給食ロマンス。
私が通っていた小学校の教室では、席がとなりあった6人組で構成される「班」があった。
給食の時間になると、席を動かして3人横並びにし、向かい合わせになって班ごとにまとまってお昼ご飯を食べた。
小学校というのは男子も女子もごちゃ混ぜになっているわけで、この「班」も男女が半々。ちょうどイメージはこんな感じ。
今日は小学校4年生のときの「給食時間の思い出」を書こうと思うのだけど、このエピソードに登場するのは私以外に2人。
1人は辻内(仮名)という男の子で、小学4年生にしては少し小太りの男の子。
辻内は性格がいい。
けど、背が小さくて、背の順で並んだときにはいつも先頭。「前ならえ」をするときには、先頭だから腰に手を当てる役回り。1年生から6年生までずっと先頭で、辻内は恥ずかしがることもせず、いつもビシッと腰に手を当てていた。
この給食の時間になると、
私と辻内は席がとなり同士になる。
辻内は少し小太りでお尻が大きかったから「辻内、ケツ触らせろよ〜」と他の男子にからかわれていた。辻内はいつもなぜか目をつむって「いいよ」とニコリ。俗に言うイジられキャラだ。
もう1人の登場人物は鹿山(仮名)という女の子。鹿山はクラスの中でも大人びた女子で、いわゆる1軍キャラ。
かといってそれを鼻にかけるタイプでもなく、男女分け隔てなく友だちがいた。とにかくいい奴で、給食の時間になると私の真向かいになるのが鹿山だった。笑うと口もとが、綺麗な半月のようになるのが印象的な女の子。
…
小学校4年のある季節のお昼、
いつものように給食の時間になった。
みんなが席を動かし、それぞれの班で向かい合わせになる。私は真ん中で辻内は左どなりにいる。鹿山は私の真向かいだ。ほかにも友だちがいたはずだが、だれがいたかは覚えていない。
大人になったいま思うのだが、これはもはや合コンである。男女半々で向かい合ってご飯を食べながら、何かの会話をするのだ。合コン以外の何ものでもない。
といっても小学4年生であるから、お互いにドキドキしたり「じゃあ、おれの血液型はなんでしょう?」みたいな会話をするわけでもない。
その先の恋愛みたいなものを想像するはずもないから、給食が終わったあとに「もう一軒いく?」と言うこともない。ただのクラスメイトだからね。
…
給食を食べ始めて少し経ったころ、10歳の私が牛乳をグビグビ飲んでいると、鹿山が聞いてきた。
「ねぇ、ダーキは好きな人いるの?」
唐突だったから牛乳を吐きそうになったけど、この「好きな人いるんですか」話は、小学校当時の子どもからするとなかなかにタブーな質問である。だって恥ずかしいから。
小学校4年生のときの私はたぶんなんだけど、他クラスに意中の子がいたような気がする。鹿山はこの辺のトークをしてくるタイプだ。「明日の天気は何?」と質問するのと変わらないトーンである。
「う〜ん、いないよ」
と私は答えて給食を食べ続ける。
となりにいる辻内はこの話には乗ってこない。彼はイジられキャラではあるんだけど、きちんとした人間性をもっていて、人が嫌がることはなんなのかを知っている。「と、言いつつ?」なんていうチャチャは入れない。いい奴なのだ。
「ふ〜ん」
とだけ鹿山は言って、給食を食べ進める。
「じゃあ、辻内は? 好きな人。いる?」
私の反応がつまらなかったのか、鹿山は辻内に同じ質問をした。辻内がだれに恋をしているのかは私も知らなかったから「鹿山もよく辻内に話をふるなぁ」と思いながら、黙って給食を食べる。
「お前だよ」
辻内は静かにそう言った。
私を含めた班のメンバーは一瞬、辻内が言ったセリフの意味が理解できず「え?」と黙った。質問した鹿山も、私の目の前でキョトンとした顔をしている。
「俺が好きなのはお前だよ」
辻内は同じことをもう1回言った。
だれもツッコみを入れなかった。
私はツッコまない代わりに、
持っていたパンをポトリと落とした。
映画で外国人が驚いたときにするリアクションをやってみた。落ちたパンにはだれもツッコまなかった。
みんなが唖然としている中で、辻内は、
「鹿山のことが好きなんだ」
とまた言った。イジられキャラの辻内がそう言った。お尻を触らせろ、と頼まれたら黙って目をつむって笑う辻内が、なぜか給食の時間に愛を告白している。
となりにいる辻内の顔を見ると、しっかりと鹿山のことを見つめて言っている。鹿山を含め、班のメンバー全員の手が止まっている。まるで時間が止まったかのようだった記憶がある。
「そ、そういうことは」
大人びた鹿山は、すこし恥ずかしそうな苦笑いを浮かべて言った。
「この場でいう話じゃないね」
鹿山がそう言ったのをきっかけに、
他のメンバーも
「そ、そうだ、そうだ! 辻内なにを言ってるんだ!」
と囃し立てる。となりの私も辻内の肩をさわって
「辻内、いったいどうしたんだ?」
なんて、とりあえず言ってみる。
みんなが給食を再び食べ始める。
「でも、俺は鹿山が好きだから」
辻内は態度を崩さない。あくまでも辻内は鹿山のことが好きなようだ。小学4年生である。あとにも先にも、誰かの愛の告白をこんなに間近で見たことがない。すごいな辻内。お尻を触られてるとき、目をつむる奴なのに。
こうなってくると鹿山がなんと答えるかだ。
いうても鹿山はクラスの1軍。告白相手は辻内だ。男子連中にお尻をさわられて目をつむり、体育館で整列するときには先頭でビシッと腰に手をあてる、俺たちの誇り高き辻内だ。
鹿山が口をひらく。
「でも、あたしは」
鹿山。辻内が真面目な顔をしてるもんだから、鹿山も真面目な顔をして言う。2人ともいい奴なんだ。
「私は辻内のこと、好きじゃないよ」
フラれた。わかっていたことなんだけど、聞いてるこっちがつらくなった。目の前で愛の告白をしたと思ったら次の瞬間にはフラれている、という人を見たのはあとにも先にもこのときだけだ。
辻内は「わかってるよ」とだけ言った。
となりにいた私は、
辻内の肩をポンと叩いてあげた。
辻内は「ダーキ、ありがとう、ありがとうね」と言って、給食をまた食べ始めた。
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