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再掲載:短編小説「上質」



 現在、テレビ業界を取り巻く状況は素人目から見てもあまりよろしくない。暴力を伴う映像の規制や、過度な演出による番組批判など、細かく挙げればきりがない。つい先日届いた投書にも「出演者の座っていた椅子が痛そうだった。見ててとても辛い」という、〝ふざけるな!〟と一蹴したくなる内容のものが届いた。



 〝ふざけるな!〟と、一蹴したくとも、できないのがこの国の社会人の辛いところである。男は今現在、わざわざスーツを着込み、右手には菓子折りをもって都心から車で2時間弱かかる閑散とした村のある寂れた古民家まで来ていた。



 「こんにちは」鍵がかかってないのが当たり前だ、という風に玄関の扉は何の抵抗もなく開いた。
「はーい」奥の部屋からだろうか、しゃがれた老人の声が聞こえた。しばらくすると玄関から見える位置にあるドアが開き、老人は男と対峙した。



 「またあんたか。前も言った通り、お前みたいな失礼な奴にオラの山の木は絶対売らないぞ」老人は玄関に着く男を睨み、確かな怒りを声に込めて話した。



 「先日は急に押しかけ、我々の一方的な感情のみをお話しし、あまつさえ購入金額についてまで勝手に打診してしまい申し訳ございませんでした」男は深々と頭を下げた。そして続けて話し出した。
「しかし、こちらの昆虫や動植物豊かで、透き通る水が流れているこの素晴らしい森林の木を使い、どうしても上質な椅子を作製したいのです。何卒、再度お考え願えないでしょうか」



 「黙れ。なにが素晴らしい森林だ。オラの持つあの山はそんな立派なものじゃない。手入れは勿論、持ち主のオラだって足腰が悪くなった最近はあの山に入ってない。そんな見え透いたお世辞はやめろ」老人の怒りは納まるどころか、大人が子供を諭すような静かな怒りへ変質していった。



 「我々は椅子の作製にあたり、まず初めに材料にこだわることにしました。地質学者に指示を仰ぎ理想的な材質の木が群生する場所、気象予報士には各地の年間の雨量から理想的な湿度、昆虫学者からは白アリが避ける場所や逆に好む場所などあらゆる情報を持ち寄り、多角的に理想の椅子を作ることができる木が生えている場所を探しだしました。いいですか、あなた様が所有している山は我々にとって、『素晴らしい森林』なんです。座る方がきっと驚く素晴らしい椅子はここの木でないとできないんです」男は老人の怒りに正面から向き合い、誠実さと熱意をもって応じた。



 「……」男の熱意に押されたのか、老人は押し黙った。そして沈黙に耐えかねてか静かな声で男に話し始めた。
「あんな、汚い山を『素晴らしい森林』か。そうか、わかった。その熱意に負けたよ。オラの山の木好きなものを切って持って行ってくれて構わない。立派な何十年も使われる椅子を作ってくれ」老人の表情に怒りの熱はもう見て取れない。



 「ありがとうございます。でも作る椅子はドッキリ用のすぐ壊れる椅子ですから何十年も使われるのは無理です。椅子の作製には木の中身がシロアリに食われ、芯が抜けている木が多く必要なんですが、この森林には求めていた上質な木が多くある素晴らしい森林で助かります」男は、見事に壊れる椅子を想像し笑顔で答えた。



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