ウィルトンズサーガ【厳然たる事実に立ち向かえ】3作目深夜の慟哭第41話

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 三つ頭の巨犬を倒して、ウィルトンはその場に座り込んだ。ほっとして力が抜けていた。疲れてもいた。

 アントニーが、先祖の高貴な骨で出来た杖を用いて、古王国魔術を使い、ウィルトンの火傷を癒やした。

 新諸国の現在、魔術を癒やしには使えない者が多い。様々な効率化の末に、現代魔術は古(いにしえ)の技の一部を捨てたのだ。

「大丈夫ですか?」

 アントニーの問いにウィルトンはうなずく。

 魔術師たちに捨てられた癒やしの技は、今では力ある神々に仕える神官が行うものとなった。

「しかし、この西方世界の北方の地じゃ、デネブルが神官たちを迫害したから、ほとんどいなくなってしまった。特に力のある神官はいない。お前の古王国魔術は貴重だよ」

「私たちの魔法は、いつだって癒やしを行えるわ。この地下世界で暮らせばいいの。この地下世界が呪いから解放されたなら、あなた達も安心して暮らせるわ」

 ブルーリアが二人に微笑み掛けた。彼女のアントニーに示す態度はかなり和らいでいた。ウィルトンはほっとした。この地下世界を解放し、ロランも含めてアントニーと平安に暮したい思いは強まった。

「そういえばロランを人間に戻せると言ったな?」

「ええ」

「どうやって戻すんだ? まさか、他の人間の身体を奪うわけじゃないよな?」

「でもそれが悪い人間だったら? どうかしら」

「悪い人間?」

 デネブルのような、か? そんな奴が、この地下世界にもいるのだろうか。でもそんな奴の体に、ロランは入りたがるだろうか。たぶん、人間の体なら何でもいいわけではないだろう。ロランの気持ちも聞かねばならない。そうウィルトンは思う。

「そいつが先に誰かの若い体を奪ったの。肉体を盗んだ。だから奪い返すの」

「元の持ち主は?」

「死んだわ。だって、肉体を奪われたのだから当然でしょう?」

 平然とした様子の美しい妖精に、ウィルトンは、

「ああ、そうだな。それは筋が通っている……ような気がする」

やや戸惑いがちに答えた。

 いや、そうだ、元の持ち主は死んだ。ならば悪党から肉体を奪ってロランの物にしてもかまわないのではないか? そう考えて、ウィルトンはアントニーを見た。

「ロランはどうしたいですか?」

 アントニーは、背負い袋に入って大人しくしている従者に問い掛ける。背負い袋が、もぞもぞと動いた。ロランは顔を出そうとしている。

 辺りは薄暗く、地面は灰色の岩石に覆われている。見上げても、やはり灰色の岩石に覆われている。空漠として、果ては見えない。虚しく思えるほどの、何もない広がり。

「ここが呪われた地か。かつては美しいところだったんだろうか」

 ウィルトンはブルーリアの方を見た。彼女は実に落ち着いたたたずまいで、優雅な微笑を浮かべながら立っている。

「そう聞いているわ」

「もしも俺たちが、その美しい土地を取り戻せたなら」

 俺はその美しい土地を見たい。呪われる前の、はるか昔の美しさを、この目で見たい。ウィルトンは強くそう願った。

「もちろん、あなた達は安心してここで暮らすのよ」

 ロランが顔を出した。

「僕はアントニー様のお役に立ちたい」

 開口一番、そう告げた。その口ぶりに痛々しさがにじむのを、ウィルトンは聞き取っていた。

「お前はずっと役に立ってきたさ」

「そんなことありませんよ!」

 ウィルトンの言葉は偽りではない。単なるなぐさめでもない。ロランはウィルトンの言葉を拒絶した。

「お前がいなければ、アントニーはもっとずっと孤独な四百年を生きなければならなかっただろう」

「その通りですよ、ロラン」

「でも僕は……」

 ロランは背負い袋からはい出た。灰色の岩石の地面に立つ。ロランはウィルトンを見上げた。

「僕はあなたのように役に立ちたい。あなたのようにできたなら、そう思うんです!」

 黒い木製のボタンの目がウィルトンを見つめている。ウィルトンは視線を受けとめた。優しく、いたわるように。

「何言ってんだ、俺には出来ない事が、お前には出来るだろう?」

「そんなのは他の誰でもできます。人間の従者で、僕より優秀な人間はいくらでもいます。でもあなたの代わりはいない、ウィルトン。あなたの代わりは誰にもできない。あらゆる意味で、あなたは特別です。だから僕は」

 そこでロランは黙った。ウィルトンは、この少年が泣いているのだろうと思った。もしも人形の目から涙が流れるのなら、それを見ることが出来たはずだ。

「それは違うよ、ロラン」

 アントニーは、そっと後ろから人形の姿をした少年を抱きしめた。

「それは違う、お前の代わりはいない。それは確かなことだ、ロラン」

「本当に、本当にそうなのですか、アントニー様」

「もちろんだよ」

 アントニーは微笑む。ウィルトンは何も言わず、黙って見守っていた。と、そこへ、

「だけど人間の体を手に入れたら、その子にはもっとできることが増えるわよ。それは確かなことね」

 と妖しく誘うような笑みを湛(たた)えた。

続く

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