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夜の道の上

僕は荒涼とした街の上を走っている。憂鬱な街灯の明かりが点綴している。広い幹線道路の上を走る車は僕の車以外に見当たらない。暗い夜道が大地を覆っている。天文台が遥か遠くにその陰を落としている。星の光芒が夜空に広がっている。

次第に街灯は減っていく。道路脇の樹木も次第に息を潜めていく。大地に夜の息遣いが聞こえる。こんな荒漠とした大地の上で僕はただ果てしない道路の上を走っている。

人生とは何だろう? 僕は一体どこへいくのだろう?
僕の胸の中に郷愁が浮かんでくる。当てのない道を進んでいるとそんな気持ちに駆られてくる。

僕は何の目的物もなく、ただこの異国の道路を走っている。道路には看板もなく、信号機もなく、道標も途絶えてしまった。旧式のナビゲーションなんて当てにならない。エンジン音だけがこの車内に響いている。僕はこの道路がどんな街に続いているのかも知らない。僕はこの場所で生まれたわけではないのだから。

僕は故郷の町を思い出す。僕はずっと嫌だった故郷を思い出す。少年の僕はその町が生きづらくて、この町で自分を押し殺して生き続けるなんて嫌だと、都会に逃げ出した。今度はその都会を出てこんな異国の場所に来た。そしてこんな片田舎の荒漠とした道路を走っている。

僕は何を求めて走っているのだろう? 僕は一体どこへ行きたいのだろう?
僕は他人を裏切ってきたのだろうか。僕はこれまで約束を守ってきたのだろうか。僕は僕の人生を一体どうしたいのだろうか。


ライトが道の前方を照らしている。今の僕に背負うものは何も無い。ただ広い道を走るこの車と僕しかいないのだから。次第にこの素晴らしい夜空の星も陰を潜めて、大地に朝が訪れるだろう。

だけど、僕の人生はまだ出発していない。僕は人生の準備をしている。僕の同級生は皆既に人生に出発してしまった。僕だけがまだ人生が未だ到来していないところの夢の中にいる。人生を考えることは、ひどい頭痛に襲われることに似ている。

僕は少年のまま、旅の支度をしている。少年の僕は旅行カバンの中に、必要なもの、ありとあらゆる自分の好きなものを詰め込んでいる。そして遠い未知の場所を心に思い描いて憧れている。旅は人生に似ている。旅は出発し目的が果たされてしまった時分よりも、支度をして心に思い描いている時分の方がよっぽど幸福で楽しいものであるのだから。

僕は異国の地にいながら、そうして未だ人生に出発していない。僕はずっとこの時間が続くものだと思っている。そんな僕の思いを裏切る時が来るだろうことは夢にも思っていない。だって僕はまさに今夢の中にいるのだから。

僕は古い音楽をかける。広漠とした道路の上に音楽が鳴り渡る。僕はその音楽を口ずさんでいる。僕はそれを口ずさみながら、ひどく郷愁に駆られている。車のテールライトが憂鬱っぽく尾に流れていく。

僕はかつての恋人を思い出している。ひどい別れ方をしたことを思い出している。僕の人生はいつだって不器用だっただろうか。僕はただ寂しかっただけなのだろうか。だけど、もう一度会いたいとも思わない。

煩瑣なネオンのない夜の道路は至って静かだ。ネオンのない暗闇の大地で、植物たちは静かに眠っている。動物たちは危険な狩りに出かけている。満月が広大な夜空の中心にかかっている。星の運河が夜空の上を大きく流れている。

世界は終わりつつあるのだろうか。僕は世界の終わりを予感している。次第に世界からネオンが消えて、道路が途絶えていって、人がいなくなって、この星にも終わりが来るんだ。僕はそんな世界の終わりを待っている。

僕は道路を走りながら、ずっと音楽を口ずさんでいる。夜道はどこまでも続いている。果てしない地平線は夜の彼方まで続いている。僕は自分の人生を心のどこかで予感しつつ、だけどそれがずっと来ないものと思っている。僕は少年のまま、終わりつつある世界の上を走っている。僕はこの夜がずっと続くものと思っている。

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