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「DMOのプレイス・ブランディング」~観光デスティネーションのつくり方

先日、県庁の観光局長から「読んでみたら」と渡された一冊が、「DMOのプレイス・ブランディング」。
「世界の観光地は、ここまで進んだ取組をしているんだ!」という衝撃を受けました。
なお、以前、三重県観光局の次長ポストにみえた岩田賢氏が共著者のお一人です。

ちなみに「地域でのブランディング事業」と聞くと、つい、
「コンサルさんに高いお金を払って、カッコいいキャッチフレーズやロゴを作るものの、数年後には誰も使わなくなってしまう事業」
のことを思い浮かべてしまうんですよね(笑)

でも、ブランディングって大事なんだ、と最近感じる機会が増えてます。
先日、「これからのSNSとブランディング」というオンライン対談イベントを受講したのですが、インサイトフォース社の山口義宏氏が

「コロナ禍で対面営業が難しくなっている今、ブランディングにより一定の関係性が構築されていたかどうか、によって、営業の成否が大きく変わってくる。」

といった趣旨の発言をされていましたが、観光でも同じだなと感じました。

観光地として選ばれるかどうか、には様々な要素がありますが、コロナ禍でプロモーションに制限がかかる中、観光地として今まで培ってきたイメージが大きな影響を与えることは間違いないと思うわけです。

とはいえ、観光地としてのブランドを構築してくのは、一朝一夕でなしえるものではありません。
先日noteで紹介した「観光ブランドの教科書」にもその手順が記されていましたが、実際にはかなりハードルが高い取組ですし、ブランディングについての正しい知識と理解がなければ始まりません。

「観光」よりも広い「プレイス」という概念でのブランディングについて書かれているこの本は、少し難易度高めではあります。
ただ、DMOに携わっている方が読むべき本であることは間違いないので、内容をシェアさせてもらいます。

プレイス・ブランディングとは

この本は、「プレイス・ブランディング研究会」において議論された内容をまとめられたということで、多様な専門家による共著となっています。

第1章は、そもそも「ブランドとは」についての説明。
かなりポイントを絞って書かれているので、ブランディング関係の本を読まれたことがない方については、まず、冒頭に紹介した「観光ブランドの教科書」や、ブランディングについてのベーシックな本から読まれることをオススメします。
(本一冊かけて説明するような内容が11ページに凝縮されてます 笑)

第2章からが、プレイス・ブランディングについての説明ですが、そもそも「プレイス・ブランディング」という言葉は、あまり馴染みがありません。

もともと、「現代マーケティングの父」と呼ばれているフィリップ・コトラー氏が、国・地域・都市をプレイスと称して、マーケティング理論をプレイスに適用したものらしいです。

国連世界観光機構(UNWTO)にて次のように定義されているのですが、ちょっと概念的で分かりにくいですね。。。

国・地域・都市の政治・文化・経済的発展のための全体論的なブランディングのプロセスであり、観光の重要性を含む。

一番のポイントは、デスティネーション・ブランディングは観光客が中心ですが、プレイス・ブランディングには「そこで学ぶ人や働く人」も含まれている、ということのようです。
そして、次の3Pが重要とのこと。

Place:プレイスに存在する文化、歴史、遺産など
Product:プレイス出自のプロダクトやサービス
People:プレイスに暮らす人々

このうち、プレイスに暮らす人々であるピープルは、1と2を外部に伝えていくうえで非常に重要な役割を果たすことから、地域住民の地域に対する誇りを高め、クオリティ・オブ・ライフを高めることが大切だ、と書かれています。

これを読んだ時、じゃらんリサーチセンター研究員の森戸香奈子さんが、「とーりまかし研究年鑑2020」の「観光の新たなプロフィット・チェーンの提案」にて書かれていたことを思いだしました。

そもそも観光のマーケティングの難易度は、他の業界と比べて高い

なぜなら、観光の特異性として、
A:広範囲性(ステークホルダーの多さ、多様性)
B:嗜好性(乗り換えハードルが低く、リピートされづらい)
C:財としての性質(消費者ニーズを出発点にしづらい)
D:サービス・エンカウンター(品質を一部コントロールできない)
があるからだ。

