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料理が私に教えてくれたこと。

料理が私に教えてくれたこと。


こんばんは。Kanamiです。

「薬膳に救われた話」が、初めてのnote投稿記事にもかかわらず想像以上の反応をいただいてとても嬉しいです。

ありがとうございます!


さっそくですが、料理をすることがストレスになる。料理が苦手。という方も多いと思います。そんな方にも読んでほしいお話です。


幸い、私は子どものころからキッチンに立つのが好きでした。

そのおかげで、数え切れないくらいの教訓を得ることができました。


今回はそんな私が、料理から学んだ大切なことについてお話していきたいと思います。


1つ目は「整理整頓」です。


冷蔵庫の中、シンクの周り、コンロの周り、まな板の周り、キッチンのありとあらゆる場所がごちゃごちゃだと、どこに何があるかわかりません。


調理器具や調味料で、取りたいものがあっても、他のものが邪魔をしていて取りにくい。これでは作業がスムーズに進みませんね。


また冷蔵庫やストッカーに賞味期限の食材があったり、ゴミを散乱させたまま調理をしていたら、入ってはいけないものまで料理に入りかねません。


「整理整頓」は、料理をする際の基本中の基本でもあると私は思います。


片付けが苦手な人には耳の痛い話かもしれません。

まずは余計な物を置かない。

ゴミはすぐゴミ箱やゴミ袋に捨てる。

使ったものは、そのへんに置かずに元の場所に片付ける。

このことを意識すると、少しずつ作業が楽になってくるでしょう。


2つ目は「清潔」

「整理整頓」にも通じますが、手や食材、食器、調理器具が清潔でなくては、それこそ食中毒を引き起こしかねません。美味しい料理を作る以前の大事なステップです。


とくに生の鶏肉を触った手、使った調理器具は、しっかりと洗剤で洗いましょう。カンピロバクターは後遺症が残る場合もあるなかなか厄介な食中毒です。


目に見えない菌やウイルスだからこそ、清潔を保つ意識を持つことは料理において、美味しい物を作ると意気込む前に、欠かせない心構えなのです。


3つ目は「段取り」です。

料理は始まりから終わりまで、すべてが段取りと言っても過言ではありません。

むしろ毎日食事を作る方ならお分かりだと思いますが、料理に終わりはありません。

あなたやあなたの周りの家族が食事をしなければならない限りずっと続くことです。


なので、料理を作り続けることは、先々のことを考え続けながら段取りをし、かつ料理そのものを作り続ける。この2つを行い続けているのです。


だからこそ、「段取り」が命であり、1つ目の「整理整頓」が大事になってきます。


片付いていないキッチンで、段取りの悪いやり方で、ご馳走を作ろうと思っても、それは苦痛さえ感じるものです。


シンクがごちゃごちゃ、まな板周りはゴミだらけ、コンロ周りは汚れが飛び散り、せっかくのご馳走が出来上がっても、キッチンは目も当てられない状態。なんて、コマーシャルを見たことありませんか?


それでは、料理中も、美味しく食べ終わったあとの片付けも、イライラやストレス、億劫さが募るばかりです。


なにより、献立を考えるところから料理の段取りは始まっています。

何を作り、何の材料を買ってこなければいけなくて、何から順に調理に取りかかるのか。


すべてが「段取り」です。


料理が苦手な人は、この「段取り」が苦手な人が多いように感じます。

頭の中で「段取り」を組み立てるのがあまり得意ではない。

でも、なにが苦手なのかわかれば、対処のしようがわかりますよね。


料理に取りかかる前に、手順をメモしておくとか。

料理本のレシピにちゃんと従うとか。

筋道からそれてしまうから、手元や頭の中ががごちゃごちゃになって、それが余計にストレスになって、料理を作ることが嫌いになってしまう。


「整理整頓」も1つの「段取り」であり、この2つをしっかりと行えば、料理はそこまで大変なことではないと、私は考えています。


苦手なことをいかにストレスなく行えるか。そのポイントになるのがこの「段取り」なのです。


料理が好きな私でさえも、「段取り」が悪い日は料理が億劫になります。


何を作るんだったっけ?

使いたかった食材がない。

使い切れずに傷んでしまった食材を捨てなければならなくなったときは、申し訳ない気持ちでいっぱいです。


でも、だからといって完璧を目指す必要はありません。


4つ目はそうです。

「完璧にならない」です。


完璧を目指すあまり、あなた自身の、あるいはあなたの周りの家族の好き嫌い、そもそもの料理の美味しさを味わうこと、料理を楽しく作る気持ちが、置き去りになってしまっていませんか?


いまさまざまなSNSがあり、映えることが流行って、それがステータスとなり、映えていなければならないことに囚われてしまって、それが料理を楽しくなくしている。


もしくは、そんな映えを気にしているヒマすらない!というママやパパもいると思います。


それでいいんです。

子どもが美味しいと食べてくれること。

パートナーが美味しいと食べること。

あなた自身が美味しいと食べること。


本来、食事=料理は私たちが生きていくためのエネルギーを補うために、さまざまな命を美味しくいただくことです。

そのために綺麗に盛り付けることも必要ですが、家庭の食卓で料亭のような美しさは必要なことではないはずです。


例えば、あなたが家族のために、今日も1日元気にと朝食を拵える。お弁当を作る。1日お疲れ様と晩ごはんを並べる。

そこに団欒があり、会話があり、美味しいねと笑顔がある。


3食作るのはかなりの労力です。できる限り簡単に、でも栄養やバランスを考えて、みんなが美味しくいただける食事を作り続けるのに、完璧主義はあなたを苦しめてしまいます。


