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ウクライナ侵攻は対岸の火事じゃない。

『半島を出よ』村上龍、著:上下巻 幻冬舎文庫
 二月も終盤の頃に起こった、ロシアのウクライナ侵攻を受けて今何を読むべきか考えていた。その国と国との衝突の力学を考えていると自国も他岸の火事ではないと思った。ロシアの軍事侵攻を世界は(とりわけアメリカは)どう対処するか、おそらく中国は注視し続けていることだろう。このコロナとウクライナ問題のどさくさに紛れて、中国が台湾進攻を開始したとしたら…。かつて安倍政権時、安倍首相は「台湾の有事は日本の有事だ」と宣言した。要するに台湾が戦争に巻き込まれたら、日本も参戦することになるということではないのだろうか。その強気の発言の背景にあるのは、もちろん日米安保条約に基づき、アメリカがバックにいるからである。しかしこのアメリカ、今回のこの侵略においては言論こそロシアを強く非難しているが、あまりに行動が及び腰の感が否めない。そこにロシアの核の抑止力があるということなのだろうが。要するに、肝心要なときにアメリカはどこまで日本を守ってくれるのかというと甚だ疑問だということだ。そういうことを考えているうちにこの本書を読まねば、と思ったのだった。
 今テレビでは、アナウンサーもテレビタレントも一種の軍事評論家のごとくウクライナ侵略のことをあれやこれやと述べている。結局そういった物言いに、疑問を感じながら、結局我々現代の日本人がどこまで戦争のことを知っているのか、と思うと結局何も知らないのだ、ということを知ることになる。
 そんななかで本書のシュミレーションはすごい。北朝鮮の反乱軍を名乗る武装ゲリラが少人数で福岡に上陸、500名の後続部隊が続き福岡を制圧する。その2週間後、北朝鮮から12万の反乱軍の艦隊が到着し、実質九州を占領しようと目論む。今ウクライナで起こっている軍事侵略がもし自国で起こったら、国は自衛隊はアメリカは世界はどうするのか、物語は大きなシュミレーションになっている。
 かつて村上は傑作『五分後の世界』で、どうして日本は沖縄戦ののち本土決戦を行うことなく、無条件降伏をしたのか?という疑問を呈した。その理由として、有史以来日本が他民族の侵略に晒されたことは、元寇以来ないのだ、侵略された過去が皆無なのでどうそれに備えたらよいのかわからなかったのではないか、というようなことを言っていた。事実、「五分後の世界」はその逆説的な意味でまだ、戦争終結していない日本を描いていた。
 そういったことを踏まえ、もし侵略があったらという前提で本書は書かれている。
 いつのまにか、小説の感想ではなく別のことばかり話してしまっているが、そういう意味では、侵略されるということは、どういうことなのかということがありありと思い知らされる。
 実にタイムリーな小説ともいえる。あと余談だが、村上ファンとしては『昭和歌謡大全集』に登場したイシハラらが登場し、ゲリラに立ち向かうその姿に涙せずにはいられない。あの調布の街を爆破したお馬鹿で無茶苦茶なテロリスト集団の、あの後継が北朝鮮軍に闘いを挑むのである。特に後半からの物語のすごさ!相変わらずドライブのかかった文章、意外な展開に息つく暇もない。先が気になって気になって仕事が手につかなかった。これこそ物語の醍醐味。その終局に向かって本当に魂が震える。上下巻1000ページを超え、登場人物は150人くらい出てくるし、でも息つく暇もなく読ませられる。村上龍はやっぱりすごい。

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