地域に求められるのは「正しいプロダクトアウト」であり、マーケットインの先にいくべき。
観光は、実はマーケティングの最先端を走るべき業界だ。
サービス・エンカウンターとは、サービスを提供する「場」のことで、お客様とのタッチポイント(接点)のこと。
観光というサービスには、このタッチポイントに一般人である地域住民が含まれることが、最大の特徴

地域住民にはサービス提供者という意識はないが、観光客からすれば地域の方との触れ合いが旅行体験の中でも重要な要素を占める

しかし、地域住民を訓練することはできない。
その対策として、観光事業者だけでなく、地域住民の満足度を高めていくことが必要ではないか。

「プレイス・ブランディング」と同様、地域住民の満足度という、観光とは一見関わりが薄いように思えることの重要性が書かれていました。

また、以前に書いたことの再掲となりますが、DMOの第一人者である大社充先生は、

観光振興による地域へのインパクトは、プラス効果とマイナス効果がある。
観光振興によって地域の人びとが幸せになるよう、観光による地域への正のインパクトを拡大し、負のインパクトを縮小することが、デスティネーションマネジメント(観光地経営)の目的
そのためには、従来の観光以外の産業や住民参加による観光まちづくりが必要である。

と言われています。

さらに、ちょっと違った観点ですが、地域におけるSNSマーケティングにおいては、UGCが一番発生するのって地元民の投稿だったりするので、遠回りにみえて、実は観光にとって一番近道なのが、地域住民を大事にすることなんだと感じました。

プレイス・ブランディングを実践するための手法

第3章では、プレイス・ブランディングを実践していくうえでの具体的な手法について、2009年にUNWTOが発行した「Habd-book on Tourism Destination Branding」というブランド戦略のハンドブックにもとづき書かれています。

手法1:目的を明確化する
手法2:ブランドを適切に管理する
手法3:ブランド・ツールキットを作成する
手法4:マーケティングを統合する
手法5:ブランドに適合した行動をとる
手法6:ブランド中心の組織をつくる
手法7:スタッフを教育する
手法8:地域住民の当事者意識を高める
手法9:KPI(重要業績評価指標)を設定する
手法10:ブランドを評価する

上記のとおり10個の手法が紹介されているのですが、若干学術的な内容になっているのと、先進的な外国のDMOでの取組事例がベースになっているため、なかなか腹落ちしにくかったのは否めません。(自分の頭が追いついてないことは棚にあげておきます。。。)

理解するためにも、頑張って自分なりに要約してみました。

手法1:目的を明確化する

1つのプレイスの中に存在する、利害関係が一致しない多種多様な利害関係者に対して、ブランディングの目的を示し、納得してもらったうえで協力を仰ぐ必要がある。
このステップを抜きにして強力なブランド構築はありえないことを肝に銘じていただきたい。

地域でのブランディングを進めるときのキモ、ということですね。
これは、地域の偉い人が集まった会議で了承してもらう、という形式的なことではなく、本当に「納得してもらったうえで協力を仰ぐ」ことができなければ、何の意味もないってことだと思います。

続いて、ブランドのポジショニングについて簡単に説明があります。

ブランドのポジショニングとは、競合の製品・サービスに対して優位に立つことを目的として、自社製品・サービスのポジションを構築する活動。
プレイスの場合には、何が強みで、どこが優れているのかをアピールすることが求められる

そして、ブランディングの進め方として、
(1)ブランド監査
(2)ブランド分析
(3)ブランド構築
(4)ブランド育成
の4つのステップについて解説されています。

(1)ブランド監査
プレイスに関わるすべての資産価値を今一度詳細に見直す作業。
他の競合プレイスと比較して、どの資産にどの程度の魅力があり、独自性があるのかを冷静に見極め、優先順位をつけていく
(2)ブランド分析
ブランド監査で洗い出した資産に関して、その強みと弱み、競合状況、顧客の認知状況の3つの観点から分析を行う
強みと弱みを把握するには、SWOT分析が向いている。
競合分析には、ポジショニング・マップが有効。
顧客の認知状況分析には、単純な定量調査ではなくインタビュー調査が望ましい。
(3)ブランド構築
ブランド分析から得られたプレイスの機能的な強みや情緒的な強みを、地域内のあらゆる利害関係者間で共有できなければ、それぞれ自分の利潤のみを個別に訴求するようになり、プレイスとしての特徴は失われてしまう。
それを防止するためにも、地域内のすべての利害関係者の協力のもとでブランドを構築していくことが求められる。

