見出し画像

【山読書】 山に登るように生きる 「太陽のかけら ピオレドール・クライマー 谷口けいの青春の輝き」著者 大石明弘

登山家は、山で死ぬのが本望なのだろうか。
 
世界的に認められたアルパインクライマーの谷口けいさん。彼女は2015年、大雪山 (北海道) での滑落事故で亡くなった。
 
この本は、彼女とザイルを結んだ大石氏の、「けいさんのことを残したい」という想いを結晶化させたものだ。多くの関係者へのインタビューを経て、彼女が浮かびあがってくる。

けいさんは、友人を山でなくした際「山での死は決して美しくない」と書き記した。だが、その次に「彼らの生きた時間は間違いなく美しいと思う」と続けている。
 
彼女が取り組んでいたアルパインクライミングは、岩と氷で覆われた垂直の壁の登攀であり、些細なミスが命を奪う。
 
しかし、彼女にとって、山に登ることは自己表現の一つ。安全な既存ルートをたどるのではない。自分で壁を見て、自分の力で可能な範囲を登っていく。その命の判断の連続が、山頂までの美しいラインを描く。
 
彼女の人生そのものも100%の自己表現だった。高3のとき、世間のレールに乗るだけの「受験生」はやめる、と実家を飛び出した。そして、生活費、学費の全てをアルバイトで稼ぎながら大学に進学した。
アルパインクライミングを始めたのも28歳。24歳で引退した人もいるくらいなので、かなり遅い…けれど、「やってみたい」という気持ちを大切にした。

けいさんの人生は、「やってみたい」に真っ直ぐだ。「世間がどう思うか」より、「自分が楽しいか」を優先して、より大きくて自由な冒険を楽しんできた。その行動は、周囲の人の心や行動に変化をもらたしてきた。

高校時代の親友、水上ユキさんは、けいさんに「やりたいことをやればいい」ということを教わったという。彼女は、会社員を退職後、木工職人として修行し、現在、木工所を営んでいる。

アルピニストの野口健さんは、けいさんとエベレストの清掃活動などを共にしてきた。彼女の山への真っ直ぐな想いに、環境保全家として活動する中で忘れかけていた「冒険をしたい」という気持ちを思い出した。そして、チョモランマにチャレンジすることを決めた。

私も、けいさんに影響を受けた一人。ちょうど登山を再開した時に、この本を読んだ。当時、私は周囲の人を優先しすぎて、自分が何をしたいのか、何をしたら嬉しいのか、自分のことがよくわからなくなっていた。

転勤先の北海道で、久しぶりに山に登り、私はその開放感に驚いた。山では、自分の体も心も、自分のもの。好きなペースで歩き、疲れたら休み、美しい景色の前では立ち止まる。ずっと歩き続けるとお腹が空くし、絶景を前にすると言葉がなくなる。山では、自分の体と心に正直になれる。次々に見たい景色、登りたい山が生まれてくる。そして、自分に自信がないからこそ、誰かに必要とされることで、自分の価値を見出そうとしていたことに気づいた。

私にとって、けいさんのように生きることは、山を歩くように生きることと同義だ。自分に素直に生きる人生は、障壁も多い。だが、その困難の大元は、自分の可能性を否定する自分自身。けいさんは、弱気になる自己に打ち勝つため、努力をし、成果を積み上げ、自分に自信をつけていった。「やってみなくちゃわからない」が口癖で、やりたい気持ちを大切にした。

だからこそ、彼女の生がまぶしい。命をかけて山に登り、山でも、どこでも、真っ直ぐ生きてきたからだ。きっと、会う人全員にパワーを授けてきたはずだ。あぁ、けいさんに会ってみたかったな。

写真は、蝶ヶ岳山頂で見たご来光です。



#登山 #北海道 #読書感想文 #谷口けい #推薦図書

この記事が参加している募集

推薦図書

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?