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影響ループにおける通貨の役割

あるプロセスが、別のプロセスに影響を与えることがあります。そして影響を与えられたプロセスが、また別のプロセスに影響を与えることもあります。このように、プロセスの間には連鎖的な影響関係があり、場合によっては、この影響の連鎖が循環し影響ループを形成します。

この影響ループが、あるプロセスに対してポジティブなフィードバックループになると、そのプロセスは強化されていくことになります。

こうした影響ループにおいて、通貨は強力な役割を果たします。この記事では、影響ループにおける通貨の役割を考えていきます。

■通貨の有無による影響ループ形成の難易度の差

通貨が無い場合、影響の連鎖がポジティブなフィードバックループとなるためには、あるプロセスの結果が、次のプロセスに影響を与えるという形でつながる必要があります。この時、前のプロセスの結果と、次のプロセスが受けつけている物事の種類が一致している必要があります。

従って、アウトプットとインプットの型が完全一致するプロセス間でしか、影響のループのための接続を形成できないことを意味します。このような条件を満たすプロセスが偶然つながり合うまで、新しいループの形成はなされず、進化には多くの時間を要すことになります。

一方で、通貨が存在すれば、話は変わってきます。多数のプロセスのアウトプットとインプットとして共通の価値を持つ通貨があれば、多様なプロセスの間で影響の連鎖を容易に作れるようになります。

■通貨の代表例:経済システムの中のお金

こうした通貨の代表例は、もちろん人間社会の経済や産業における、お金です。お金の起源は諸説あるようですが、想像すると分かるように、物々交換の経済システムでは、お互いが欲しいものがマッチしなければ取引が成立しないため、効率が悪い上に、欲しい人のところに欲しいものが上手く行き渡る状況を作ることが非常に難しくなります。

お金を使って売買ができる経済システムであれば、この問題が解消し、スムースで効率よく、欲しいものを手に入れる事ができる仕組みが成立します。

また、多数の素材と複数の製造段階を経なければ作られないような製造物や創作物は、物々交換の経済システムでは実現が難しくなります。大きな組織的だったり段階的に人が介在する時に、それぞれの人が欲しがる報酬を用意することが大変になるためです。通常は直接取引する人同士の間での二者間かせいぜい三者間の影響ループが形成されることがメインになるでしょうから、製造や創作の分業に限界があります。

お金がある事で、大規模な分業が容易になります。様々な人が関与していても、支払うがわで様々な種類のものを用意する必要はなく、十分な量のお金さえ用意すればよいためです。大規模な分業ができるというのは、大きくて複雑な影響ループを形成できるということです。このように、お金の存在は、経済や産業の中に、大規模な影響ループの形成を可能にしているのです。

■通貨の別の例:生物の中のエネルギー通貨

生物の体の中にも、通貨と呼ばれるものがあります。ATP(アデノシン三リン酸)という化学物質です。エネルギーを運ぶことのできる物質のため、エネルギー通貨と呼ばれています。

生物の体の中の影響ループでは、直接に必要な物質を交換する場合や、ループ状の物々交換が連鎖して上手く影響ループが形成されている場合もあると思います。

一方で、大規模な分業を可能にする影響ループの形成に通貨が役に立つという経済システムで説明した利点について考えると興味深い考察が得られます。つまり、エネルギー通貨を使うことで、生物の体の中でも、単なる物々交換のループよりも大規模な分業体制が効率良く構築されている可能性があるということです。

エネルギー通貨が、多数の細胞が協調動作する多細胞生物において大規模な影響ループの形成に役立っている可能性は高いと思います。また、一つの細胞内でも非常に複雑な化学物質と化学反応の連鎖が巧みに行われていることを考えると、そこでもエネルギー通貨が複雑で大きな影響ループを形成するキーになっている可能性が考えられます。

■通貨に似た例:生態系における基礎的な栄養素

また、生態系というシステムの複雑さと食物連鎖の循環の大きさを考えると、そこにも何らかの通貨が存在するように思えます。

生物の間ではアミノ酸や糖や油脂といった栄養分のやり取りが行われています。ここでは、お金やATPほど単一化されていませんが、それでも生物の種の多様さと、その身体を構成する機能や仕組みの複雑さと比較すると、主にやり取りしている基礎的な化学物質の種類は驚くほど少ないように思います。これは通貨と同じような効果を生み出しているかもしれません。

