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[トレラン]疲労について①

疲労と言っても種類はそれぞれ。レース中に感じる一時的なものや慢性的なもの、内臓疲労や筋肉疲労など。それぞれの原因を知って対処できるようにする。まずはレースやトレーニング中に感じる急性の疲労について。

疲労の種類

  • エネルギー、代謝系

  • 筋肉系

  • 特定の物質の蓄積、不足

  • 脱水

  • 慢性疲労

  • 内臓疲労

  • オーバートレーニング

  • 脳疲労

エネルギー枯渇による疲労

良く言うガス欠状態。マラソンで言うところの30kmの壁。筋肉や肝臓など体内にストックしていた糖が尽きてエネルギーを生み出せなくなった状態。一般的に筋肉には1500kcal、肝臓には500kcalがMAXで貯蔵できる。脂質代謝が優れていて糖を温存しながら走れたとしても3〜4時間も山を走っていたら消費してしまう量。

では体内に貯蔵してある糖を全て使い切った瞬間に一気に疲労を感じてペースが落ちるのか?答えはNO。運動中はまず肝グリコーゲンよりも筋グリコーゲンが優先して使われる。筋グリコーゲンの低下してくると筋収縮に最も大事なカルシウムの働きを阻害する。筋グリコーゲンは分子が大きいので筋細胞内での移動がスムーズでない。収縮によって消費されると局地的に枯渇していく。その枯渇した部分の筋収縮が徐々に鈍くなっていく。およそ筋グリコーゲンの貯蔵量が2/3くらいになってくると徐々に疲労を感じ始めると言われている。パフォーマンスを維持するためには枯渇しきるよりも早い段階から糖の補給をこまめにすることが大事。また口に糖質を含むだけでも疲労感を軽減することができるらしい。口の中に糖を感知するセンサーがありエネルギーが体内に入ってきたと認識して脳の疲労感を和らげる。ただし人工甘味料では効果なし。味覚はごまかせても人体はちゃんとエネルギーがないことをわかっているぽい。

肝グリコーゲンの働き
肝グリコーゲンは血糖値の維持を担っている。血中のグルコース(血糖値)が筋肉や脳に取り込まれて使われると血糖値が徐々に低下する。その値をモニターして肝臓のグリコーゲンを分解して血中に放出している。血糖値が低下すると空腹感、脳の働きが低下して疲労感を感じる。

乳酸は疲労の原因ではない

疲労物質と聞いて思い浮かぶのは乳酸。「足に乳酸が溜まってきつい」実はこれは大きな間違い。正しくは「乳酸が溜まるほど強度の高いトレーニングができた」。

乳酸が疲労物質ではないという考えは最近では広まってきたが、そもそもなぜ乳酸が疲労物質とされてきたのか。
乳酸は糖分解の過程で生成される。グルコース→ピルビン酸と分解されて→ミトコンドリア内で酸素を使ってピルビン酸を分解してエネルギーが生み出される。ミトコンドリアでエネルギーを生成する時に酸素が足りない場合に、ピルビン酸が乳酸になると考えられてきた。これが乳酸=無酸素トレーニングというイメージの原因。また高強度運動の直後に血中乳酸濃度を測定すると高いことも要因。酸素供給が追いつかないほど高強度運動によって乳酸ができるという定説が生まれてしまった。

実際は、乳酸が生成されるかどうかは酸素の有無とは関係ない。ミトコンドリアに酸素が十分足りている状態でも乳酸は生成される。本当の要因は糖の過剰分解による。

乳酸生成の仕組み

人体は常に運動強度をモニタリングしていて強度が上がるとそれに応じて瞬時にミトコンドリアでのエネルギー生成量を増加させる。つまり運動強度とそれに必要なミトコンドリアでのエネルギー生成量は完全に一致する。しかしミトコンドリアでのエネルギー生成量と糖分解は必ず一致するとは限らない。基本的には運動強度に見合った必要な分だけの糖を分解しているが過剰に分解してしまうケースが多々ある。その過剰に分解してしまった糖の一時保存方法として乳酸が生成される。
例:あるランナーにとって1kmを5分で走る運動強度は80だとする。するとミトコンドリアでは常に80のエネルギーを生成する。(運動強度=エネルギー生成量)。そして基本的には80の糖を常に分解している。しかし、何らかの原因で糖を100分解してしまうことがある。すると余った20を乳酸という形で一時保存する。では過剰分解されるケースとはどんな時か。

