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探偵に向いてない先生 第2話

ブルーフォレストは、立花学園から二駅ほど離れたところにある小さな店だった。
「すみません、まだ開店前で…」
奈良が店の中に入ると、扉近くにいた40代と思われる大柄な男にそう声をかけられた。
「ごめんマスター、私の知り合いなの。ちょっと席借りるね」
店のカウンターの中からリカが顔を覗かせた。制服じゃないからか、学校にいるときと少し雰囲気が違う。
マスターと呼ばれた男は、無言で頷き、扉を開け外に出て行った。
「ありがと。来てくれて」
「…もしかして、ここで働いてるの?」
「うん」
「…校則違反でしょ」
「まぁまぁ。先生が黙っててくれれば、バレないから」
リカは軽やかに笑う。甘く見られているのか、信頼されているのか、奈良には分からなかった。
「で、本題なんだけど……香苗は清水先生のメッセージ見てたよ」
「そうなの?」
「うん。なんだか意味わかんない文章だなって、ぼんやり見てたけど、結局分からなくって、そのまま教室に鞄置いて、部室に向かったって」
「そっか……でもなんで、朝日さんはこの間見てないって言ったんだろう」
「綾女も見てたのに、言わなかったからだって」

綾女も見ていたとはどういうことだろう。
「えーと、なんで朝日さんは田原さんが見ていたことを知ってるんだろう」
リカはそれを聞くと不適な笑みを浮かべ、
「教えて欲しい? でもただじゃあ教えられないなぁ」と言った。
「…どういうこと?」
「交換条件だよー。話す代わりに先生が持っている情報を全部教えて」
「情報って…」
「知ってるんでしょ、清水先生が黒板に書いたメッセージ。まずはそこからかな」
店の中が少し暗いからかもしれないが、リカがだんだん悪い顔になってきたように、奈良には見えた。

結局奈良は、清水が残したメッセージのことをリカに伝えた。
リカからは、誰に聞いたのか、誰から頼まれて調べているかとしつこく聞かれたが、さすがにそれは黙っていた。
「本当に意味不明だね、この文章。香苗が言ってたとおりだ」
リカは奈良がスマホにメモをとっていたメッセージをじっと見ていた。
「なんの意味があるんだろう? 別にバスケ部の試合が近いわけでもないのにね」
「試合?」
「なんか応援してるみたいじゃない? あと『パスをつなごう』とかもバスケっぽいし」
「なるほど…確かに」
「清水先生バスケ部の顧問だったから、私たちへのメッセージなのかな…」
「え? 清水先生が顧問だったの?」
「そうだよ。あんまり練習に来なかったけど…。まぁ前の顧問がよく来てたから問題なかったけどね」
その後も夢中になって清水のメッセージを見ているリカに、奈良はひとつ咳払いをした。
「…交換条件、忘れてない?」
「交換? あっ、ごめんすっかり忘れてた」
リカは首をすくめながら、あっさりと言った。
「えーと、綾女が清水先生のメッセージを見ていたことを、香苗がなんで知っていたか、だよね」
リカは奈良のスマホ画面を指で差し示した。
「これ、この言葉」
「『大粒の涙』?」
「そう。朝練が終わって部室で着替えたときに綾女が『大粒の涙』なんかめったに流さないよねって呟いてた。私も聞いてたから確かだよ」

「見ました。この間は黙っててごめんなさい」
リカと話した翌日、奈良はバスケットボール部の練習前に綾女をつかまえた。
香苗が黒板のメッセージを見たことを話したと奈良が伝えると、綾女は素直に話し始めた。
「なんでこの前は黙ってたのかな?」
「なんか先生が探偵みたいに聞いてくるから…ちょっと構えてしまったっていうか…」
綾女は、申し訳なさそうに話す。
「なんて書かれていたか覚えている?」
「断片的にしか……『努力』とか『挫折』とか『大粒の涙』とか」
奈良は、スマホにメモしたメッセージを綾女に見せた。
「内容はこれで間違いない?」
綾女は奈良のスマホの画面をじっと見ていたが、
「そうですね……あれ、でも…ちょっと違う」

