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【童話大戦争】⓪ 桃太郎VS浦島太郎VS金太郎

(あらすじ)
 日本童話界の重鎮たちが次々と不審な死を遂げる。桃太郎、浦島太郎、金太郎は、好機到来とばかりにそれぞれが日本童話界の覇権を手中にすべく動き出す。
 一方、全面戦争への不穏な空気が日本中に立ち込める中、平和な世界を望むレジスタンス組織が秘密裏に立ち上がる。かぐや姫を指導者に全国から童話の主人公たちが参集し、ゲリラ戦に果敢に挑もうとしていた。
 三軍がにらみ合い、いよいよ決戦の火蓋が切られようとしたそのとき、突如現れたのは西洋童話界の大軍勢だった。圧倒的戦力を誇る西洋童話界に日本童話界は屈してしまうのか?
 今、日本童話界と西洋童話界の全面戦争が始まる。

【ご注意】 日本童話界は時空が激しく歪んでおります。それを念頭にお読みください。

 日本童話界の覇権争いは風雲急を告げていた。

 日本童話界の重鎮として君臨し、若い跳ね返り者たちを暗黙のうちに押さえこんでいた「はなさかじいさん」「こぶとりじいさん」「わらしべちょうじゃ」が相次いで不審な死を遂げたのだ。
 公には老衰と報じられたが、その背後には西洋の童話界に絡む陰謀の影が濃厚に漂っていたのである。

 巨星堕つの報を受けた若手筆頭株の「桃太郎」「浦島太郎」「金太郎」の3人は色めき立った。


 「時は来た!いよいよこの桃太郎様が日本童話界の頂点に立つ!いざ、この桃の旗の下に集え!野郎どもいくさの用意だ!」
 桃太郎は即座に全国に檄を飛ばし、家臣団を招集した。

 まずは、機動力に優れるイヌ軍団が馳せ参じた。名もなきイヌを総大将に、全国から飼い犬、野犬、山犬、オオカミが群れをなしてやってきた。野を駆け山を越えるその姿は、あたかも疾風のようであった。
 「桃太郎様、必ずや敵の喉笛を嚙み切ってみせましょう。一番槍はお任せください。」
 イヌが獰猛な牙を剥き出しにして言った。

 次に、頭脳と力を兼ね備えたサル軍団が参集した。名もなきサルの総大将は、集結に先駆けて全国の動物園を襲撃し、ゴリラ、オランウータン、チンパンジーを軍団に引き入れていた。
 「桃太郎様、必ずや敵に噛みつき引っ掻き引き千切ってみせましょう。頭脳戦もお任せください。」
 サルが研ぎ澄ませた爪を誇示しながら言った。

 最後にやってきたのは、大空を支配するキジ軍団だった。総大将の名もなきキジが空を飛ぶのが苦手だったせいで後れをとったのだ。しかしキジは、遅れた分、全国からハヤブサ、タカ、ワシを中心とした獰猛で強力な戦力をかき集めてきた。
 「桃太郎様、必ずや敵の目玉を繰り抜いてみせましょう。そらの守りは我々にお任せください。」
 キジが鋭いくちばしを振りかざして言った。

 そして桃太郎の周りには、鬼ヶ島で桃太郎に隷属した鬼族が、桃太郎親衛隊として鉄壁の布陣を敷いていた。桃太郎の命令一つあれば、いつでも喜んで最前線に躍り出ようとするその気迫は、仲間の家臣団をも畏怖させた。

 桃太郎軍団には潤沢な武器、武具、兵糧が揃っていた。鬼ヶ島から持ち帰ったお宝が十分すぎるほどの軍資金となったのだ。

 全国から馳せ参じた桃太郎軍団の精鋭は、実に3万4千匹。
 桃太郎の郷里の平原を桃の旗が埋め尽くし、獣たちは荒々しくときの声を上げた。

 
「みなさん。いよいよ私達の時代が来ます。心してかかってください。」
 浦島太郎が静かに、しかし、凛とした声で宣言した。

 浦島太郎は、深い海底に鎮座する竜宮城を本陣にして、用意周到に有事に備えていた。乙姫を総参謀長に据え、いち早く強大な海軍を作り上げていたのだ。
 そして軍団の兵士達は訓練を重ね、淡水さえ物ともせず川を遡って内陸の奥深くまで侵攻できるようになっていた。

 浦島太郎の宣言を受けて、竜宮城の城門では、突撃隊であるシャチやホオジロザメを中心とした殺戮部隊が出陣の雄たけびを上げている。そしてその周りでは、鯛やヒラメが舞い踊り武勲を祈っている。陸上で安穏と暮らしている者達は、海に一歩でも足を踏み入れた瞬間に藻屑と化すだろう。

 海上や海中では、クジラを中心母艦として、無数の魚たちが魚群を作って警戒に当たっている。小舟一艘たりとも海に入れない構えだ。

 陽動役の人魚軍団は既に各要衝に到着済だ。その魅力は敵を惑わせ、地獄に導くことだろう。

 そして、後陣には小島ほどもある大亀、全長200メートルに及ぶ大ダコ、凶暴なハサミを持つ大ガニなど巨大生物軍団が威風堂々と控えている。彼らは陸上でも数日間は活動できるよう訓練してある。陸上侵攻の主力であり、敵にとってこれ以上ないほどの脅威となるだろう。

