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ループ中心の視点から見た生命の諸機能

システム工学の観点から、生命の起源について個人研究をしています。

この記事では、これまでの記事で示してきた処理ループ中心の視点から組み立てた生命の起源についてのシステム論的な仮説をおさらいしつつ、その処理ループがロバスト性を向上させるために必要とする機能とそのメカニズムについて考えていきます。

なお、既知の生物の機能について、それがどのように実現しているのかを考えるのではなく、あくまで処理ループというものをシステム的にロバストにするという視点で考えています。そのアプローチで考えているにも関わらず、そこに私たちの知っている生物の機能が現れてくることが良く分かります。

これは2つの意味で興味深い事実です。

1つは、システム工学的な視点で考えた時に重要になってくると思われる機能を、生物は自然に獲得しているという点です。DNAによる生物学的進化にせよ、DNA登場以前の化学進化にせよ、単に環境に適したものが生き残るというルールですが、それに従うとシステムエンジニアが考えるような機能が獲得されるということです。

もう1つは、生物の持っている機能がどのような意味を持っているかを考えるアプローチの他に、生命現象というシステムが存続するために必要な機能を考えるというアプローチで、生物の機能の意味を理解することもできるということです。仮に生物がどういった意味があるか良く分からない機能があるとしたら、このアプローチでその説明を与えることができるかもしれません。

では、以下本文で詳しく見ていきましょう。

■処理ループ中心の視点から見る生命の起源仮説

これまでの記事で、触媒となる化学物質による化学反応の連鎖がループ状に繋がった構造を基本的な処理ループとして、生命の基本的な構成要素となっているというループ中心の視点による考え方を示してきました。

この処理ループ自体も、少し視点を広げると化学反応の1つとして捉えることができ、それを組み込んだ化学反応の連鎖がさらにループ構造を持ち得ます。

初期の処理ループは、地球の水の循環による物質の移動を利用して形成されたと考えられます。そしてその処理ループを組み込んだ処理ループが次々に形成され、依存関係がチェーン状になります。この処理ループ間の依存関係も、やがて循環構造を持つことで、処理ループ群が初期の処理ループから独立することができます。

さらに、独立した処理ループの循環構造が、地球の水の循環を利用せずに、自らそれぞれの処理ループが必要とする物質の移動を実現できるようになると、地球の水の循環という外部の力から自立することができます。

ここまで来ると、ひとまず第一段階の生命の形態が誕生したことになります。触媒となる化学物質群が、ループ状の化学反応の連鎖を形成し、そうしたループ群が循環的に依存関係を持っている状態です。そして、各ループ状の化学反応の連鎖は、外部から入力となる物質とエネルギーを取り込むことさえできれば、化学反応の連鎖を継続できます。この時に、地球の水の循環や地形を利用することなく、触媒となる化学物質群だけで自立できることで、単なる自然現象とは異なり、生命現象だと言えるようになる、というのが私の仮説です。

■資源の整流の重要性

この処理ループにおいて、それぞれの化学反応と、地球の水の循環に頼らない物質の移動には、エネルギーを必要とします。

外界から獲得できるエネルギーが常に必要なだけ与えられていれば問題ありませんが、通常、与えられるエネルギーは変動します。また、同時に発生した他の化学反応にエネルギーを使われてしまうこともあります。

このため、必要な時に必要なエネルギーを使用できるようにするために、外界から獲得できるエネルギーを蓄積しておき、蓄積したエネルギーを必要に応じて供給するメカニズムが重要になります。

エネルギーを糖に蓄積する場合には、光合成のように糖を生成するメカニズムと、解糖系のメカニズムを意味します。脂質であれば、脂質代謝のメカニズムです。生命の起源においては、糖や脂質以外のエネルギーの蓄積もあったかもしれません。

また、エネルギーだけでなく、処理ループに対して入力となる物質も必要になるでしょう。これも、同様に外界から取得することが基本となりますが、どこかに蓄えておき、必要に応じて供給するメカニズムが重要です。

外界から取り込む必要のあるエネルギーや物質を単純に資源と呼ぶことにし、資源を安定的に処理ループに供給するメカニズムを、資源の整流と呼ぶことにしたいと思います。

■資源の整流のメカニズム

資源の整流には、資源の収集、蓄積、供給のメカニズムが必要になります。

資源の収集は、おそらく初期の頃は、静的に資源となる物質やエネルギーが与えられるのを待っていて、与えられたらそれを捕捉するメカニズムです。高度に発展すると、資源を誘導したり、自ら動いたりすることで、より収集できる機会や量を増やすことができます。