そのための指針となるツールがブランド構築モデルで、「ブランド・ピラミッド・モデル」と「ブランド・ホイール・モデル」がある。
このようなモデルが示されることで、地域の利害関係者間で目標が共有されることにつながり、顧客に対して統一感のあるブランド・イメージを発信することが実現できる
(4)ブランド育成
ブランド構築モデルに基づいて製作された観光パンフレットや広告、動画について、一貫性を持たせて露出していくためには、地域の利害関係者が積極的にこれらを活用し、一丸となって顧客に向けて発信していくことが求められる

地域の利害関係者にも積極的に活動してもらうには、普段から良好な関係を構築しておくことが必要であり、そのためにも、ブランド構築プロセスの初期段階から巻き込んでおくことが重要。

ここに書かれていることは、ブランディング構築の基本・王道なんだと思います。
とはいえ、実際にやるには専門家も必要ですし、お金も相当かかりそうですし、なによりリーダーシップが求められますね。

プレイスが広域になればなるほど、利害関係者も多種多様となりハードルが高くなりますが、逆に言えば、限られたエリアで既に顔が見える関係が構築されており、リーダーシップを発揮できる方がいれば、意外と実践できるのかもしれません。

手法2:ブランドを適切に管理する

「ブランドを管理する」、という言葉のイメージが分かりにくいのですが、目指すべき方向性をブランドの「中核概念」としてまとめ、ブランドらしさを表現する要素(ブランドエレメント:シンボル、デザイン、スローガン等)を規定して、関係者の間で共有すること、とのことです。

ブランドの中核概念とは、ブランドの考え方と表現のよりどころとなるもので、「ブランド定義モデル」というツールを使って方向性をストーリーとして整理していくことが紹介されています。

まずは中核概念の策定に向けた情報収集として、「ブランド・オーナーの意思」、「顧客インサイト」、「競合との差別化」について調査・分析をしたうえで、その結果をブランド定義モデルを使って整理していくとのこと。

そして、その分析結果をもとに、ブランドの基盤となる
ブランドの目的(地域がこの世界の人々にとって存在する意義)
ブランドの立ち位置(どのような観光資源やサービスで競争力を示すか)
人々の深層心理(ターゲット顧客の深層心理)
という3つの考え方を整理します。

それぞれの基盤をアクションに結び付けるため、
価値観(ブランドの目的を実現するため、ブランドオーナーがどんな価値観をもって取り組むか)
ブランドの個性(競合との差別化を考えながら、どのような個性を持つべきか)
提供価値(顧客がどのようなベネフィットを求めているのか)
を定義していきます。

そして、「どのような期待に応え、魅力を提供し続けるか、ブランドが本質的に約束することとは?」を「ブランド・プロミス」としてまとめ、ブランド・プロミスを届けるためにどのような体験をつくっていくべきか、を「ブランド体験づくりの指針」として定義してくとのこと。

それから、顧客がブランドに触れる機会(体験:タッチポイント)において、ブランドとしての一貫性を保つことが重要であるため、ブランドエレメント(視覚面と言語面からブランドらしさを表現する要素)を規定しておくことについて書かれています。

「手法2」については、手法1で紹介されていた「ブランディングの進め方」を、違う手法で説明されているようなイメージです。
おそらく企業のブランディングとしては汎用性が高いツールなんだと思いますが、プレイスにそのまま適用するにはちょっとハードルが高いようにも感じました。

手法3:ブランド・ツールキットを作成する

ブランド・ツールキットとは、ブランドのガイドラインのことで、UNWTOでは次のように定義されています。

DMOでは、マーケティング・コミュニケーションを実行するうえで、ブランディングをどのように実践するのかについて理解を深める必要がある。
その実務で具体的に何を行うべきかの指針となるのが、ブランド・ツールキットである。

ここで興味深いのは、マーケティングやブランドに精通していない素人が関与する場合のリスクについて、次の3つを指摘していることです。

1.プロが作成したデザインや表現などに対して、自分があたかもプロになったかのように自分の好みを一方的に主張する。

2.デザイン性の高いフォントが使われていたり、現代アートの要素が含まれていたりすると、強い拒否反応を感情的に占めることがある。

3.敵対心を抱く委員がいると、むやみに反対意見を述べる。

ちょっと話がそれますが、観光の仕事にデザインはつきもの。
往々にして、プロが作成したチラシやパンフレット等のデザインについて、それを判断する側は、マーケティング・ブランディング・デザインについて専門的に学んだことのない素人です。
にも関わらず、「自分があたかもプロになったかのように」意見を述べる方が多いんですよね。