生物が進化して多様性を広げ高度化していくなら、その材料となる基礎物質も多様になっていっても不思議ではないはずです。しかし、あくまで基礎物質はある範囲の多様性に留め、その基礎物質を組み合わせることでできる多様性の方に比重を置いているというのは、この通貨効果を狙ったアーキテクチャと言えるかもしれません。

基礎物質が多様であれば、もちろんそれを組み合わせた複合的な物質も容易に多様性と高度な機能を持ち得ます。しかし、基礎物質が多様化すると、影響ループという観点からは不利になっていきます。この記事の初めの方で述べたように、プロセスのアウトプットとインプットがマッチする可能性が減り、進化にとって不利になっていくためです。

このため、お金やエネルギー通貨ほどのシンプルさではないけれども、生物の身体を構成して多様な機能を実現できる程度の種類の基礎物質に抑えることで、影響ループの形成の難易度を下げていると理解することができます。最低限の種類の基礎物質があれば、それ以上種類を増やす必要はありませんので、そのバランスの取れた数に抑えることは理に適っています。

■通貨のようなものが存在しそうな領域:脳

脳の作用についての知見に乏しいのですが、脳の中でも化学的な物質のやり取りがなされていると聞きます。

人間の脳で言えば、数十億あると言われるニューロン細胞はシナプスと呼ばれる端子で結合され、その間を神経伝達物質がやり取りされているそうです。そのようなネットワーク構造がありつつ、一方で、そのネットワーク構造が浮かんでいる脳内空間には、このネットワーク構造とは別の広範な範囲で物質がやり取りされるとも聞きます。

私の理解というか、想像では、ニューラルネットは身体的スキルのような暗黙的な知識や、言語や形式的表現を使った論理的な知識、あるいは創造性や計画性などの知的作業を行っている、極めて知的な部分を大きく司っていると思われます。一方で、恐怖や喜びといった感情、美味しいとか美しいと言った感性的な作用には、このニューラルネットの構造に従ったやり取りだけでなく、広範な範囲での物質のやり取りも深く関わっているのではないかと思われます。

このため、神経伝達物質はシナプスという局所的な部分で明確に相手のニューロンを指定して伝達されますが、それ以外に広範囲のニューロンに作用するように散布される物質もあり、これらが絡まり合って脳は機能しているのではないかと想像しています。

これは、物々交換の仕組みのように2つのニューロンの間でやり取りされる神経伝達物質と、広く様々なニューロンに作用する通貨のような広範な物質というような形で、理解することができるように思えます。知識を覚える際には、大きく感情が現れることはありません。この時には、知識を覚えるということに必要な形で神経伝達物質が局所的にやり取りされることで十分に機能します。

しかし、生命の維持に関わるような食事の美味しさの感覚、恐怖からの解放の感情などは、それを行うために共同で作業した全てのニューロンに報酬を与える必要があります。このような時にニューロンのネットワークの構造を辿って物々交換のように報酬を伝達していくと、効率が悪くなります。このため、広範な物質を通貨のようにばら撒くという形を取ることで、効率よくフィードバックを与えるというアーキテクチャが採用されているのではないかと考えています。

こうしたアーキテクチャであれば、結果が出るまでは知的な共同作業を協力して行っていたニューロン群の広い範囲に、結果が出た時にポジティブあるいはネガティブなフィードバックを返すという合理的な影響ループが形成することができます。

■さいごに

この記事では、影響ループに対する通貨の役割について考えました。

通貨は、プロセスの成果の価値を抽象化して表現できる道具になります。プロセスの評価を共通の通貨で表現することで、様々なプロセスを容易に影響ループに組み入れることができます。その観点から、生物の体内におけるATPの役割や、生物間の食物連鎖でやり取りされる基礎物質の種類の少なさについても考えを巡らせました。

通貨という考え方をすることで、プロセス同士のやり取りがシステム的に効率化されるということを説明しました。一方で、通貨という概念は、経済システムを連想させますが、経済学の考え方を影響ループの世界に持ち込むこともできるでしょう。

影響ループは抽象的なシステムですので、このように経済システム、化学進化システム、生物や生態系のシステム、知能システムなどに、応用することができ、学際的な研究に活用することができます。

この記事で取り上げた通貨の他にも、各分野のシステムで現れる概念や知見が、別の分野のシステムでも同様の事が言える、というケースはもっとあるはずです。このように分野横断的に物事を捉えることで、生命や知性という現象について、新しい洞察を得ることができると考えています。

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