妻のおじいちゃんの話
妻のおじいちゃんにガンが見つかった。
あまりに残酷で悲しい。
妻と結婚してからおじいちゃんと関わるようになったので、
会った回数も正直少ない。
でも、誰よりも尊敬している。
97歳のおじいちゃんは、いわゆる職人で今年の1月まで仕事も続けていた。
今では作れる人がかなり少なくなってしまった、ミシンで使うラッパというものを作っていた。
ただ、ぼくも妻もそれがどんな使われ方をしているのか、
どういうものなのかを詳しくは知らない。そもそもラッパという呼び方が合っているのかすらも知らない。あまり話を聞けていない。
妻の実家に住んでいるので、帰省の時にしか会えない。
だいたい、盆か正月。
家の庭で野菜を作ってくれていて、初めて盆休みに行った時にサヤエンドウを食べさせてもらったし、ほうれん草も作ったりしていた。
ぼくがおじいちゃんの野菜を気に入って食べていたら、
翌年にはスイカを作ってくれた。え?家の庭でスイカ作れんの!?やばくね?
でもおじいちゃんからしたら、満足のいく出来ではなかったらしい。
いや、めちゃくちゃ美味しかったけど。。
次の年には色の違うスイカまで作ってくれていて、前年のも十分美味しかったのに、もっと甘くなっていた。え?試行回数2回で高級品レベルまでいける?
ガンは、末期まで進行していたらしい。
去年の秋くらいから少し体調を崩していると聞いていた。
日課の散歩ができなくなったなど。
逆に97歳でも山の上にある家から麓までを往復していた時点で驚いていたが、心配していた。
お腹に水が溜まって、苦しい時も多くなった。
妻が心配して電話をしたら、「もう心臓があかんのや」と言って切られたこともあった。
妻は泣いていた。
大きい病院に行って詳しい検査をしてやっとガンと分かった時にはもう末期だった。持ってあと2-3ヶ月。
健康オタクだったが、病院嫌いで詳しい検査はしてこなかったようだ。
ちゃんと理由が知りたいと今回検査に行ったらしい。そしたらガンだった。
まずは妻の両親に医師からの説明があったらしい。
本人に伝えようか迷ったけれど、ちゃんと理由が知りたいとの気持ちを尊重し伝えると、「ガンのはずがない」と言ったそうだ。
ぼくたちもそうだ。信じられなかった。信じたくなかった。
医者が間違えたんじゃない?とか、とにかく否定する意見が欲しかった。
だってまだ仕事してるもん。まだ元気に見えるもん。
でもそこからのおじいちゃんはすごかった。
仕事先に迷惑をかけるからと、仕事をやめる決心をし、連絡をしたら取引先の人が飛んできた。
「やっぱり無理してたんじゃないですか!」と泣きながら。
これは後から聞いた話だが、納期もちゃんとしていて、価格も安かったらしい。もっとあげてくださいと言われても、これでいいと言っていたようだ。
取引先の人が困った時はおじいちゃんに相談するという最後の砦になっていたそうだ。
と、妻が誇らしげに教えてくれた。
自営業なので、確定申告も終わらせた。
パソコンはよくわからないから手計算で。何年もこうしていたようだ。
自分の死後のために、寺ともやりとりし戒名を決めたり葬式などしてほしいことを決めたりしていた。
妻もぼくも土日には会いに行った。
体が動かなくなってからできていなかった、庭の畑仕事を孫たちでやった。
球根を植えた。エンドウ豆を植えた。バラの剪定をした。
「上出来じゃ!」ベッドから起き上がり出窓から見て言ってくれた。
レモンか かぼすか すだちか、ちょっと何かわからないけど、それの苗も植えた。
「2年後くらいには実がなるかもしれんなぁ」
未来の話でこんなに悲しくなるなんて。
ぼくらが行くと、立ち上がって元気そうな姿を見せてくれた。
妻の姉の婚約も伝えられた。
1週間後にテレビ電話もした。容体が悪く入院したらしい。
少し呂律が回らなくなっていることに気づく。
妻の目が見れない。
その日の夜、脈がわからないと病院から電話があり、義両親が病院へ向かったが間に合わなかった。おじいちゃんは息を引き取った。2月25日だった。
葬式では、おじいちゃんの長男である義父が「誠実で穏やかな人だった」と話した。
おじいちゃんが妻や家族、ぽっと出のぼくに向ける言葉も振る舞いもそうだった。
死後もおじいちゃんの希望事項がメモに残されていたようで、最期の最期まできっちりした人だった。
妻の母は嫁いだ時におじいちゃんから「死ぬまで働き続けるんやで」と言われたそうだ。
義母は当時そんなこと無理ぃと思ったらしいが、まさにそれを人生で以って体現した人だった。
亡くなる前月まで仕事をし、仕事が終わってからも確定申告など身辺整理をしてから床についた。
おじいちゃんの遺骨は、重くて硬い、しっかりとした骨だった。
まさに仕事をし続けた人のそれだった。
もっと話をすればよかった。
いつだって後悔は先には立たない。
ラッパってなに?
野菜を育てるコツは?
大福帳ってなに?
妻が子どもの頃のエピソードは?
長寿の秘訣は?
知りたいこと、聞きたいことがたくさんある。
もっと聞きたいことがあったのだ。
生涯仕事をされていたこと、本当に尊敬しています。
野菜、美味しいです。
スイカ、一番最初のから美味しかったですよ。
お酒も一緒に飲んでくれてありがとうございました。
お土産美味しそうに食べてくれて嬉しかったです。
伝えたいこともたくさんある。ありすぎるくらいあるのだ。もっと話をしたかったのだ。
ただただ、ゆっくりしてほしい。
たまには見守っていてほしい。
そう思っています。
化けて出てくれたっていい。
塩は撒かなかった。
もう一度妻に会わせたい。
死に様は生き様。
働くことが嫌いなぼくだけど、
ちょっと頑張ってみようと思います。
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