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プーチン大統領の後継者は誰か

名越健郎(拓殖大学 特任教授)

ロシアは秋から政治の季節

 ウクライナ侵攻を続けるロシアは来年3月17日に大統領選挙を控え、秋から「政治の季節」に入る。
 大統領は軍最高司令官であり、プーチン大統領は続投しない場合、ウクライナの戦争指導ができないだけに、出馬は既定方針のようだ。
 ロシアの独立系メディア「メドゥーザ」(7月18日)は、大統領府当局者の話として、クレムリンは、プーチン氏が80%の得票率で当選することを目指し、準備を開始したと伝えた。
 秋に出馬宣言をする方針で、国民の圧倒的支持を集めて5選を果たし、ウクライナ戦争を長期戦に持ち込みたい構えのようだ。
 とはいえ、6月に起きた「プリゴジンの乱」は、側近の反乱に遭い、政権基盤が不安定であることを示した。エリート層の間では、70歳のプーチン氏の判断力、政治力の衰えを危惧する見方も出ているようだ。

トップはマンネリの人物

 ロシアの新興メディアやSNSでは、後継問題をめぐる議論が飛び交い始めた。
 ロシアで開発されたSNS「テレグラム」に、「プリエムニク(後継者)」と題したアカウントが登場し、後継者問題の行方を頻繁に論じている。 投稿者の正体は不明だが、8月2日の投稿は、「プーチンの後継者候補」として30人の政治家のランキングを公表した。
 トップ10は以下の通りだ。

1、メドベージェフ前大統領(安保会議副議長)
2、ミシュスチン首相
3、キリエンコ大統領府第一副長官
4、ドミトリー・パトルシェフ農業相
5、トルチャク上院第一副議長(与党・統一ロシア書記長)
6、ソビャーニン・モスクワ市長
7、デューミン・トゥーラ州知事
8、ワイノ大統領府長官
9、ナルイシキン対外情報庁(SVR)長官
10、クラスノフ検事総長
 
 政権内リベラルから極右に転向し、頻繁に核の恫喝を行うメドベージェフ氏は、ロシア国内でも信頼されず、首相時代の支持率も低かった。しかし、投稿者は「一度大統領を務め、安心感がある。最も現実的な後継者」としている。
 ミシュスチン首相は憲法規定では、大統領が職務執行不能に陥った場合、大統領代行に就任し、事実上のナンバー2だ。経済テクノクラートを束ねて経済運営に当たっており、公の場ではウクライナ戦争の是非に言及していない。
 キリエンコ氏は政権の政治戦略を担うが、エリツィン時代に30代で首相に抜擢されたものの、1998年の金融危機を招いて退陣した経緯がある。リベラル派からの転向組で、名前がウクライナ系であることもマイナス材料だ。

エリートの子弟もランク入り

 リストで最年少のパトルシェフ農相の父は、プーチン氏のKGB(国家保安委員会)時代の先輩で、政権を支える実力者のパトルシェフ安保会議書記。長男はサラブレッドとして注目されている。
 トルチャク上院議員の父もプーチン氏の柔道仲間でオリガルヒ(新興財閥)だ。政権エリートの子弟が政治的に台頭してきたことを意味する。
 デューミン知事はプーチン氏の元ボディーガードで、忠誠心が強い。「プリゴジンの乱」の収拾で貢献したとされ、次期国防相候補と目される。
 ワイノ長官は元日本通外交官で、日本語が堪能。在日ロシア大使館に勤務中の2000年に訪日したプーチン氏に目をかけられ、大統領府に移って要職に就いた。
 KGBでプーチン氏の後輩に当たるナルイシキン長官は、下院議長時代に日露文化交流の窓口役だった。昨年2月のウクライナ侵攻直前、公開されたクレムリンでの会議で、「交渉による解決」を訴えてプーチン氏のパワハラに遭い、しどろもどろになった人物。
 10位以下では、従来、後継候補のトップに挙げられていたショイグ国防相は、ウクライナ侵攻の苦戦や「プリゴジンの乱」で評価を落とし、13位に後退した。
 民間軍事組織「ワグネル」を率いるプリゴジン氏は、反乱失敗で7月は圏外に落ちたが、8月の投稿では18位に復帰している。
 ロシア空手協会会長のトルトネフ副首相(極東連邦管区大統領全権代表)が17位。プーチン氏と同様、秋田犬を飼うコジェミャコ沿海地方知事も24位にランクされた。

退陣なら集団指導制か

 後継者ランキングの根拠は明らかにされていないが、30人全員が政権中枢に近いエリートであり、政権内部から後継者が登場するとの見立てだ。
 プーチン氏の後継者問題は、ロシアに次々誕生する新興メディアや他のSNSサイトでも論じられるようになってきた。
 これは、ウクライナ戦争の長期化で社会に閉塞感や不安感が広がり、現状を変えたいという国民の欲求を反映している可能性がある。
 独立系世論調査機関、レバダセンターによれば、大統領支持率は引き続き80%台と高いものの、面従腹背のロシア社会では、指導者を代えたいという意識が少しずつ高まっているかもしれない。
 ウクライナ戦争は「プーチンの戦争」であり、プーチン氏が大統領を退くなら、戦争は終結に向かうだろう。
 後継体制は集団指導制になり、戦争継続で一致しない可能性があるからだ。トップエリートの多くは、必ずしもウクライナとの戦争に賛同していないとみられる。
 今後、「プリゴジンの乱」のようなサプライズが再度発生する可能性もあり、プーチン続投は必ずしも決着していない。