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探偵に向いてない先生 第3話

「この間、僕が清水先生のことを聞いたときのことだけど……」
校内の廊下を歩きながら、奈良が話を向けると、リカは首を傾げて、なんのことだっけ、という顔をした。
「大嫌いって…そう言ってたよね」
「その話か……うん。言ったよ」
「なんか嫌いになるような出来事が、あったのかな」
リカは、うーんと唸り、そのまま立ち止まって黙ってしまった。
「あ、いや…話したくなかったら、全然話さなくていいんだ。…ごめん、変なこと聞いちゃったね」
奈良が慌てて謝ると、リカは笑いながら、
「優しいなぁ、先生は」と言った。
リカはまた歩き出した。奈良もリカに合わせて廊下を歩く。
「何かのきっかけで、優しいと思ってても、突然嫌いになることがあるんだよ」
リカはそう言うと、奈良の方を真っ直ぐに見てきた。
「でも……先生のことは嫌いにならないと思うけどね」

「何ニヤついてるのよ」
楓の言葉に奈良は我にかえった。楓を見るとこれ以上ないくらい片方の眉が上がっている。
「いや……別にニヤついては……」
奈良がしどろもどろに答えると、楓は理事長室の机を思い切り叩いた。
「奈良先生、あなたに頼んだ仕事は何だったかしら?」
口調が丁寧なのが逆に怖い。
「清水先生がなぜ突然いなくなったのか、調査をすること……」
「分かってるじゃない……特定の生徒と仲良くなりなさいなんて言ってないわよ」
楓には見透かされているなと思いつつも、奈良は、
「調査はちゃんとやってるよ」と言った。
「どうだか。清水先生が残したメッセージの意味も分かってないのに」
奈良は大きく息を吸い込んだ。楓に今の時点でどこまで話すか思案したが、奈良は結局こう言った。
「清水先生の謎を解く鍵は、書き直される前のメッセージにあると思っている」

「どういうこと?」
「もう少しだけ待ってくれないか。謎が解けたら、楓に真っ先に言う。それは約束する」
奈良の言葉に楓は頷いた。
よかった。やっと眉が下がった。奈良は心底ホッとしていた。

林くんが話したいことがあると言ってきたとき、私は嫌な予感がした。
「清水先生がいなくなったときのことなんだけど…」
辞めたんじゃなくて、いなくなったか。何か掴んだのだろうか。
「あの日バスケ部が朝練してたこと思い出して……」
やっぱりまずいことになってきた。あのとき、林くんに黒板のメッセージを聞いたのはうかつだった。意図的に誰かが消したとは思ってなかったから仕方ないが。
「それで香苗に、あ、朝日のことだけど…聞いてみたら…」
その次の言葉はだいたい分かる。
「…新任の奈良先生にも同じこと聞かれたって」
林くんは何か言いたげに私のことを見る。
「そう。ありがとう教えてくれて。バスケ部のメンバーには私からも聞いてみるよ」
私がにっこりと笑うと、林くんは安心したようだった。

「探偵がもう一人いるみたいなんだよねー」
リカがグラスを持って、奈良のテーブルにやってきた。
ブルーフォレストの店内は空いていて、奈良以外の客はカウンター席に一人座っているだけだった。
奈良が頼んだコーラをテーブルに置くと、リカはそのまま奈良の前に座った。
「ビールじゃなくていいの?」
「さすがにお酒は頼めないかな……それより探偵って?」
「林くんがバスケ部のメンバーに聞き回っているよ」
林は、守や舞にも清水が残したメッセージのことを聞いていた。
「斉田さんも聞かれたの?」
「うん。私は朝練の前には教室入ってないって言っても、しつこく聞いてきて…」
「林くんは、誰に頼まれて聞き回ってるんだろ?」
「それ聞いてみたんだけど、依頼人のことは言えませんだって」
「へぇ、本当に探偵みたいだね」
「そうなんだよ……私も何か飲もっかな」
リカは席を立つと、カウンターにいって何やら作り始めた。

奈良のテーブルに戻ってきたリカは、カクテルのような飲み物を手にしていた。
「まさかお酒じゃないよね」
奈良が驚いて聞くと、「ノンアルコールですよー」とリカは笑った。本当だろうか?
「メッセージの謎は解けたのかな?」
リカが唐突に質問してきた。奈良は少し考えこう言った。
「林くんと話してみたいな。そうすれば答えが少し見えてくると思う」
「了解。明日林くんに声かけてみる」
「ありがとう。助かるよ」
「私は助手ですから」
リカはそう言うと、奈良のグラスに自分のグラスを軽く当てる。グラスが触れ合う音が、店の中に小さく響いた。

「ええ、バスケ部には清水先生のこと聞きに行きましたよ」
リカは早速林と話してくれて、昼休みのグラウンドの隅で、奈良を含めて三人で会っていた。
「朝日さんと田原さんが、黒板のメッセージを見たそうです。奈良先生も知ってますよね? 二人とも前に先生に聞かれたって言ってました」
林は奈良が質問することを予想していたかのように、よどみなく答えた。
「他のバスケ部員にも聞いたの?」
「ええ。でも黒板のメッセージを見たのは、二人だけでしたね。リカも教室に行かなかったそうだし」
林はリカを疑い深そうな目で見て答える。リカは頬を膨らませて不服そうな顔をしていた。
「先生も他のバスケ部員に聞いたんですか? やっぱり見たのは二人だけでしたか?」
「二人だけだね……だけどもう一人、いや二人は他に見た人がいるはずだ」
林は驚いて、奈良の顔を見る。
「…誰なんですか?」
「一人は君の依頼人さ」
奈良の隣でリカが目を丸くしていた。

放課後の2年A組。
部活動を終えた生徒が引き上げていくのを、窓から眺めながら、私は彼を待っていた。
時間を指定され、2年A組の教室で待っていてくれと彼から言われたとき、私は覚悟を決めた。
すべてを彼に話そう。
私は教室の後ろの方の席に座った。

しばらくして足音が聞こえてきた。
教室の扉が開く。
「ごめん。待たせちゃったかな」
彼は笑顔を見せる。たぶん黒板に書かれたメッセージの意味も、もう分かっているんだろう。
「謎解きの時間かな。探偵の奈良先生」
私が聞くと、彼は真面目な顔に戻って、こう答えた。

「真相にやっと辿り着けそうだよ……楓」


◇第4話につづく◇

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