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映画「蜜のあわれ」の芥川が忘れられないんや……

ごきげんよう。
映画「蜜のあわれ」について語らせろください。
例のごとく、これだけ語ってネタバレはほぼない。ほんと奇妙だよな。安心しな。

室生犀星の小説「蜜のあわれ」を原作とした映画だ。
(個人的には室生犀星の他の作品の香りもするが。)

これの目玉は高良健吾が演じる芥川だ。
ほんとうにとんでもない。いいかげんにしてほしい。好き。

室生犀星の晩年の葛藤や機微を元に描いたといわれる本小説。
室生犀星がどちらかというと大器晩成型であったこと、先に評価された芥川とは作風が全く異なることから、どうやっても届かぬ存在であったことなど、室生犀星にとって芥川は常に先を走っていた。
そして芥川はそのままとっとと死んで本人まで高尚な伝説になった。
室生犀星は72まで生きて最終的には文壇の大先生になる。
それでも彼の中には色あせることのない「芥川龍之介」という天才の姿が永遠にちらついていたのかもしれない。

個人的には室生犀星の良さは、芥川にはない“生きる”ということ現実的な葛藤や土臭さ、実直さ、おおらかさ、人とのかかわりみたいなものにあり、これは彼がまざまざと生きていたからこそ書けたものだと思うのだけれど・・・まあね、一応この作品の主人公は「老作家」であって犀星とは明記されてないですからね。いちおう。

そんなことは今回置いておきまして、ここでは映画の「芥川」について語らせてほしい。

老作家が葛藤しているとき、思い悩み歩みを止めているとき、彼の中の「芥川」と対峙する。

つまり、本物の芥川ではない。

老作家自身の中で形成され、いわば美化ないし神格化されている「芥川」だ。

そのため実際の芥川は、なかなかわんぱくで子供のようなところのある人なのだが、そうではなく、高尚で、妖しく、恐ろしい、言葉通りの「畏怖」として存在している。
そしてきっとこれは、私たちの思い描いている「芥川」に近い。

なぜそういえるか。

高良健吾の演じる芥川を見て、「ああ、芥川だ」と我々は思ってしまうからだ。
高良健吾の演じる芥川はすごい。そこに芥川がいた。

息をのむような緊迫感
蝶の羽のように思わせぶりなまばたき
いかにも冷たい指の運び
心臓を射るような淀みない視線
淡々と色のない声

こ、こえ~~~!!!!!!!!!!と思いつつ、我々のイメージする芥川はまさにこれだ、と思った。本当に、イメージ通り絵にかいたような「芥川」。めっちゃ芥川すぎる。なんならこの瞳、この指先と、昨晩ご一緒したかもしれんという虚偽の記憶まで開いた。あぶねえ。

芥川のような圧倒的なセンスのある天才を目の前にしたときに、「センスがないと思われたくない」「失望されたくない」と物書きなら月からすっぽんまで全員思うものだろう。
その緊張感や、いやらしさみたいなものが凝縮した息苦しいシーン。

そこで芥川はもったいぶって何と言うと思います…?

私が芥川にこんなことを言われたならば、頭を抱えて髪を四方八方に振り乱し、静かに大泣きしながらど派手に塵となるのであわよくばそのままその器で飲み干してほしいもんですよほんとうにね全く全く…は?

ゆったりと、非現実的。

そこにはあなたの知る「芥川」がいる。
ぜひ見てほしい。

正直、高良健吾と芥川では顔の印象はずいぶん違うと思う。
モテる顔といった大口では同類だが、芥川は細面で薄口の顔で柳のような印象があるかと思う。対して高良健吾はどちらかというと目鼻立ちがはっきりとした濃口で男らしい精悍な顔。線の細い印象はない。

しかし、高良健吾が演じると、そこに「芥川」がいるのだ。
これが「演技力」か、と圧倒された。

高良健吾はその後、蜷川実花の「人間失格」で三島由紀夫を、大河ドラマ「花燃ゆ」で高杉晋作を演じていたが、どれも当人にしか見えないのだ。何というか、気迫がある。
高良健吾、すげえ・・・・と毎回度肝を抜いて拝見しております。

「蜜のあわれ」、言ってしまえば大きな映画館で老若男女に見られるような造りの映画ではないのだが、老作家を大杉連が、彼を翻弄させるフシギな金魚ちゃんを二階堂ふみが演じており、なかなかストロングスタイルな映画である。
ちなみに芥川が出てくるシーンはかなり少ない。しかしそのわずかなシーンがあまりにも鮮烈で、頭の中に焼き付いて、ご覧の通りこれだけ語ることができるほどだ。
そのうえ聞いてくれ、私がこの映画を見たのは7~8年前のことなんだぜ。それでこんなに語れるなんてイカれてるだろ。こっちがこわいわ。

調べたところどうやら今は様々な手段でレンタル可能なよう。
どうにかして見てくれ。

ここで、重要なことを事前にお伝えする。
家族の前で見ることはぜったいにやめた方がいい。
そもそもこの話は、葛藤まみれのおじさん作家と、かわいくて天真爛漫な金魚ちゃんのゴキゲンな話で、まあ言わずもがな色んなシーンがある。その上突然来る。察しろ。

9月というのになぜだかまだ暑いが初秋の気配だけはするこの頃。
夏祭り揚がりの金魚ちゃんと一緒に、ぜひご覧あそばせ。



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