もちろん、誰しもデザインについて好き嫌いがありますし、それも一人の消費者の意見ではありますが、少なくともデザインに関しては素人であるという認識をもったうえで議論をしたいものです。

ブランド・ツールキットを作成するうえでも、そういったリスクを排除するため、マーケティングとブランドの理論を熟知しているプロのブランドコンサルティング会社と協働することが望ましい、と書かれています。

そして、ブランド・ツールキットを社内・社外教育やマーケティングに活用することで、ブランドの一貫性を保ちつつ、更新していくて必要があるとのことです。

なおUNWTOによると、2008年時点で世界各地のDMOの「79%」がブランド・ツールキットを作成しているとのことで、正直ビックリでした。

実のところ、ここまで読んできても
「とはいえ、こんなの机上の空論で、地域で本当に実践するには無理があるでしょ。」
と思ってたんですよね。
世界標準の取組と比べると、全然遅れているんだということを実感したところです。

手法4:マーケティングを統合する

これまた、言葉が難しいですね。
そもそも「マーケティング」という言葉自体、あまりにも多くの方が定義を曖昧にしたまま使っている印象があります。

「刀」の森岡毅氏は、「USJを劇的に変えた、たった1つの考え方」にて、ズバリ一言で表現されています。

売るのではなく、売れるようにすること。
放っておいても売れるということは、自社商品が顧客に「選ばれる必然(選ばれて当たり前の理由)」を作れているということ。

「マンガでわかるWebマーケティング」で紹介されている、著者の村上佳代氏の定義は、具体的で分かりやすいですね。

マーケティングとは、売上が上がるための戦略、考え方、それを実現するための仕組み・施策・運用手段のすべて。

デスティネーション・マーケティングにおいては、黒澤友貴氏の次のツイートが腹落ちしやすいかな、と思います。

そして、デスティネーションの魅力を伝えるための、あらゆる「マーケティング・コミュニケーション(広告、広報、デジタル、イベント、制作物その他すべて)」の活動をシンクロさせて相乗効果を生み出す有効な手法が、「統合型マーケティング・コミュニケーション」とのことです。

少しググってみたところ、Web担の定義が分かりやすかったです。

顧客(メッセージの受け手)の視点に立ち、受け取るメディアが違っても統一されたメッセージが発信されていることで企業や商品のインパクトを高め、効果を最大化することを狙いとしている。

本書では、具体的な実践手法として、ディズニーでの取組とともに、UNWTOのガイドラインが紹介されています。

そして、統合型マーケティング・コミュニケーションの戦略を立てる際には「マーケティング・プログラム・ブリーフィング・フォーム」を利用すること、そこに盛り込む内容として、UNWTOが推奨している項目を参考にすることが書かれています。

また、「ブランド構成要素に関する留意点」の「キャラクター」の項目では、独自のキャラクターではデスティネーションのストーリーを表現できず、顧客に理解してもらうことが難しいということで、日本の自治体におけるキャラクター活用について再考を促している点が興味深いですね。

そして、「グローバル市場での展開における注意点」では、「手法4」の著者である山本さとみ氏自身の、アラスカ観光協会での事例が紹介されています。
アラスカ観光協会のスローガンをそのまま日本語に訳しても説得力に欠けていたため、ブランド・パーソナリティ(ブランドの個性)を変えず、意訳ベースで日本語の新しいスローガンを製作したとのことで、このあたりは実例として分かりやすく、参考になりました。

手法5:ブランドに適合した行動をとる

個人的には、ここに書かれていたことが一番刺さりましたので、引用多めに紹介していきます。
冒頭でも紹介したとおり、「プレイス・ブランディング」には「そこで学ぶ人や働く人も含まれる」ことが特徴です。

訪問者とデスティネーションのタッチポイント(接点)は、マーケティング・コミュニケーションの活動を通して、デスティネーションを認識し、訪問先として選択することに始まり、実際にデスティネーションに到着してからは、空港の入国管理官をはじめとする職員、ホテルにチェックインする際のフロントスタッフ観光案内所の受付担当タクシーの運転手など、帰国するまでに様々な場面に存在する。

