見出し画像

ソーシャルダンシング⑧

足が触れる床の感触。
床はグレイのリノリウムで、ステップを踏んでシューズのつま先が触れるときゅっとこすれた音がする。

回転を続けた後に、体の軸を保ったまま静止する。
天から一本の糸が垂れているように、腕を伸ばし、体も足も伸ばして最後のポーズを決めた。
なんて気分がいいのだろう、とミサトは思う。

G学舎のAクラスで席次は4番目。
今月からトップ5に入ったので、特待生扱いになって母親が狂喜した。
クリエイティブルームでは、20時からのクラスがはじまっていた。

「はーい、ミサトいいじゃん。
中盤のところ、先週やった深海理論の応用だから、それを忘れないように次やってみて。
あとはばっちりだね。いつも通りすごいいい出来だったよ。
次の御三家オープン模試に向けて、後3週間固めていこー。
じゃ、つぎはユズハ!」
竹中先生の少し高めの声が響いた。

竹中先生はG学舎のトップ講師で、日本ダンスアカデミーにいたのをヘッドハンティングされてこの春からG学舎本校で教えている。
教えるのは特進クラスのトップ2クラスのみ。
年収は3,000万円だといううわさだった。

床に置いていたタオルで首筋をぬぐって、自分の椅子に戻ろうとしたときボソッと
「ばかじゃないの」
という声がした。
聞き逃してしまうほどのかすかな声だった。
多分、ほかの子や竹中先生には聞こえない。

上気していた頬の温度がさっと冷めた。
しばらくの間に忘れていたあの感覚を思い出す。
まわりの反応と自分の考えていることが、どう努力しても擦り合わない、
頑張れば頑張るほど周りが遠くなっていくように感じた日々。

あの日々はまだ数か月前のことなのに、はるか遠い気がする。
今は何をやっても、世界とカチッとうまくピースがはまっている感覚だった。
でも、もしかして何も変わっていないのかもしれない。

クリエイティブルームの壁に貼られた、前回のオープン模試の偏差値表に目をやった。
「伊藤ミサト 31番 偏差値71」
その数字を目にしたら、足元からぞくっと力が湧いた。
頭を左右に振ってから、顎を上げて椅子に座りなおした。

(続く)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?