 しかし、大海原は浦島太郎軍団の完全な支配下にあるものの、陸上戦が不利であることは否めなかった。

 憂虞ゆうぐする家老の海亀を前にして、浦島太郎は不敵な笑みを浮かべながら、膝の上に置いた紐の掛かった小さな朱色の箱をゆっくりと撫でた。
 「心配は無用です。我々には、この玉手箱があります。どんな戦局でも容易に一変させることができるでしょう。さて、そろそろまいりましょうか。」

 浦島太郎はすくっと立ち上がり、軍配を高々と掲げて、空気がびりびりと震えるような大音声だいおんじょうを上げた。
 「いざ、海の外へ!」

 浦島太郎の合図とともに、竜宮城は一瞬大きく揺れたあと、ゆっくりと海面に向かって浮上を始めた。


 「おーい、みんな!童話界の一等賞を取ろうぜ!」
 金太郎は足柄山のいただきでマサカリを振り回しながら元気よく叫んだ。

 すると、家来のクマを筆頭に野ネズミ、ウサギ、キツネ、タヌキ、シカ、イノシシなど山中の動物たちがぞろぞろと姿を現した。そして、その数はあっと言う間に数万匹にも膨れ上がった。

 「これから童話界の大戦争が始まる!みんな、わしと一緒に戦ってくれ!」
 金太郎の呼びかけに、動物たちが興奮した鳴き声で応えた。

 金太郎が足柄山の獣道を下っていくと、その丸々とした子どもらしい体は次第に筋骨隆々とした壮年の体躯に変貌していった。「金」の字が書いてある腹掛けも、いつの間にか見事な狩衣かりぎぬに変わっていく。

 そのとき、大木の陰から3人の武将と3メートルを優に超える巨躯をした鬼がヌッと現れた。武将の一人が金太郎に問うた。
 「金時、山の首尾はどうだ?」
 「ふん。全く単純なやつらよ。まあ、あれでも捨て石ぐらいには使えるだろう。それよりも、早う頼光様にお許しを乞うて、もっとつわものと騎馬を増やさねばならぬ。」
 「相変わらずお前は馬好きよのう。さすが、熊に跨りお馬の稽古をしただけのことはあるわい。」
 「そう茶化すな。機動力が戦さを制することに異論はあるまい。ところで童子、お前の方はどうなっておる?」
 酒呑童子は、その巨体を小さくたたんで答えた。
 「はっ。今まさに日ノ本中の物の怪がこの地に集まってきております。明日にはその全貌を御覧いただけるかと存じます。」

 満足げに頷いた金太郎こと坂田金時は、渡辺綱、卜部季武、碓井貞光の源頼光四天王とともに、酒呑童子を後ろに従え、童話界の覇権をもぎ取るべく颯爽と獣道を下っていった。


 こうして、桃太郎、浦島太郎、金太郎の日本童話界の覇権をめぐる戦いの準備が着々と進む中、その3人のいずれの台頭も望まぬ者達が、一人また一人とレジスタンス組織に集まっていった。

 「かぐや姫」を指導者とする組織には、「いっすんぼうし」「さんねんねたろう」「ゆきおんな」「かさじぞう」「かちかちやま」「つるのおんがえし」「おむすびころりん」「あまのはごろも」「したきりすずめ」「さるかにがっせん」「ぶんぶくちゃがま」…数えきれないほどの童話の主人公たちが集結し、側面からの遊撃戦に挑もうとしていた。

 かぐや姫は各地に秘密裏に伝令を飛ばした。
 「荒くれ者どもにこの平和な世界を渡してはなりませぬ。私たちの戦力は脆弱ですが、時が経てば月からの援軍が必ず来ます。それまで耐えるのです。耐えて戦局をかき回すのです。私たちは私たちなりの戦い方で、あの者どもに目にものを見せてやりましょう。」

 強大な三軍に勝つ可能性は限りなく低い。しかし、抵抗することが彼らの意地であり童話の主人公としての矜持であった。彼らは不退転の覚悟で戦場に散開していった。

 かぐや姫はそれを見届けると、しばらくの間、煌々と輝く月に祈りを捧げた。
 そして、おもむろに長く艶やかな髪に鋏を入れると、自らを縛り付けてきた重い十二単じゅうにひとえを脱ぎ棄てた。
 かぐやは、腰布こしぎれ小袖こそでを身に着け、後ろ髪を麻の紐で固くぎゅっと結ぶと、夜の闇の中に駆け出していった。


 それから三日間にわたり、嵐の到来を告げるかのような、深い静寂が童話界を支配した。

 そして今、一堂に会した三軍がにらみ合い、戦いの火蓋が切られようとしていた。

 緊張感が極限まで高まったそのとき、突然、突風が轟々と吹き荒れ、天空が分厚くどす黒い雲に覆われた。その雲は稲妻をばりばりと吐きながら渦を巻き始め、やがて渦の中心にぽっかりと巨大な暗闇の空洞が出現した。 

   三軍が呆然と空を見上げていると、そこから呵々大笑しながら痩せ馬ロシナンテに跨ったドン・キホーテが勢い良く飛び出してきた。そして次々に、ほうきに乗った魔女や勇壮な騎士、トロール、ほらふき男爵、ドラゴン、巨人、二ホンオオカミより二回りも大きな狼などが千波万波のごとく現れ、やがて数十万にも及ぶ大軍勢となり戦場のど真ん中に降り立った。

 西洋童話界の日本侵攻が突如始まったのだ。


 (続く)


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