訪問者は、この一連の流れのすべてのタッチポイントでブランドを感知するため、タッチポイントの対応は訪問者のデスティネーションに対する肯定的なイメージや事後の満足度を大きく左右することになる。

そして、この対応に求められるものが「ブランド・ビヘイビア」であり、DMOスタッフはもとより、地域の観光関連事業者、地域住民等の行動、挙動、言動、態度、思考がブランドに即していくことが求められる、とのことです。

めちゃくちゃハードル高いことがサラッと書かれており、しかもUNWTOによれば、タッチポイントに対する教育はDMOによって実行されるべき、とのこと。

UNWTOは、重要なタッチポイントとしてサービス・ホスピタリティ企業だけでなく、「地域住民」も選定している。
つまり、DMOには、地域住民に対しても来訪者を歓迎する機運を高めることが求められており、それにより来訪者の満足度を高めて、リピーターとして再訪してくれることにつなげることが可能となるのである。

マジですか・・・
具体的にどんなことをやるか、についても書かれています。

プレイス・ブランディングのコンサルタントであるビル・ベイカー氏は、(中略)DMOが、ステークホルダーや地域住民のビヘイビアを変容させるために、以下に示す事柄について説明することを奨励している。

①ブランドのベネフィット(メリット、価値)と理論的根拠の説明
②ステークホルダーや地域住民の個人または企業・団体の役割と責任
③ブランドに対してどのような協力が必要で、またブランドのどのような利用方法があるか
④ブランドに沿った行動を始められる方法
⑤ブランドに協力することがどれほど素晴らしい経験になるか
UNWTOでは、DMOのビヘイビアに関して以下を指摘している。

・「タッチポイント」において、ブランド・プロミスを果たせないリスクがある場所やサービスを予測し、必要に応じて介入するために、常に民間の観光産業事業者との関係を構築する必要がある。
こうしたことで、少なくともブランドに損害を与える可能性を最小限に抑えることができ、デスティネーションのブランド価値を強化することができる。

・重要な「タッチポイント」を提供するのは、観光関連事業者だけでなく、道路・公共交通・標識・衛生・安全などを担当する省庁や地方自治体の各部局なども含まれる。
DMOではこうした関連組織の政策立案者や決定者との関係を構築し、観光のニーズや観光産業の声を届け、彼らに観光へ関心を向けさせ、観光評価やデスティネーション・ブランドに与える影響を十分に考慮した上で、制作を決定するように促すことが必要である。
ベイカー氏は、DMOの具体的なビヘイビアとして以下の活動が不可欠であると述べている。
・ホテル、アトラクション、インフラへの投資および投資誘致
・イベント、フェスティバル、スポーツトーナメント、展示会の誘致
・道路、遊歩道、公園の改善
・観光素材のパッケージ商品化
・サービスクオリティ向上プログラムの開発
・街並み、パブリックアートやスペースのプレイス・メイキング
・テーマ別解説者の育成(パークレンジャー、土地の文化を語れる人など)

マジですか・・・
でも、世界標準のDMOはやってるんですよね。

シンガポールにおける国をあげてのブランディングの考え方や取組には、上記のことが全て含まれてます。
また、ハワイのDMOでは、観光客自身がハワイの文化やコミュニティ、自然環境に対する理解と、ハワイのサステイナビリティに対する責任を持ち、自律的な行動を取るよう促す「リスポンシブルツーリズム」とともに、地元住民などへの配慮も念頭に置いた「ステークホルダー・マーケティング」に取り組んでいるとのこと。

実際にできるかどうかはさておき、大事なことは、世界標準の考え方や取組を勉強して、本来あるべきDMOの姿を理解したうえで、何をやるべきかを考えることだと感じました。

手法6:ブランド中心の組織をつくる

ここまでで書かれていたことを実行するための理想的なDMOの組織像が書かれています。
ポイントは次の6つ。

①トップによるリーダーシップ
②ブランド・マネジャーの任命
③ブランド運営グループの設置
④ブランド・チャンピオンの指名
⑤ブランド・アドボケートの選定
⑥インターナル/エクスターナル/インタラクティブ・マーケティングの実施

