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6月15日発売予定の新刊を全文無料公開中!『14歳からのアンチワーク哲学 なぜ僕らは働きたくないのか?』
「労働はクソ」
「この社会はなにかがおかしい」
「無意味に労働で消耗している」
そんな違和感を抱いているまともな人たちのために、まとも書房という出版社を立ち上げて、『14歳からのアンチワーク哲学』という本を出版します。
アンチワーク哲学とは、労働は撲滅可能であり、撲滅すべきであるという確信を社会学、経済学、哲学、心理学、生物学などあらゆる学問の知見と、誰もが知る日常生活に溢れかえる感情と共に、
なんやかんや嫌いになれないこの世界【雑記】
労働なき世界を声高に叫ぶ僕ではあるものの、かといってこの世界が地獄であるとは思わない。いや、特定の人からすれば地獄かもしれないが、少なくとも蟹工船や女工哀史に描かれた人々に比べれば、まだマシだろう。小さな子どもが十四時間も労働させられるような状況は(少なくとも日本では)存在しないのだ。
生産も多少は自動化されてきている。非効率な労働慣行も見直されつつある。パワハラもセクハラも問題視されてきた。育
『14歳からのアンチワーク哲学』が刷り上がりそうなのはいいものの・・・【出版社を作ろう】
月末には本が刷り上がる。二千冊である。
が、販路はいまだに考え中である。ネットでは一応買えるようにしているが、それだけではさほど売れないだろう。そして、並べてくれる書店は見つけていない。見切り発車にもほどがある。やべぇよ。
とはいえ、僕は本を売りたいのであり、本を読んでもらいたいのである。
そのためになにをしようかと、考えているところである。いや、考えるのが遅すぎるが、ディスコ―ドのメンバー
なぜ、アンチワーク哲学は脱強制にこだわるのか?【アンチワーク哲学】
レイプされることを望む人間などいない。もし望んでいるのであれば、それはもはやレイプではないからだ。
だからと言って「人間は本質的にセックスが嫌いな生き物だ」と主張する人はいないだろう。好きな相手と自発的に行うなら、セックスは最高の体験になるのだから。
改めて考えれば不思議である。やっていることは同じなのに、かたや一生残るトラウマ体験となり、かたや人生における最高のひと時のうちの一つの数えられる
礼儀正しくレスバトルをする人々【雑記】
Xでレスバトルを見かけない日はない。クソリプが来て、クソリプを返す。揚げ足を取り合い、矛盾や事実誤認を見つけては嬉々としてバカにする。そして、最終的にはレッテルを貼り、人格攻撃をする。
しかし、改めて考えれば不思議なことが起きている。こんな人々が日本の人口の多数派なのであれば、そこら中で殴り合い、貶し合いの喧嘩が起きていなければ辻褄が合わない。せめて一日に一回くらいは見かけても不思議ではない。
ワーキッシュアクトは労働なき世界への一歩となるか?【アンチワーク哲学】
労働の廃絶を目指してアンチワーク哲学を提唱する僕だが、「誰も道路を整備しなくなればいい」とか「誰も老人のオムツを替えなければいい」などという破滅的な思想を唱えているわけではない。むしろ、そのようなエッセンシャルな機能が社会から失われつつある状況を打破するためにも、労働の撲滅を訴えているのである。
そういう意味では、エッセンシャルワーカーの人手不足と、それに対する打開策を提示するこの本は、僕の問題
コスパ見せびらかし消費に熱中する主婦たち【雑記】
この前テレビをみていたら、野菜詰め放題で何円分の野菜を入れられるかを競い合う企画をやっていた。主婦たちは腕まくりをして、張り切っている。そして「土台をつくらなあかん」とか「花を咲かせるように重ねていくねん」とか「単価が高いなすびを中心に・・・」とか、様々な理論を展開しながらみちみちに野菜を詰め込んでいく。
テレビの企画なので、おそらく実際にその主婦たちが野菜を持って帰るわけではないし、間違っても
雑感への雑感。あるいはアンチワーク哲学の補修作業【アンチワーク哲学】
のり子さんが、本の感想を書いてくれた。