資源の蓄積は、糖や油脂などの形に資源を固めたり、仕切りに囲まれた空間に入れて置いたり、芯になる物質に資源を吸着させておくメカニズムです。

資源の供給は、初期のシンプルなメカニズムでは、一定の間隔で蓄積した資源を安定的に放出する仕組みです。高度になると、処理ループが資源を必要とするタイミングで供給するようになります。

このような形で、資源の整流のメカニズムが機能することで、外界からの資源供給に波があったり、他の処理ループとタイミングが重なったりすることがあっても、必要な処理ループに必要な量の資源を安定的に供給することができ、処理ループ群が環境の変化に対してロバストになります。

■維持と浄化の重要性

処理ループが上手く動作するためには、資源以外にも処理が発生する場の状態も重要です。通常、処理が発生する場は、水中です。細胞生物の場合は細胞質ですし、生命の起源において細胞膜が登場する前であれば、池や湖のような場所でしょう。

そうした処理ループが動作する場である水の状態としては、温度やph値などが代表格です。また、余計な物質がその場にないということも重要です。

このため処理ループの処理が行われる水の状態として、温度やph値を維持するメカニズムや、余分な物質をなくす浄化のメカニズムが重要になります。

維持は、いわば状態の安定化のメカニズムです。温度やph値を一定の範囲に維持する仕組みです。浄化は、余分な物質をろ過したり、排出したり、分解したりするメカニズムです。

また、そもそも外界から資源を取り込んだ際に、余分なものを取り込まないことも必要です。いわゆる検閲や免疫に相当しますが、それもここでは浄化のメカニズムの一環という位置づけにしておきます。

■維持と浄化のメカニズム

初期の維持メカニズムは、維持対象のパラメータが基準状態からずれた時に起動します。これは、維持対象のパラメータの基準状態からのズレに対して、逆向きのフィードバックが掛かる処理ループです。例えばph値が酸性に傾いたら、処理ループが起動して最終的にph値がアルカリ性寄りになるような物質を出力します。ph値が基準状態よりアルカリ性になったら、酸性になるようにします。

維持メカニズムが高度になると、状況に応じて基準状態を変化させるとこともできるようになります。風邪をひいた時に体温が上がる仕組みがその例です。

浄化は、常に水分を循環させてフィルターで余分な物質をろ過させるような処理ループを回すようなものや、余分な物質が現れたら、それをトリガーにして処理が開始されるケースがあります。後者の場合は、外に排出するメカニズムだったり、対象を分解するための物質を出力したりするものです。

維持や浄化のメカニズムが発達することで、外部環境の変化の影響や、自分自身の内部の処理の影響を受けにくくなり、システムがロバストになります。

■仕切りとしての膜の重要性

処理ループ群が安定して動作するために必要な触媒が離れ離れにならないことが重要です。また、処理ループ間のやり取りが他の存在に邪魔されないように浄化することや、処理ループがスムースに動作するために維持を行うことを考えると、何らかの仕切りがある方が有利です。

このため、膜が重要になります。膜の中には処理ループ群が必要とする触媒が包含され、状態の維持や浄化は、この膜の中を主な対象とします。

■膜のメカニズム

膜自体は、石鹸の泡のように、脂質が生成できれば比較的容易に形成することができるようです。

膜が形成され、その中に必要な触媒が上手く収まると、先ほど述べたように処理ループが安定動作し、維持や浄化のメカニズムも上手く働くようになります。

これにより、膜の生成に必要な処理ループも安定的に動作するようになれば、膜がより形成されやすくなるということです。このような形で、膜の形成は自己強化型のフィードバックループになり得ると考えられます。

■膜の形成時の謎と細胞骨格

細胞膜自体は脂質に疎水性と親水性の両端が現れることで球状の膜が形成できることが分かっています。しかし、その膜が出現した時に、その内側に都合よく様々な処理ループが必要とする触媒が内包されたと考えるのは、かなり運任せの話にも思えます。どうやって上手く必要な触媒が細胞膜の内側にカプセル化されたのかは、一つの謎です。

膜にカプセル化される前は、池や湖の中に多種多様な触媒が入っており、それらの間で物質がやり取りされることで処理ループが実現していたと考えられます。この段階で、水流や物質の拡散の動きだけに頼って物質がやり取りされていたと考えると、膜の形成の時に偶然に依存しなければなりません。