②のブランド・マネジャーについては、ブランドに関して独立した全権限が与えられる、となっており、その理由として次のように書かれています。

DMOでは、トップに立つCEO(首長)や政治家のパーソナリティにより方針が変更されたり、またトップの交代により方針転換を余儀なくされるケースが往々にして見られる。
そのような状況に対処するため、ブランドが長期にわたり安定的に維持されることを目的として、ブランド・マネジャーにはブランドに関して最高の権限が付与されている。

トップの交代で方針転換されることは、本当にあるあるだと思いますし、以前、noteにそういったことを書いたところです。

やはり、DMO組織内に専門人材をおくことが重要なのだと改めて感じました。

④の「ブランド・チャンピオン」は、DMOスタッフの中から、「ブランドに責任を持ち、喜んで旗振り役を務める個人」を指名する、とのこと。
その役割は、「情熱をもってステークホルダーの心を掴み、彼らに向けてブランドの価値とその目的を伝え、説得すること」です。

⑤の「ブランド・アドボケート」は、「ブランドの重要性について熟知し、熱意があり、ブランドの拡散について理解があり、ブランドの価値と目的を内外に提唱する外部の者」と定義されています。
例としては、著名人、セレブ、ブロガー、ユーチューバーが挙げられているので、いわゆる「観光大使」に近いイメージですね。

⑥の「インターナル・マーケティング」は「組織内スタッフに対して行うマーケティング」、「エクスターナル・マーケティング」は「ステークホルダーや地域住民に対するマーケティング」、「インタラクティブ・マーケティング」は「DMOスタッフと訪問者との間のマーケティング」を指しています。

手法7:スタッフを教育する

手法6の「インターナル・マーケティング」について書かれています。

スタッフ研修には「ブランド・ツールキット」を活用することや、ブランド運営グループを6~8名規模で運営し、そのうち2~3名DMOスタッフとすることが効果的であることが述べられた後、インターナル・マーケティングの重要性が次のとおりまとめられています。

競争力の高い強力なデスティネーション・ブランドの構築には、誇りと愛着を持ち合わせたスタッフが不可欠であり、それを育成するインターナル・マーケティングは、プレイス・ブランディングに欠かせないプロセスとして位置づけられる。

手法8:地域住民の当事者意識を高める

手法6の「エクスターナル・マーケティング」に関連し、「シビック・プライド」と言われる地域住民の誇りについて書かれています。

基本的に、地域住民の大半は、自身が住む地域に対して愛着や誇りを持っているものであり、訪問者に対してそれを伝えることに否定的ではない。
その点で、地域住民はブランドの積極的な支持者になる可能性を秘めているともいえる。

地域住民の巻き込みは難しい、と思い込んでいましたが、言われてみればその通りで、地域住民の大半はすでに愛着や誇りを持ってますよね。

そして、ニューヨーク州の事例として「See Your Cityプログラム」と「Tourism Readyプログラム」が紹介されており、こうした取組により地域住民からの協力者が増加しているとともに、観光問題に関する地域住民の理解も促進されている、とのことです。

また、ハワイのホノルルマラソンのように、地域住民も感動したり誇りに感じるイベントを定期的に仕掛けることも、シビック・プライドの醸成に有効と書かれています。

手法9:KPI(重要業績評価指標)を設定する

観光庁の日本版DMOにおいては、
「KPIとして、少なくとも旅行消費額延べ宿泊者数来訪者満足度リピーター率の4項目については必須とする。」
と規定されています。

一方、プレイス・ブランディングコンサルタントのビル氏は、プレイス・ブランディングにおけるKPIの一例として9つ挙げているのですが、上記4項目は含まれていません
ビル氏が挙げているKPIに共通しているのは、DMO自らが管理・測定できる項目だということです。

日本版DMOのKPIは確かに大事な指標ですが、DMO自らの取組だけでなく、観光関連事業者の方々が努力したことの最終結果であって、このKPIでDMOの取組を評価するには無理があると感じています。

また、観光学者のジョン・ドライブ氏は、KPIを検討する上では「SMART」が大事だと述べています。

Specific:具体的な数字で表すこと
Measurable:しっかりと効果測定ができること
Agreed with those who must attain them:関係者と事前に合意形成を図っておくこと
Realistic:奇をてらうような数字ではなく、現実的な数字を掲げること
Time constrained:目標達成期日を事前にはっきりと示すこと

