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再掲載:短編小説「投資」


 「おばば、おばばはさ、俺の父ちゃんみたいに、お金を増やせるトーシとかやってるの?」と、まるで外国のスラッガーのようにカチャクチャとガムを噛みながら、この春に小学2年生となる男の子が質問した。質問の相手は彼が今いる駄菓子屋の店番をしている、1人の老婆である。




 「投資?してないよ、オババは頭が悪いからね。そんな意地悪なことを言わないでおくれ」と、老婆は年々、年輪のように皺が増えていく手を忙しなく揉みながら答えた。声は大きく、小さな駄菓子屋全体に響いた。老婆は何故か、同情を乞うような話口調でいつも接客を行う。




 「やったほうがいいんだよ。買ったものがね、長い時間が経つと買った時より高く売れるんだって」男の子の投資に対しての説明は、少しばかり訂正する箇所があったが、本質はそこまで間違っていなかった。しかし、男の子が投資についての説明を受けた生徒には、実行する意思は決してなかった。




 老婆は少し考えた。勿論、男の子の説明を受け投資に興味が湧いたわけではない。「そうか、投資か……。投資ということもできるのか」と、何か合点がいったかのような独り言を呟くと、「実はオババ、投資はずっとやってるみたいだよ」とニヤリと笑った。男の子はオババの顔がなんだか魔女のように見え、口には出さなかったがズボンのポケットに手を入れると、力強く拳を握った。




 その夜、駄菓子屋の二階、つまり老婆の居住スペースとなる場所に1人のスーツ姿の男が招かれていた。男は30代くらいに見えるが、緊張感を隠すことなく醸し出す姿は20代の大学生の様にも見えた。男は老婆が普段食事をする卓に向かい椅子に腰を下ろしている。そして目の前の老婆が話し始めるのを、静かに待っていた。




 「ては、早速本題に入りましょう。今日お越しいただいたということは、条件に異論はないということだね。では、こちらをお受け取りください」と、話すと老婆は卓の下から1枚の茶封筒を卓上に載せた。事前に用意していたのだろう。慣れた手つきや口調が男に老婆の恐ろしさと同時に、安心感を与えた。




 「こちらの封筒には、ご連絡差し上げた内容の防犯カメラの映像データが入っております」老婆は茶封筒の中身の説明を手短に行い、視線を男へ向けた。「データがこれだけという保証は?」「ありません」男の質問に開き直りの様な、清々しい返答を老婆が話すと続けて、「しかし、信用していただく他ございません。貴方も身を置く業界でマネージャーをやっているなら、〝私達〟の存在は聞いたことがあると思います。聞いたことはあるが、実際に〝私達〟が関与している映像が世に出回っていますか?出回っていませんよね?それが答えです。わかったら、さっさと条件として提示した300万円を置いて帰ってください」




 男は老婆の家を後にした。そして、少し歩き振り返った。1階の駄菓子屋と2階に住む投資家の住処を。男は深いため息を夜風に溶かし、前を向きまた歩き始めた。自分が子供の頃にはどこにでもあった駄菓子屋。(駄菓子屋って儲からないよな)なんて誤った想像をしたのは何歳の頃だろう。駄菓子屋は儲かるのである。しかし、すぐにではない。そして儲からないかもしれない。




 「子どもが駄菓子を万引きした姿を防犯カメラで撮っておいて、その子が有名になったらその動画を本人に買わせる……。怖い仕事だよ」男の独り言は、先程の深いため息と同様に夜風に溶けた。そして夜風によって、あの男の子の元へ届けばどれほどいいだろうか。夜風の囁きにより、彼が明日老婆へ謝罪するきっかけとなればどれほど素晴らしいだろうか。彼が今日万引きしポケットに入れた小さなガムが数年後、300万円として請求される日が来ないとは限らないのだから。





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