抜ける手は抜く。

料理が苦にならないためにも、ときには必要な心持ちです。


5つ目は「有り難み」です。


料理を作ることで、初めてわかる有り難みがいくつもあります。

いままで作ってくれていた母やあるいは祖母。父子家庭で育った方は、お父さんがそうですね。

ひとり暮らしをするようになって初めて、その大変さを知ったと言う方も少なくないでしょう。


私が小・中・高校生のころ、共働きの両親に代わって、買い物をしてくれて、料理を作ってくれて、食卓に並べてくれて、洗い物をしてくれた祖母には、本当に頭が下がる思いです。

そしていまでは、実家に帰るたびにご馳走を作ってくれる母にも感謝をしています。


あなたにも、そんなふうに「ありがとう」を伝えたい人がいるはずです。


そして、命をいただくことの有り難みがあります。

野菜ひとつにしても、お肉、お魚、加工品でさえそうです。


その食材がスーパーに並ぶまでにどれだけの人が携わったか。想像してみてください。


お米やお野菜を育ててくれる農家さん。

牛や豚や鶏を育ててくれる畜産農家さん。

魚を獲ってきてくれる漁師さん。

卸市場の人たち。

スーパーまで運んでくれるトラックの運転手さんたち。

スーパーで陳列してくれるスタッフのみなさん。


加工品を作る工場の、昼夜問わず働く人たちも忘れてはいけないですね。


そんなたくさんの人たちの働きによって、私たちは料理をすることができ、美味しく食事をいただくことができるのです。

「いただきます」は「ありがとう」でもあるのですね。


そして、料理を作るあなた自身にも、あなたは自ら感謝をしていいと思います。

「えらいね」と褒めてあげてください。

働いて、お金を得て、買い物をし、料理を作る。

とても「えらい」ことだと私は思います。

だからこそ、誰かが作ってくれた料理も「有り難い」のです。

飲食店でお金を払っていただくご馳走も、例えファストフードでも、「有り難く」いただく気持ちが大切ではないでしょうか。


6つ目は「食事は生き方そのもの」です。


ここまで読んでくださったあなたは、少しピンときていることだと思います。


キッチンに立つとその人の性格が意外とわかるものです。

食べ方も同様です。

決して良い悪いを言うのではありません。


ただ食事のし方は、生き方が映し出されるものであると知ってほしいのです。

もっと言うと食事があなたの体を作り、作られた体からあなたの性格や容姿が成り立っていきます。


日々の食事、日々の生活習慣によってできた体が、あなたの体質を生み、体質によって性格や容姿が変わってくることが往々にしてあるのです。


中医学では、「こんな性格でこんな格好をしている人は、こんな体質です」という統計があります。


ここでは割愛しますが、性格や容姿を変えてしまうほど、食事は人の体を作る基本であり、ひいては人生を司るほどに大切な日々の積み重ねでもあります。


そんな「食事」をおろそかにしている人、おろそかにならざるを得ない人たちが多いことが、私はつらく、悲しい気持ちになります。


非行に走る子どもたちに食事を無償で提供している女性の方の話をテレビで見たことがありますが、極度の飢えは人を変えてしまいます。


いまコロナ禍にあって、子どもたちの拒食症の割合が増えたと言うニュースも目にしました。

私も一時期、薬による副作用で食事ができなくなった経験がありますが、食べれないことはあまりにもつらいことです。


こうしていまは元気にしていますが、余計に食べることに対しての意識は様変わりしました。

そして、より多くの人に「食事」がいかに「人生」において、重要なことであるかを知ってほしいのです。


はじめから意気込んで、薬膳をマスターしよう!とは思わなくてもいいです。

なんとなくでも、知ってください。

そして、整った食事、あなたの体に合った食事が、あなたをより良く変えること。

そのことによって大きく生き方も変わること。

料理をすることで、生きる能力や技術を身につけられること。

それほどに「料理」は生きていく上で欠かすことのできない術であること。


「料理」をすることで、人は心が整うと私は強く感じています。

苦手な人にはストレスかもしれませんが、苦手が好きに少しでも変わってくれたら、そのときにはきっと実感してもらえると思います。


悲しいときは、泣きながら千切りキャベツを作って、ソースかマヨネーズ、好きな調味料をかけて、むしゃむしゃ食べてください。


怒りが溢れてしかたないときは、ひき肉を目いっぱいの力て捏ねて、叩きつけてください。


もう言葉にならない気持ちが渦巻いてどうしようもないときは、炊きたてのごはんを塩おにぎりにして、頬張ってください。


知らず知らずと、心が落ち着いてくると思います。


もし、周りにつらそうにしている人がいたら、その人が好きなものを何か作ってあげてください。


「手塩にかける」


「料理」には、人を癒やす力があり、それはとても尊い愛の力です。


そして薬膳は、ただ作るだけの「料理」ではなく、個々に寄り添った「食事」を作ることなのです。


思った以上に長くなってしまいましたが、最後まで読んでくださりありがとうございます。

少しでも「食事」「料理」の大切さが伝わると嬉しいです。

ここまで読んでくださったあなたは、きっと自分の体に向き合おうとしていて、自分の人生にも向き合おうとしているのだと思います。

どうか、その気持ちで日々の食生活を丁寧に過ごしていきましょう。

私自身もこのnoteを書くことで、改めて自分自身と向き合い、言い聞かせているところです(笑)


完璧にならず、ときにはパーっとお酒やご馳走をいただいても、コツコツと養生をして、健やかな体で、笑顔でハッピーに人生を謳歌しましょう。


それでは、また次のnoteで!

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