どうやらかなり共感してくれたらしく「ほとんど同じことを考えてる人がいた」という感想を書いてくれている。嬉しい。そして、共感してくれているがゆえにより鋭い疑問点や懸念点を提示してくれた。それも、多岐にわたるテーマについて触れてくれた。
どれも避けては通れない問題である。今回は一つ一つの論点にアンサーを返していくことによって、より思考を深め、アンチワーク哲学
金と財務省とBIに関する殴り書き論考【アンチワーク哲学】
この前、僕はぼそっと呟いた。
詳しく説明しよう。
財務省やそれに追従するメディア、あるいは増税大好き某メガネは次のような論調で語りがちである。
いわゆる財政均衡論である。
その結果、国民は消費税やインボイス、社会保険料でじりじりと搾り取られているだけではなく、明らかに必要な復興予算もケチケチ出し渋られている。苦しんでいる人が救われる兆しは一向に見えてこない。
もし本当に財政均衡論が正しい
ここが地獄じゃあるめぇし【雑記】
意思決定の量が多すぎると人間はダメだ。一定程度、日常はルーティーン化していて欲しい。出版社を始めるというのは初体験の連続であり、なにかをルーティーン化するまでは時間がかかりそうだ。
noteは、ほぼルーティーンと化しているわけだが、文章を書くというのは完全なルーティーンにはなりえない。これまでにない文章をひねり出す以上は、なんらかの思考が必要になる。僕が欲するのは無思考で取り組めるルーティーンワ
アンチワーク哲学 初級者テストができていた【アンチワーク哲学】
少し前に、彦八さんがAIでアンチワーク哲学のテストをつくってくれた。感謝。
みているとなんだか学生時代に戻った気分にあれて、なんかおもしろい。あとけっこうクオリティも高かった。
ちなみに学習素材は『14歳からのアンチワーク哲学』だけらしい。それだけでこれだけつくれるらしい。びっくりである。
※僕はAIは労働を代替しないし、過大評価されていると考えているが、テクノフォビアではないし、使えるもの
お金は欲求の二重の一致を妨害している【アンチワーク哲学】
Aさんが芋が欲しい。芋をたくさん持っているBさんはバラが欲しい。しかし、Aさんは靴しか持っていない。AさんとBさんが取引を成立させるには、欲求の二重の一致が必要であり、それはなかなか成立しない。だから、貝殻や布といったものを価値の媒介として選定し、それがお金になった。お金は欲求の二重の一致という問題を解消した。
これがいわゆる物々交換の神話である。このような物々交換をしている社会はこれまで発見さ
アンチワーク神話解説【アンチワーク哲学】
神話をつくった。百パーセント嘘だとされるフィクションでもなく、百パーセント真実だとされるノンフィクションでもなく神話である。本当か嘘か、誰にも断言できない神話である。
ざっくり言えばこんな話。アンチワーク神話とでも呼ぼうか。
さて、これと比較するために、もう一つほぼ真逆の神話を用意した。こっちは、多くの人が「たぶんこういうことがあったんじゃね?」と思ってそうな神話である。
こっちは以下のよう
今日までなのだ!
値段調子乗ったけど、たくさんご支援をいただきました!
https://camp-fire.jp/projects/view/746868
むかしむかし、人々が物々交換をしていたころ‥
むかしむかし。人々はのんびり暮らしていました。
平等で、平和で、ずっと150人以下くらいの仲間で、どんぐりを拾ったり、マンモスを狩ったりしていました。彼らの労働は1日に4時間ほどで、残りの時間は輪になって太鼓を叩いたり、キャンプファイヤーをして過ごしていました。
ところが彼らはとんでもなく不便な生活を営んでいました。というのも、彼らの生活は物々交換で成り立っていたからです。Aさんが土器が欲しい
むかしむかし、まだ労働がなかったころ【アンチワーク哲学】
お金も、国家もなく、みんなが好きなように耕し、好きなように家を建て、好きなように道をつくり、好きなように分け合い、好きなように食べ、好きなように歌い、好きなように眠っていた街がありました。
誰かが誰かに命令するようなことはなく、みんなが好きなことだけをやっていました。食べ物も家もみんなにいきわたっていて、みんなが平等で、みんなが自由で、みんなが幸せでした。
あるとき、そこに力の強い乱暴な男が生