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鉄塔の物語を考えていた

夜中に目が覚めてしまったので、テキストでも書こう。

昨日は久々に実家に帰って、もはや年始でもないけど年始の挨拶などしてきた。

下の子(小学生)が帰って来る前に帰宅しようと思っていたが、スマホの事とか、設定のこととか、料金のこととかネットワーク暗証番号の事とか(それは私には分かるわけない)を訊かれて、父母のそれぞれのお年寄り用のスマホをいじってたら、思いの外遅くなってしまい、16時過ぎに車を走らせて長い田舎道を帰ってきた。

そこは県境の大きな川を渡る小さな橋に続く道で、畑や田んぼや住宅地や、ちょっとした大きな店(車のディーラーや、大型の飲食チェーン店など)も並ぶ大通りの道路だが、いつも仕事で通る大きな鉄塔の並ぶ場所へも通じる道で、仕事の時もそうだが、私はその景色が大好きで、今日はまた、夕暮れ時のオレンジと薄紫の混じった光と相俟って、私の中の何かをとても刺激したのだ。

鉄塔って手を伸ばして少し離れた隣の鉄塔と手を繋いで立っているように見えるな。
孤高の存在なんだな。
でもそれは孤独なのとは違う。
少し離れてはいるが隣の鉄塔と手は繋いでいるし、その隣の鉄塔も更にまた隣の鉄塔と手を繋いでいる。

そしてそれは大きな鉄塔から見るとかなり小さくはあるが、電信柱もとても素晴らしい。全ての鉄塔と電信柱は、沢山立ち並ぶ他の電信柱へと電線を通して電気を繋いでいる。どの電信柱も、どの鉄塔も、雨の日も風の日も雪の日もただそこに立っている。
街中だけではなく、大きな山や谷にも鉄塔は立っている。どうやってこんなところに、鉄塔を立てて電線を通したのだろう?
ひたすら電気をつないで行って、様々な場所へ、事業所へ各家庭へと電気を届けている。自らは歩いたりはしない。誰ともおしゃべりもしない。だけれども、多くの鉄塔は多くの電信柱とつながってその役割を果たしている。
なんて尊いんだろう。

夕日のせいでセンチメンタルになったのか、そんな鉄塔に憧れる少年の物語を妄想した。

子どもの頃の将来の夢が「鉄塔になること」と言って馬鹿にされる少年。
彼は電信柱にも憧れを抱いている。尊敬もしている。だが、やはり目指しているのは孤高の存在である、鉄塔なのだ。あれほどまでに大きく、高く、そびえて立っていて、ちょっとやそっとの天変地異にも微動だにせず、何年も、何十年も耐えられる凄い存在なのだ。失敗は許されない。鉄塔1基になにか不具合があれば、それは何万軒、いや何百万軒にも影響を及ぼす。だから完璧な存在でなくてはならない。そのために、定期的なメンテナンスも必要だし、元からかなりしっかりと作られてはあるが、そんなプレッシャーに怯える様子もなく、肩に力が入りすぎる事もなく、泰然とそこにただ立っている姿に、少年は何と知らず心打たれていたのだ。

と、そこまで妄想が進んだ頃には家の近くまで私は帰ってきていた。

少年はもちろん鉄塔になることはできない。できないと気づくまでにもそうはかからないだろう。それでも彼は鉄塔に憧れることをやめない。だとしたら、彼はその後何を目指すのだろう? どんな努力をするのだろう?

わたしの夢想はここまで。

さて、おやすみなさい。

どなたさまも、良い夢を。



ありがとうございますサポートくださると喜んで次の作品を頑張ります!多分。