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Vol.6 『離れて暮らす私達家族と、実家の父の療養生活と、母の看護生活のはじまり2〜2回目の帰省〜』

こちらは、Vol5の続きです。


父親も歩けるようになってきたのだろうと簡単に思っていた11月27日、骨折が発覚したと母からLINEが来た。
加えてまだ食事が摂れてないという。

筋肉のやせ細りがますます状態を悪化させているのではないかとすぐさまに考えた。母親からは、総合病院に変更になったとも書かれてあったので、血液検査で栄養状態も調べてもらうようお願いした。

また、地域包括支援センターに私が連絡し、一連の流れを説明しておいた。
連絡を入れておくことで、いざ必要な時にスムーズになると思ったからだ。

必要になった時は、包括支援センターの人の訪問が必要になるが、その際、保健師さんが一定年齢で全家庭を訪問しているという設定にもしてくれると教えてくれた。

旦那さんに母からのLINEの内容を伝えると、また行こうかと言ってくれた。
私は土曜日の午前中は仕事があったので、それが終わり次第実家に今度は旦那さんも一緒に向かった。
今回は、少しでも食事も摂ることも考え、父親が好きそうな食材も持っていった。
旦那さんも一緒の分、子守をお願い出来たので、私は食事作りと、父の状態確認がしやすかった。食事量は多くはないものの、少しはタンパク質を摂ってくれた。

また、父親が足腰が痛いというのを、母親は毎日2.3時間さすっているというので、旦那さんにもさするのを手伝ってもらった。
私は父から、今回の骨折発覚までの「やきもき」した気持ちを聞いた。
また、これ以上の介護になったら、施設に入るのにお金が不安なことも聞いた。
子供たちは、じぃじ、腰、大丈夫?と気遣っている。
父は、みんなが気にしていることを感じ、少しはやきもきが紛れたようだった。

母親は、父がこのままだったらどうしようという不安が大きいようだった。
早く治ってほしいと焦っていた。
もちろん、私も早く治ってほしいが、現実として、介護になる可能性もある。
そうしたら、どうするのかを聞いてみた。

母は、今のままでは施設も入れてもらえないだろうし、お金もかかることを気にしていた。
では、「家で見るときにどうしたいか」を聞いたところ、「ショートステイは使いたい」ということだった。そのためには、介護保険の手続きが必要なことも伝えた。

母親は、この話をした次の日、「悪くなることを考えただけで震えてしまう」と言っていた。
私は、「お母さんが震えてる場合じゃないよ」、と、言ってしまった。
その後、またその話になった時は、旦那さんがいて、「それは受容の過程だからいいんです。
それより、これからをどうしていくかを考えましょう」と伝えてくれた。

今は、腰の負担軽減のためにコルセットの使用を座ってる時もした方がいいことを父母に旦那さんが伝えてくれた。
(父はなかなかコルセットをしなかったが。)
ただ、コルセットを巻きにくいとも言っていたので、母に、巻くことだけを伝えるより、今までのように手伝ってあげてみてとも伝えた。

また、さらなる骨折を防ぐために、杖の使用のことや、足の運動を寝たまま行うことは今まで通りしていいと思うことを伝えた。
ただ、父親はまだ杖は要らないと言っていた。
そのため、必ずどこかにつかまって歩いていると言っていた。
また転んだら大変なことは父親自身も話していた。
念のため、杖を使うなら、T字杖やコの字型のしっかりしたものを使うといいと思うことを伝えた。

治療方針とすると、7日にまた再受診だというので、その時まで待つしかないことを確認した。

今回の帰省では、食事の手伝い、今後の病院のこと、両親それぞれの想い、今後悪化した時の母の想いを確認出来た。
だからと言って何かが進展したわけではなかった。

続く・・・

((仮)田中恵36歳)


夫の寄稿内容はこちらをご覧ください。
https://note.mu/kaigoweb1/n/n340bf2b96485


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