①アドレナリンが分泌されるとき
俗に言う興奮物質。心拍数を上げたり血管を拡張させたり瞳孔を開いたりと戦闘モードに入る時に分泌される。糖の分解も一気に促進されて、現在の運動強度に関係なくとりあえず貯蔵している糖をガンガン分解して細胞に送り込むようになる。するとミトコンドリアで使用されない糖がたくさん余って乳酸がドカッと増える。これが実はLT(乳酸作業性閾値)の正体。
LT(乳酸作業性閾値)とは血中の乳酸濃度が急激に高まるラインのこと。10kmのペース走など40~60分くらいギリギリ継続できる強度。乳酸が高まるからきつくなると思われていたが原因は乳酸ではない。LTと同じタイミングで急激に分泌されるようになるのがアドレナリン。LTを超えるような強度は人体にとっては緊急事態。天敵から逃げるか獲物を死に物狂いで捕まえにいくような場面。アドレナリンを分泌して体内の糖を爆発的に使い始める。糖分解と乳酸の生成量は比例して増加するので血中乳酸濃度が一気に上昇する。

②果糖を摂取した時
果糖はグリコーゲンに比べて分子が小さくすぐにエネルギーにしやすい糖。そのため、摂取するとすぐに血中から細胞に送られてミトコンドリアで消費される。しかしなんども言うようにミトコンドリアでのエネルギー生成量は緻密に管理されていて現在の運動強度に必要な分の糖しか利用されない。結果、余った果糖は乳酸となる。安静時に果物をたくさん食べると血中乳酸濃度が上昇することも確認されている。

③ミトコンドリアの機能が追いつかない場合
シンプルにミトコンドリアの能力の限界に達していてエネルギー生成が追いつかない場合。糖は十分にあるが運動強度が高すぎるためエネルギー生成が間に合わない。その場合、ミトコンドリア以外の代謝回路が全体のエネルギー生成をなんとか間に合わせているがこの状況は長くは続かない。そのうちペースダウンにつながる。

乳酸は良いもの
蓄積された乳酸はどうなるのか。筋肉、臓器、脳などあらゆる場所でエネルギー源として再利用される。また筋細胞のカリウムが漏れ出すのを抑制したり収縮をスムーズにする働きもある。乳酸は疲労物質どころか疲労を抑制する物質である。

体温上昇による疲労

運動時に発生したエネルギーの多くは筋収縮ではなく熱となって深部体温を上昇させる。深部体温が40度近くなると生命維持装置が働いて運動はほぼ困難となる。暑い中の運動では上昇した深部体温を下げるために様々な機能が作動する。①手足などの毛細血管への血流が増え体温の放出を測る。手足の静脈の血量が増えたことで心臓へ戻る血量は減少する。心臓に戻る血液が少なくなると送り出す血量も減少する(一回拍出量の低下)。ただ運動強度を保持するために必要な酸素量は変わらないため、拍出量の低下を補うためにその分送り出すポンピングの回数が増加する(心拍数の増加)。体温の上昇もしくは運動強度の増加が続くと拍出量の低下を心拍数の増加だけでは補なくなり運動の継続が困難となる。

動脈圧反射が体温調整機能を上回り運動を停止させる

上記の体温上昇に対応する身体のメカニズムによって心拍出量が減少すると動脈血圧は低下する。血管の大きさが変わらない場合、血量が少ない方が血管にかかる圧力は下がるから。そこで動脈圧反射が機能する。動脈圧反射とは血圧を一定に保とうとする機能。「上がれば下げようと、下がれば上げようとする」機能。上げようとする場合には心拍数の増加、抹消血管の収縮を行う。抹消血管が収縮されると手足の毛細血管からの放熱作用が弱くなり深部体温の上昇につながる。つまり血圧の低下は体温の上昇よりも身体の危機であり優先されるということ。簡単に流れを示すとこんな感じ↓
心拍出量の低下→血圧が下がる→下がった血圧を上げようと心拍数増加、末端の血管の収縮→体温の放出ができない→深部体温の上昇→運動終了

参考文献

八田秀雄、「乳酸サイエンス」、市村出版(2017年)
宮下充正、「疲労と身体運動」、杏林書院(2018年)

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