先日、「デスティネーション・マネジメント研修」において、
「旅行消費額の目標数値が大きすぎて、どんな取組が目標数値に対してインパクトを与えたのかどうかが評価できない。目標数値をブレイクダウンしないままに達成できたかどうかだけを評価しても、何の意味もないのではないか。」
との意見をしたところ、大社先生にも同意をいただいたところです。

本来のKPIは、DMO自らの取組が評価できるものであり、かつ、「SMART」なものを設定すべきなんだと感じました。

手法10:ブランドを評価する

プレイス・ブランディングのPDCAを回していくため、取組内容を適切に評価することの重要性が述べられています。

ブランディングの目的が中長期的な競争優位性の獲得や収益化の実現に向けたブランド価値の向上であるとするならば、その成功は単発のブランド・キャンペーンだけで達成できるものではなく、政府観光局やDMOが推進する地道かつ継続的な活動が欠かせない

地域としてのブランドを議論をして構築し、それを適切に管理するためにKPIを設定し、定期的にチェックをすることで課題を明確にして改善していく、といったPDCAサイクルを回し続けることで、より強固なブランド構築が可能となるということですね。

また、「ブランド価値の算定」や「ブランド・マネジメント活動を評価する10の指標」が紹介されています。

プレイス・ブランディングの先進事例

第4章では、世界及び日本における先進事例が紹介されています。
個人的に気づきのあった個所を箇条書きでまとめてみました。

〇事例1:イギリス「グレート・キャンペーン」
・「連携しなければ予算面と人事評価面で損になる仕組み」が取り入れられている。
・人事評価面に関しては「360度評価」が導入されており、省庁や部署を超えて仕事で関わった複数人からの評価でパフォーマンスを判定される。
KPIをローカル(在外英国政府関係機関)でも独自に決められるため、本省から一方的に与えられたキャンペーンではないという意識が生まれた。

〇事例2:イギリス「文化と観光を結び付けた英国政府観光庁の取組」
・実際の取組については、国家遺産省でアームズ・レングスの原則に則り全般的な政策面での枠組みを整備するかたわら、各分野の直接的な管理運営については個々の独立組織が責任を負っていた。
※アームズ・レングスの原則:芸術と行政が一定の距離を保ち、援助を受けながらも表現の自由と独立性を維持する原則

〇事例3:ニュージーランド「100% PURE NEW ZEALAND」
・キャンペーン展開と同時に、実際に訪問する観光客の顧客体験の向上を図った。宿泊施設や着地型旅行商品などに品質の保証を与える認証制度、観光案内所のアイ・サイトの充実など。
・顧客の行き先選択に影響力のある旅行会社社員に視察してもらうには距離と時間の制約があったので、2008年にウェビナーを導入。

〇事例4:アメリカ・カリフォルニア州「多様なプレイヤーと目標を共有するブランド・ツールキットの活用」
・グローバルブランド戦略「ドリーム・ビッグ」における実際のブランド・ツールキット。
・超富裕層市場の拡大を図るための「ゴールデン・ステイト・オブ・ラグジュアリー」におけるブランド・ツールキットとペルソナの実例。
・国際観光展示場等のイベント時において、人々の五感に働きかけるセンサリー・マーケティングのブランド・ツールキット。

〇事例5:アメリカ・ハワイ州「観光客と住民の満足度を高めるDMOとDMCの連携」
DMOの財源となるホテル税の税率を増率することを、ホテルから提案
住民幸福度をKPIとして設定。「観光がもたらしている害よりも良いことの方が多いですか?」の「YES」を80%に上げることが目標。
・閑散期を底上げするイベントを民間・DMCとの連携で企画。

〇事例6:アメリカ・フロリダ州オレンジ郡「テーマパーク都市から進化するプレイス・ブランディング」
・観光客開発税の使途決定を住民投票に委ねている。
・デスティネーション・ブランディングの成功が、企業・住民誘致にも貢献した。

〇事例7:岐阜県「昔から続く営みをブランディングする『飛騨・美濃じまん海外戦略プロジェクト』」
「観光」、「食」、「モノづくり」を三位一体でプロモーション
・今までの取組をベースに、目指すべき姿=ブランド・プロポジションを策定。

