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子供は、不便をさせた方が良い

今、子供たちを取り巻く環境は揃いに揃い過ぎています。
コンビニは24時間空いているし、お金さえあれば欲しいものが欲しい時に欲しい分だけ手軽に手に入ります。
学校から配布されたタブレットを開けば、今日の宿題だけじゃなく、知りたいと思うことは指先1本で何でも答えてくれます。
ましてや、頼んでもいないのに一人でに便座の蓋は開くし、用を足した後に水が流れたりするんですから、なんでも「思い通りになる」と勘違いしてしまうのも無理はないのかもしれません。

「最近の若者は、辛抱が足りない!気が利かない!」なんて言ったって、生まれた時からそんな環境じゃ仕方ありませんよ。彼らの責任じゃありません。

三度の食事、温かいお風呂、清潔なお布団を目の前にして、
「ありがたい!」なんて感情は、大人ですら、地震や台風土砂崩れなど自然災害に見舞われない限り、普段の暮らしの中では気づかない。


移住する前に週末百姓をしていた頃
(若かったな〜〜【笑】)

ボクが今から20年前に、まだ幼かった我が子を連れこの雪深い辺鄙な山間の村に移住した理由はね、

揃いに揃い過ぎた都会で「好き嫌い言わず残さず食べなさい」「モノを大切にしなさい」と我が子にきちんと伝えれる自信が無かったからです。

だから、不便な環境で家族全員で工夫しながら助け合いながら暮らす事で伝えよう!と決心したんです。

もし仮に、僕たち夫婦が子供に恵まれていなかったら移住なんてしなかったでしょうね。(笑)

ボクらを取り巻く環境は、“ない”が当たり前です。

村には、スーパーもコンビニもファミレスもありません。

あるのは、自動販売機1台だけです。

日々相手にしている自然は、もちろん思い通りにいか“ない”。

だから、“あるモノ”で工夫しながら助け合いながらやるしかない。

春になれば山菜が顔を出します。
地元のお年寄りに山菜の摘み方やアクの抜きかた調理の仕方を教わりました。

梅干しやお味噌、吊るし柿や沢庵などの保存食も。

敷地内に生えてる杉を切り倒し板に引いてから数年乾燥させたもので、今のどぶろく工房や犬小屋、鶏小屋をご近所さんの助けを得ながら建てました。
(素人の仕事だから、よーく見ると柱がそれぞれ違う方向に傾いていますけどね【笑】)

米や野菜は言うに及ばず、肉が食べたいのなら、罠を仕掛けて鹿や猪を捕獲し屠殺解体まできちんと命と向き合います。

そうすることで“自分の命と自然が繋がっている”と認識できる。

だから親がいちいち口酸っぱく言わずとも、
好き嫌い言わず、残さず食べるんです。道具を丁寧に扱えるようになるんです。

揃いに揃った時代だからこそ、子供には少しくらい不便を感じさせた方がいいと思いますよ。

与えるより困らせた方が賢い子に育つ気するんですがね〜〜。


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