついている。
賽銭箱の奥に羊羹の箱を置き、夫婦で揃って手を合わせる。
毎回持って行った羊羹は手を合わせている間に消えてしまう。
不思議だとは思うけれど、もうそれが当たり前に感じていた。

でも今回は旅行自体がすごく久しぶりだったからすっかりその存在を忘れていたのだ。
お土産用にいつもお供えしていた羊羹と同じ物を買っていたから、「きっと神様が自分用だと思って持っていたのかもしれない」

孫達にはそう言って謝った。
「北海道に帰ったらまた送るわね」というと
「私達のはいいよ神様にあげて」
「そうそう、おばあちゃんたちが無事なのが一番だから」

と、とても嬉しいことを言ってくれた。

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