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再掲載:短編小説「本物の偽物」



 「あのね、あのね、今日の朝ね、小さな桜の花びらをね、クモが自分の巣に集めているのを見たの。きっと、クモはね、春がいなくなるのが嫌なんだと思うの」と、娘は眠気をはらんだ声で教えてくれた。「なんで春がいなくなるのが嫌なの?」私は、布団から出ている腕を再び布団へ誘いながら問いかけた。眠そうな我が子を起こす様で少々気が引けたが、娘が話したそうにしているのを察してのことだ。




 「春がいなくなるとね、桜の木がね、寂しくなるからだよ。クモが桜の花びらを集めてたのはね、きっと、寂しそうな桜の木に自分の糸を使って、桜の花びらを付けてあげるためなんだよ……。わたしね、しってるの……」娘の声は、あくびを我慢している様な広がりのあるものだった。「そうだね、きっとそうだよ」と、私は娘の素敵な想像力に微笑みで返し、頬に優しくキスをした。「おやすみなさい」そして、ありがとう、という感謝を込めて。





 娘の寝息が部屋に満ちると、私は音を立てずに部屋を後にした。そして、自室に入ると急いでパソコンの電源を入れ、娘の優しい物語を忘れる前に文章化した。いつもの作業なので、気をつける部分もよくわかっている。(大人の解釈を添付し過ぎず、且つ子どもの口調すぎてもダメだ……)





 「題名は何がいいかな……。『いかないで春』なんてどうかな、いや、なんか大人っぽいな。これじゃあ絵本には向かない。やっぱり明日の朝、また直接聞いてみてから決めよう、それでも遅くない」私は、パソコンを打鍵しながら、嬉しさのあまり独り言を呟いていた。これでまた、ベストセラーを生み出せる現実に少々興奮している様である。既に絵本作家として成功している私の新作は、今回もいつも通りの方法で制作することができた。やはり、良い制作物とは、本人の意思に関係なく突発的にできる物である。





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