しかし、仮に、膜に包まれる前から、各触媒同士が何らかの構造物で結合され、その構造物を辿るような形で物質がやり取りされて処理ループが機能していたと考えれば、話は変わってきます。この場合、膜に包まれる前から、構造物の周りに多種多様な触媒が付いているような塊が存在していたというイメージになります。もしそのような構造体があったのなら、それを丸ごと脂質の膜が包んでしまえば、必要な触媒がカプセル化される際に、偶然に頼る必要がありません。

実際、細胞の中には細胞骨格と呼ばれる様々な太さの繊維や管が張り巡らされています。これが脂質の膜で囲まれた後に作られるようになったのではなく、もともとミクロの綿の塊のように池や湖の中に存在していたと考えることもできると思います。そして、膜よりも先に細胞骨格の繊維や管の塊が存在していたと考える方が、理に適っているように思えます。

電化製品などに組み込まれる小さなコンピュータデバイスの開発時も、最初は筐体に入れずにむき出しの試作基盤を作って、それを用いて開発を進めますが、そのことに似ています。膜に包まれないむき出しの繊維の塊と触媒群は、試作基盤のようなものです。膜に包まれていなくても、基盤上の回路を介して各部品が電力や情報をやり取りすることで機能します。

そして、デバイスが商品として製造されるときに硬い筐体に包まれるように、膜に包むことで、内部が傷ついたり余計なものが混入して動作を阻害されることを防ぐことができます。

■触媒の生成の重要性とメカニズム

資源の整流、維持と浄化、膜の生成などのメカニズムが機能するためには、それを効率よく実現するための触媒が必要です。このため、触媒の生成が重要になります。

これらのメカニズムは、それぞれ一種の処理ループと捉えることができます。そして、長く存続する処理ループは、化学進化の中で自己強化的なフィードバックループとなっていることが必要です。

フィードバックループの自己強化には、いくつかの方向性があります。処理ループに必要な資源がより多く獲得できるとか、処理ループ内の化学反応がスムースに実施できるよう場の状態をより適した状態にするとか、そうした方向性もあります。その他に、必要とする触媒を処理ループが自ら生成するというタイプもあります。

自ら必要とする触媒を生成できる処理ループは、自己強化的なフィードバックループとしてもより強力です。このため、処理ループの自然淘汰の中を生き残りやすいことになります。そう考えると、化学進化を生き残った処理ループの多くは、自ら必要とする触媒を生成する能力を持っていたとしても不思議はありません。

■DNAへ

やがて、DNAが生成されて膜の中に入り、自己複製能力を持つことで、細胞と呼べるものになります。

DNAがどのような形で生み出されたかは不明です。

おそらく処理ループが触媒を自ら生成する、という状態がDNA登場よりも先にあったのだと思います。つまり、DNAの誕生は、処理ループ自ら触媒を生成するというメカニズムを土台にしていたという考えです。ただし、これらは想像上のことであり、DNAの誕生のメカニズムについては、今後掘り下げて考えていきたいテーマです。

■さいごに

生命の起源について、処理ループという形でループ中心の視点で考える事で、より鮮明に仮説をイメージ化することができるようになりました。

この記事では、それをベースにして、資源の整流、維持と浄化、膜の生成、骨格の形成という、生命のロバスト性を向上させるメカニズムについて考えました。生命は多数の複雑な機能を持っていますが、このように処理ループのロバスト性を確保することを順に考えていくと、合理的に考えてもそれらの機能が必要であることがわかります。

冒頭でも述べましたが、このように生命現象をシステムとして捉え、そこに必要になるはずの機能やメカニズムを考えていくことが、生物の機能を新しい視点から見ることにつながる可能性があります。

また、この記事では、触媒の生成とDNAについても考えを示しました。

まだまだ、具体的に考えなければ上手く描けていない部分もありますが、ループ中心という視点に基づいてこうした概念を整理していくことで、新しい洞察を得られると考えています。特にDNAの形成過程は今のところ大きな謎ですが、この謎にも上手くアプローチできる方法を探っていきたいと考えています。



<ご参考1>
以下のマガジンに、生命の起源の探求をテーマにした私の個人研究の記事をまとめています。

<ご参考2>
生命の起源の探求の個人研究の初期段階の内容は、以下のプレプリント論文にまとめています。
■日本語版
OSF Preprints | 生命の起源の探求に向けた一戦略:生態系システムの本質的構造を基軸とした思考フレームワークの提案
■英語版
OSF Preprints | A Strategy for Exploring the Origins of Life: A Proposal for a Framework Based on the Essential Structure of Ecological Systems



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