〇事例8:京都市「『京都らしさ』を軸にしたデスティネーション・ブランディング」
・2007年に打ち出した新たな景観政策のコンセプトは、「50年後、100年後の京都の将来を見据えた歴史都市・京都の景観づくり」。
・各国の主要都市に海外情報拠点を設置し、京都にとってふさわしいジャーナリストを選別したうえで京都市側に取り次ぐ。

日本におけるプレイス・ブランディングの確立に向けて

第5章は、日本においてプレイス・ブランディングを確立するうえでのポイントを、これまでの章で紹介された様々な手法をまとめるかたちで14個示されています。

興味深いのは、ポイント7の「行政とDMOの関係」です。

欧米では、「アームズ・レングスの原則」が主流であり、行政とDMOとの役割分担・責任分担が明確にされている。
つまり、政策主体である行政は全般的な政策面での枠組みや資金は提供するが、直接的な管理運営については個々の独立組織たるDMOが責任を負い、行政は事業に対して口を出さないのが原則である。
ただし、DMOは行政と合意したマーケティング目標の達成に関する責任を有する

この原則は、「欧米だから」ではなく、やはりDMOに専門性があるからこそ行政は口を出さない、ということなんだと思います。

日本でこの原則が通じないのは、観光の仕事は専門性が高い、と思われてない、ということでもあります。
確かに、今までの観光行政や観光協会での取り組みは、イベントを実施したり、プロモーションを外部委託したり、という、いわば素人でもできるものでした。

めちゃくちゃハードル高いですが、本気で地域のブランディング・マーケティングに取り組み、ライザップじゃないですけど、「結果にコミットする」DMOになれば、行政も喜んでお金を出してくれるようになると思いますし、それが本来のDMOなんだと感じました。

そのためには、ポイント12の「内部人材育成の重要性」と、ポイント13の「スペシャリストの育成」がマストになってくると思います。

現実問題として、日本では専門スキルを有する人材は限られており、DMOの人件費の予算も限られている。
したがって、DMO内部のスタッフの教育の拡充が現実的であり、すでに採用した人材を内部で教育していく仕組み、ブランドの考え方を理解させていくプログラムの構築が求められる。
ブランディングやマーケティングを実践していくためには、ブランディング、マーケティング、広告・広報、顧客管理などの専門スキルを持つ人材を積極的に活用していくことが求められる

お金がないから専門人材を雇えない、という話がよく出ますが、それを言っていたらいつまで経っても現状は変わりません。
行政の財政状況は間違いなく悪化していく中、やるべきことは、DMOにいる我々自身が学び続けるしかない、ということです。

学ぶための予算は観光庁が用意してくれていますし、現に、自分は「世界水準のDMO形成促進事業」の補助金をいただいて、「デスティネーション・マネジメント研修」を受講しています。

『おわりに』において、岩田賢氏は次のように書かれています。

本書の3章においては、現実問題として日本の各DMOではまだ対応不可能と思われる手法についてもあえて記述している
実際、4章で取り上げた先進的な事例を見ても、すべての手法を用いているDMOは存在しない。
しかしながら、先進的な取り組みを実施している海外のDMOでは、本書で紹介した用語や考え方は少なくとも共通言語として認知されている。
国際的なデスティネーション競争に参戦するためにはグローバル・スタンダードへの適応が必要であり、こうした事柄も基礎知識として身につけておくことが求められるはずだ。
これからのインバウンド観光には国際競争力が必要である。
そのためには、国として、広域として、都市として、観光のみならず分野横断的に連携し、「プレイス・ブランディング」を進めていくことが必要不可欠である。
マーケティングによりにニーズやウォンツを把握し、プロモーション等を行い、観光客に「選ばれる」ことが短期的には重要だが、ブランディングにより観光客に「選ばれ続ける」という中長期的視座を忘れてはいけない

観光のマーケティング難易度は高い中、世界的にはプレイス・ブランディングの手法が確立されていることを学びつつ、少しずつでも実践を重ねていくことが必要なんだと痛感しました。

本書のタイトルは「DMOのプレイス・ブランディング」ですが、「"日本版DMO"は甘い!DMOが本当にやるべきことはこれだ!」みたいな刺激的な副題をつけてもらい、DMOに関わる多くの方に読んでもらいたいと思いました。

気づけば15,000字超という、長いnoteになってしまいました。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

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