「違う? そう言ったの?」
楓が驚いた顔をしながら、奈良を見てくる。
「うん。文章を全部覚えてるわけじゃないけど、少し違うって……『仲間とパスをつなぐ』とか、最後には『明るい未来』って言葉が書いてあったって」
楓は「どういうことなんだろう」と首を振っていた。
「ケースとしては二つあると思うんだ」
「二つ?」
奈良は綾女から話を聞いたあと、考えて思いついたことを楓に話した。
「そう。一つは、あの写真が撮られる前に、誰かがメッセージを書き直したケース」
「…もう一つは?」
「写真を撮った人物が書き直したケース」
「…でも、田原さんが黒板を見たのが、朝早くだったから、そのあと書き直す人って、限られているんじゃ…、村上さんが来た時には消えていたんでしょ」
「そうなんだ。だから僕は写真を撮った人物が、メッセージも書き直したと思ってる」
それを聞くと楓は何やら考え込んでいたが、しばらくして自分のノートを取り出した。
「この前整理した内容で考えると……それって朝日さんしかいないんじゃ…」
「僕もそう思った。だから朝日さんにも改めて聞いてみたんだ。朝日さんも、メッセージを全部覚えてはなかったけど…でも田原さんが見た『明るい未来』という言葉が入っていたことは覚えていた」
「それなら他にも教室に入った人がいるか…それとも……」
楓は、自分のノートに書かれている「斉田リカ」の名前を見ていた。そう、前に楓が話していた、リカが教室に入った可能性も考えなくてはいけない、と奈良は思っていた。
リカは練習開始直前に、制服のまま体育館に入ってきたらしい。
部室で着替える暇もないくらい、学校に来たのが遅かったという話だが、先に教室にいってたから遅くなった可能性もある。

「みんなが教室や体育館に来た時間も聞いたんで、また整理してみようか」
奈良は楓のノートを見ながら、清水が学校に来なくなった日に、2年A組の生徒が来た順番を改めて確認する。

7:10 田原綾女(黒板にメッセージあり)

7:15 朝日香苗(黒板にメッセージあり)

(7:28 斉田リカ 体育館に直接行く)
(7:30 バスケ部練習開始)

7:50 村上舞(黒板には何も書かれていない)

7:55 山根守(黒板には何も書かれていない)

「朝日香苗が教室を出てから、村上舞が教室に入るまでの時間に、メッセージが書き直されて、写真を撮ったってことになるよね」
楓はノートをじっくりと見てから顔を上げ、奈良に話しかける。
奈良が無言で頷くと、楓はノートに書いてあるリカの名前を指で叩きながら、
「やっぱり怪しいんだよなぁ」と言った。
奈良はそれには答えず、楓に質問をする。
「斉田さんは、どんな生徒なのかな?」
「どんなって……私も担任とかじゃないから分からないけど、クラス委員としてみんなのまとめ役的な立場だって…」
「…清水先生から聞いていた、かな」
奈良は楓の言葉を引き継いで言った。今度は楓が無言で頷く。
「清水先生は何歳ぐらいの人だったの?」
「確か40代半ばぐらいだったと思う」
「結構上なんだね……清水先生と斉田さんは、どんな関係だったんだろう?」
「…どういう意味よ?」
楓が片方の眉を少し上げてきた。危険信号だな、と奈良は思った。
「ほら、この前斉田さんが、清水先生のこと大嫌いって話したって…」
「……それについて何か彼女に聞いたの?」
「いや…まだ」
楓の眉がさらに上がった。
奈良は、バツが悪そうな顔をしながら、こっちも色々と事情があるんだよな、と先日リカと話したことを心の中で思い出していた。


◇第3話につづく◇


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