(読書感想文)彼女は聖女か悪女か/柚木麻子 著『BUTTER』

・あらすじ
結婚詐欺の末、男性3人を殺害したとされる容疑者・梶井真奈子。世間を騒がせたのは、彼女の決して若くも美しくもない容姿と女性としての自信に満ち溢れた言動だった。週刊誌で働く30代の女性記者・里佳は、親友の怜子からのアドバイスでカジマナとの面会を取り付ける。だが、取材を重ねるうち、欲望と快楽に忠実な彼女の言動に、翻弄されるようになっていくー。読み進むほどに濃厚な、圧倒的長編小説。

・感想
  2007年から2009年にかけて実際に起こった「首都圏連続不審死事件」「木嶋佳苗による連続殺人事件」を基にしたフィクション。実際の事件を元にしているだけあって、作者の思いがとても伝わってきて、並々ならぬ取材量とエネルギーで描かれた本書は、読んでいるこちら側まですごくエネルギーを消費される。
  ちなみに木嶋佳苗は現在、三度目の獄中結婚をしているらしい。なんちゅーエネルギー…。個人的に木嶋佳苗に興味があり色々と調べたり読んだりしているが、本書の主人公・カジマナは、木嶋佳苗のことをかなり研究し尽くし作り上げられているように思う。
  週刊誌の記者である里佳が、カジマナの取材をするにつれてどんどんカジマナに取り込まれてゆく様を、客観的に見ているつもりの私も、いつの間にかカジマナワールドに引きずり込まれていってしまってた。危ないところだった…自分に自信のある人間の堂々とした発言って、信ぴょう性なんてなくても何故か信じてしまいがちなのである。
  それが世間的に正しいかどうか、人にどう思われるかなんてことは関係なく、ただただ自分の欲求に忠実であり、そのことになんの迷いも持たないカジマナはある意味とても純粋で正直な人であるように見えてくる。
  クソの役にも立たないようなしょうもない固定概念や、人の目や人からの評価に怯えて生きている私からすれば、カジマナの存在は脅威であるとともにとても羨ましくもある。本書の中に、"カジマナが女性から批判されるのは苦しんでいないから"というような言葉があり、自分の心の中の、人には絶対に見せたくない部分をつつかれたような気分である。女性が女性を批判する原理とは、ほぼこれであるように感じる。
  前半の里佳がカジマナに落ちてゆく描写とカジマナの語り部分はとても面白く引き込まれたが、だんだんとカジマナというよりは里佳や怜子にテーマが移っていく。また、タイトルにもなっているようにバターがとても重要なキーワードなのだが、最初はとても食欲をそそられたバター料理のくだりも、あまりの描写のしつこさに胃もたれしてしまった。
  殺害された(?)男性たちにとって、カジマナはバターのような存在であったのだろうか。

梶井は何よりもまず、自分を許している。己のスペックを無視して、自分が1人前の女であることにOKを出していたのだ。大切にされること、あがめられること、プレゼントや愛を与えられること、そして労働や集団行動など苦手なものから極力距離をとること。それらをごく当たり前のこととして要求し続け、その結果、自分にとっての居心地の良い環境を得て超然と振舞っていたのだ。そのことが、一億円近い金を男達から貢がせていたことよりも、里佳には驚嘆に値すべきことのように思われる。
「BUTTER」p30
たった一人にさえ受け入れられれば、誰もが認める美しい存在になどなれなくてもいい。本当のところは誰もそこまで美に関心などないし、そもそもそれがなんなのかさえ、よくわかっていないのだから。
「BUTTER」p182
どんな境遇であれ、少しでも快適にしようとする女の知恵、自分好みに環境をカスタマイズできる女の逞しさを、保守的な男ほど疎んじるものだ。でも、それこそが彼らが女になりよりも求める家事能力の核に他ならない。どうしてその矛盾に気づかないのだろう。家庭的な女でさえあれば、自分たちを凌駕するような能力を持たない、言いなりになりやすい、とどうして決めつけているのだろう。家事ほど、才能とエゴイズムとある種の狂気が必要な分野はないというのに。
「BUTTER」p356
でも、きっとーー。何キロ痩せても、たぶん合格点は出ないのだろう。と里佳は、とうに気付いてる。どんなに美しくなっても、仕事で地位を手に入れても、仮にこれから結婚をし子供を産み育てても、この社会は女性にそうたやすく、合格点を与えたりはしない。こうしている今も基準は上がり続け、評価はどんどん先鋭化する。この不毛なジャッジメントから自由になるためには、どんなに怖くても不安でも、誰かから笑われるのではないかと何度も後ろを振り返ってしまっても、自分で自分を認めるしかないのだ。
「BUTTER」p539.540

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