習慣を変えることを強いられる数日間(継続中)。

ここ数日(特に8月8日くらいまで)、習慣を変えることを強いられるような出来事が続いて驚いています。

愛着心はあれど、日々の大胆な断捨離で養えたのか、最近になり執着心があまりなくなったので、「流れに任せよう」とか「そういったタイミングなんだな」と解釈していますが、あまりにも多いので、その後どうなっていくのか、無くなった習慣の後にはどんなことが流れ込んでくるのかが少し楽しみです。

例えば…
・Netflixで英語のリスニングのために約3年程好んで観ていた海外ドラマが急に8月末で放映終了になってしまったり。
(リスニングの練習になって尚且つ面白い海外ドラマがあったら教えてください!)

・いつしか食べるようになってしまった朝ごはんを、また食べなくなったり。
(むしろ朝食を取らないほうが調子が良いです!)

・時間が空いた時やお金がない時にもう3〜4年行っていた登録制のバイト先と、レイキマスターの受講料が貯まったタイミングでご縁がぱったりとなくなったり。

・“ひとりっ子談義”が休刊になったり。

・パソコンの買い替えをWindowsからMacBookに変えてみたり。
(私の初代パソコンはiMacのライムでしたが、その後、図面を描く仕事をしていたので長いことWindows生活してました。)

・自分の周りの人間関係が変わってきたり。

と、挙げるとキリがなく、近い将来のことも
引越しや進学を考えており生活スタイルや環境の変化が大きいものばかりです。

特に、引越しに関しては“内面的変化”がかなり大きいです。思考の習慣の変化とでもいいましょうか。

2017年に持病がストレスで悪化してしまい、同年末と翌年の年始に3回程倒れて仕事が出来ない状態になったので、一度実家にお世話になることを決めました。

お世話になるといっても、世にいう“実家暮らし”とはかけ離れていて、もともと育児放棄やネグレクト的な両親なので、空調もない納戸を借りて寝泊まりしています。

もちろん、食事の用意があるわけでもなく、洗濯などもしてくれるわけでもなく、一人暮らしと同じですが、それに両親の細かいルールが加わった分だけ生活はしづらいのが現実ではありますが…。

例えば、お風呂場に私の物を置いてはいけない、ですとか。

それでも10代までの頃のように、物を投げられたり、勝手に私の物を捨てられたり、お金を盗まれたりしないので、かなりマシですし、住める場所があるだけ有難いと思うことにしています。

そして2018年の1月から静養に入り、飲み薬の他に月に注射を10本打つ(約3日に1本のペース)というノルマを課せられ、お医者さんからは「そろそろ切り時(手術時)なんじゃないの」と言われMRIの検査があったりとバタバタしていましかが、病状を変える努力をしようとチャレンジし、今ではなんとか普通に近い生活ができるまでに整ってきています。

病状改善とともに“家族関係の修復”もいつも以上に試みていましたが、昨年の夏に貧血と熱中症のダブルで倒れ、両親に
「病院に連れて行ってください。もしくは救急車を呼んでください。」
と、声を出す体力を振り絞ってお願いしました。こそで返ってきた言葉が
「大人なんだからしっかりしろ!」
でした。しかも大声で怒鳴られたんですよね。これには私も驚きましたが、思い返すと足首の靭帯にヒビが入って歩けない時も、急性肝炎で「即入院してください」とお医者さんに言われた時も、両親は何もしてくれなかったので、そんな人達にお願いした私が間違っていた、と思い直しました。

病気やケガの時に助けてくれないのは今に始まったことではないので、それは置いておいて。
それでもまだ“家族関係の修復”をしようと努力していたのですが。

ある時に両親が
「あの子は親のことを奴隷だと思っている」
と話してるのが聞こてきて、私の中でなにかがキレたんですよね。怒りでキレるとかそういったのではなく、“何か”です。
両親とは会話も接点もないので、どうしたらそのように感じたのかは全く分かりませんが。

「ぷつっ」と糸のようなものが私の中でキレたのです。そこでやっと気がつきました。

“家族関係の修復”なんて最初からなかったのだ、と。

“修復”というからには、良い時期があり、その後関係が拗れて、それを整えるということだと思いますが、もともと良い時期などない私と両親との間では修復はないんだ、と。
“家族関係を修復”したかったのは単に“私の理想の家庭像”を私と両親との間に求めていた、それに執着していただけなのだ、と、やっと気がつき理解しました。

それまでの私は、家族関係が上手くいっていなければ、私の人間性に問題があるのではないか、という観念が強くありましたが、そもそも両親の育児放棄もネグレクトも私の人間性の問題ではなく、両親の心の問題です。両親にそうなるなんらかの原因があったから、そうなったわけで、私の知るところではないのです。

ここまで気がつくのに何十年もかかりましたが…。気づけたならばその後の意識は変わります。“私の理想の家庭像”は自分が家族を持つ時に参考にすれば良いですし、“家族関係を修復”することに今後の膨大な労力やエネルギーも使わなくてすみます。

両親とは何度も縁を切ろうと考え、戸籍から除籍したら二度と関わらなくてすむのか、などいろいろと頭を悩ませてきましたが。
いろいろと気がついた今では、次に引越しをした時に、今後は両親とは関わる事がなくなるのだろう、という予感がしています。

習慣を変えることを強いられる数日間に起きたもっと大きな気づきと変化のひとつです。

こういう話しをたまにすると「苦労されたのですね」と声をかけてくださるかたもいらっしゃるのですが、私は“普通の生活”が分からないので、実は苦労とも思っていなかったりします。

このようないろいろな自分の内的、外的なベースのような部分の変化がたくさん起き続けているので、この後にまたどんな変化が起こりどんなことが流れ込んでくるのか、とても楽しみにしてます。

そして、ジュピターイヤーもラストスパート!
ここから先は良いイメージしかないです!!

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