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♯吉祥寺らぷそでぃー(:Re)

「さよなら。もう会わない。」

その言葉を最後に下段に埋もれていた青空のトークルームが「久し振り!元気〜?」のメッセージで息を吹き返した。

5年振りの生還。

月日が経つのは早いなと懐かしい気持ちになったのはだいぶ後のことでLINEが来た瞬間なんてそんな冷静でいられる筈はなかった。

国分寺のSEIYUを出た直後のことで、買い物袋を片手にボクは何でか併設されたスタバに入る。

こんな時はキレのあるアイスのブラックコーヒーを頼むべきか、いやいや糖分を補給すべくキャラメルフラペチーノを頼むべきか。

悩んだ末、美人店員さんオススメの夏の新作フラペチーノを注文することにした。

「久し振り!元気だよ!どうしたの?急に。」

「びっくりさせてごめんね!いや、元気かな?と思ってさ!」

久々に連絡を取り合う者同士が交わすそのやりとりは、もう会わない宣言の時効を告げるかの様に、サンロード前に18時に集合で、難なく再会の約束に辿り着いた。

***

なっちゃんは大学で出来たボクにとっての初カノになる。

きっかけは大学のサークルで先輩のボクが後輩のなっちゃんにアプローチした結果、付き合うことになったというよくあるやつだ。

年次以外に負けているとは思えない先輩達に可愛い同期を根こそぎ持っていかれた冬の時代。

ハモニカ横丁にある場末の居酒屋で先輩というパワーワードを振りかざす越権行為に抗い、来年自分はそんな手口は使わないと豪語した通称ハモニカ宣言。

それを音速で破った記録は未だに破られていない。

関係は4年半も続いたが、最後はなっちゃんの浮気であっけなく終わった。

なので「さよなら。もう会わない。」はボクからのメッセージになる。

***

8月に入りようやく暑さを取り戻した吉祥寺サンロード前は誰が使うかわからない電話ボックスと漫画喫茶の看板、コンタクトの試供品が先ず目に留まる。

時間通り到着するとなっちゃんは既にいて、150センチに満たない小さな身体とはギャップのある大人びた顔だちでボクを迎えてくれた。

「なっちゃん久し振り!何年振り?変わらないね!」

「あはははは、5年振りだよ!元気だった?」

特徴ある引き笑いは健在だ。

「そういえば店決めてなかったね、どうする?」

「あの店しかないでしょ!ウチらわ!あははははは。」

***

サンロードとは反対側の吉祥寺駅の南口方面に出て、人混みを器用に避けて進むバスを背にマルイ横の細い道に入る。

その道をまっすぐ進み、カラフルな雑貨屋やおしゃれなカフェを超えると井の頭公園に続く階段がある。

その階段の真横で、モクモクと煙を放ちひときわ存在感を放つ焼き鳥屋がなっちゃんのいうあの店だ。

「やっぱりいせやだよね!いせやしかない!」

店内に入り、ちょうちん型の照明の下、四つん這いのお洒落な椅子に腰掛ける。

「そういえばさ、急にどうしたの?何かあった?」

「あ、うん、あのね。。」

「いらっしゃいませー!飲み物何にされますかぁー!」

威勢の良い店員さんのカットイン。

「えっと、じゃあ生中2つで。」

「あれ?なっちゃんビール嫌いじゃなかったっけ?」

「私も大人になったんだよ!あはははは。」

キンキンに冷えたビールと絶妙に香ばしい焼き鳥の犯罪的な組み合わせは、ボクらの昔話に花を咲かせる。

気づけばもう23時。

「そろそろ帰る?明日、月曜だし。」

「そうだね。あー楽しかった!今日はありがとね。」

「こちらこそ。また飲もう。」

「。。。うん。」

また飲もうに、少し間が空く。

「私さ、結婚するんだ。だからさ、その前になんていうかさ、直接謝りたくて。。。」

「もしかして、それだけのためにわざわざ?」

「それだけのことじゃないよ!私はこの5年間ずっと後悔してたんだから。。」

「そっか。もう全然気にしてないよ。大丈夫。それに、こちらこそごめんな。」

「ううん。本当にごめんね。今日は会ってくれてありがとう。」

***

なっちゃんとはいせやで別れた。ボクは残ってもう一杯ビールを飲むことにした。

残ってる焼き鳥を頬張る。さっきより塩辛く感じるのは気のせいだろうか。

それを最後のビールで洗い流す。ほろ苦い余韻が口内に残る。

あの頃のボクはなっちゃんに対して馴れ合いを言い訳に酷い扱いをしていた。

だからボクもずっと後悔していた。

時間が解決したと言えばそれまでだ。

でもあの頃のボクらのままでは時間が経っても歩みよれなかったと思う。

5年越しの後悔が洗い流されていく気がする。

そういえば、結婚おめでとうって言いそびれたな。

でも、もう直接伝えることはできないだろう。

未だに残るほろ苦さがさっきよりも愛おしく感じる。

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