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日本人研究者が北京に行って安心ですか。拘束されませんか?


富坂聰(拓殖大学海外事情研究所 教授)

質問 日本人研究者が北京に行って安心ですか。拘束されませんか?

答え 研究者に限らず中国にかかわる日本人の多くが抱く疑問です。

本来なら法律の専門家に尋ねるべきことですが、私なりに回答します。

拘束を懸念する根拠となる主な法律は「国家安全法」と「反スパイ法」です。とくに2023年7月の「反スパイ法」の実施から、メディアが過剰反応し、日本でも強い警戒感が広がりました。

ただ結論を急げば、これは少々過敏な反応といえるでしょう。

そもそも「国家安全法」も「反スパイ法」も中国だけにある法律ではありません。アメリカには「スパイ防止法」がありますし、日本でも「特定秘密保護法」が制定されています。中国の「反スパイ法」はアメリカの「スパイ防止法」を参考に制定されました。

もちろん懸念も理解できます。気になるのは中国が恣意的に法を運用し、拡大解釈して外国人を拘束するのでは、ということでしょうか。

法律を読めば、確かに非常に広い範囲が取り締まりの対象となっていて、少なくとも気ままに写真を撮り、どんな資料も自由にコピーができる環境ではないようです。

ただ中国が「国家安全法」と「反スパイ法」を制定・改正した理由は、そうした細かい違法行為を取り締まるためではありません。中国共産党の狙いは、ズバリ「安定を脅かそうとする組織や行為」の取り締まりです。なかでも本丸は、彼らが「カラー革命」や「和平演変」と呼ぶ動きです。

今回の法律の制定や改正には、外国に説明できるよう法律を整備するという目的や、時代の変化、技術革新への対応、または国内外の情勢変化に合わせた更新など、さまざまな動機が働いています。

しかしそのどれも、台湾や香港、少数民族を利用して政治を揺さぶり、あわよくば政変を引き起こそうとする動きへの対処と比べれば重要度は下がります。

ターゲットは当然アメリカを筆頭とした西側先進国で、ここには日本も含まれます。

アメリカの仕掛ける「カラー革命」は、正式な組織よりもNPOやNGOにむしろその役割が移ってきていて、法律の強化にもその点がうかがえます。

例えば「中国が少数民族の人権を侵害している」という情報を拡散させたいとアメリカが考えたとき、そうした中国に不都合な情報をNGOやNPO、もしくは民間のコンサルタントを通じて集めていると中国は疑っているのです。

つまり研究者が注意すべきは、そうした情報を集めているのでは、と疑われることです。また独立運動家や反体制活動家と付き合うなかで一線を超える――保証人になるなど――ことで「研究という範疇を超えた」と判断されれば、警戒されるでしょう。

通常は入国を拒否される程度ですが、もし政治活動ととらえられれば、最悪「国家政権の転覆の画策」を疑われかねません。

こうした敏感な問題を研究・発表する場合には「不確かな情報を使って中国を故意に貶めた」と思われることも気を付けた方がよいかもしれません。

台湾や香港、少数民族に関する問題では、西側社会には不確かな(しかも中国が正式に論理的に反論している)情報が、検証されないままあふれていますことがあります。中国はこれに強い不満を持っていて、場合によっては「反スパイ法」の「事実を捏造、歪曲し、国家安全を害する」行為とみなされます。

ただ、冒頭で述べたようにあまり神経質になり過ぎる必要はないでしょう。

そもそも法律が改正、制定される前に、中国のスパイ取り締まりが緩かったのかといえば、決してそうではありませんし、私が知る限り日本人が最も多く拘束・逮捕されたのは2015年からの数年間で、昨今はむしろ減っているのです。

「反スパイ法」実施以降、中国社会は以前にも増して敏感になっています。つまり相手側にも一定のブレーキがかかっているので、彼らも外国人との接触には慎重です。その一線さを尊重し、何より「無理をしない」ことが大切です。