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THE GAZETTEを読む(30)2018年6月号 イノベーションは難しいものではない

 本記事は、ラスムセン・コンサルティングが発行しているメールマガジンTHE GAZETTEのバックナンバーを、日本語訳をしながら、コメントを加えながら読んでいくシリーズの一つである。レゴ®︎シリアスプレイ®︎(LSP)のファシリテーター・トレーニング修了者向けに書いている。
 この記事の引用元原文はこちらのPDFから読むことができる。

 今回の中心はDavid Robertson氏の新作、The Power of Little Ideas, A Low­Risk, High­Reward Approach to Innovationの内容を紹介するものになっている。残念ながらまだ日本語に翻訳はされていない。

 『レゴはなぜ世界で愛され続けているのか
(Brick by Brick: How LEGO Rewrote the Rules of Innovation and Conquered the Global Toy Industry)[The Gazetteの2013年7月号で紹介]』の著者であるDavid Robertsonは、イノベーションの専門家です。ウォートン大学、ハーバード大学、経営開発研究所で教鞭をとり、毎週ラジオ番組「Innovation Navigation」を主催しています。ロバートソンは、イノベーションに関するほとんどの書籍や授業が、業界を変革し破壊するような急進的なアイデアを開発する方法についてアドバイスを提供する、白紙アプローチ(cleansheet)であることを発見しました。
 このアプローチは、既存の市場で既存の製品の価値を最適化することを任務とする人々には、ほとんど意味を持ちません。LEGO, Apple, Disney, CarMax, Gatorade, USAA, Victoria's Secretといった名だたる企業は、ロバートソンがイノベーションへの第3の道(The third way)と呼ぶアプローチで市場シェアの獲得に成功しています。「第3の道」は、「小さく革新するか、大きく革新するか」という二者択一的な考え方にとらわれないものです。Robertsonは、新著『The Power of Little Ideas, A LowRisk, HighReward Approach to Innovation』の中で、この「第3の道」アプローチについて詳しく述べています。

THE GAZETTE 2018年6月号をDeepLで翻訳・筆者が修正

 冒頭で触れられているTHE GAZETTEの2013年7月号については以下をぜひ読んでいただきたい。

 前著『レゴはなぜ世界で愛され続けているのか』では、レゴ社の復活劇とイノベーションのみに絞って書かれていた。新著では、レゴ社だけでなく他企業にも通じるイノベーションの成功パターンとして「第3の道(The third way)」を提唱している。

イノベーションの定義を拡張する


 Robertsonは、一般的なイノベーションの定義、つまり「破壊的であるときのみイノベーションである」という定義に強く反対しています。この定義はあまりにも狭く、制限が多いため、ほとんどの企業にとって有益なものではありません。Robertsonは、より広範な定義を好んでいます。イノベーションとは、価値を生み出すソリューションとニーズとの新しいマッチングです。
 レゴ・グループの場合、まず新製品の数を3倍に増やすことで破壊的イノベーションを試みました。しかし、収益が悪化すると、建築シミュレーションやテーマパークなど、レゴブロックとは直接関係のない分野にも進出していきました。そして、経営破綻の危機に瀕したとき、「第3の道」のアプローチを始めました。箱入りのレゴブロックを核に、ストーリーに基づいた魅力的な遊びを提供することに集中し、あらゆる本、映画、ゲーム、イベントを、このおもちゃを中心に慎重に作り上げ、プラスチックの遊び道具の箱が魅力的なものになるようにしたのです。

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 この「第3の道」は、「ブルーオーシャン(誰も進出していない新市場に向けた製品開発)」「破壊的イノベーション(既存技術を置き換える可能性のある根本的に異なる技術の導入)」「リーン・スタートアップ(コストをかけず試作品を作って顧客の声を聞きブラッシュアップする)」「伝統的製品開発(あるアイデアをもとに製品化)」のいずれとも異なるものとして位置付けられている。
 「第3の道」のイノベーションは、引用部分にもあるように、全くゼロから新しいものを作ろうとしたり、今までとは全く異なる市場を狙ったりはしない。既存の製品やサービスの価値や可能性を見直して、その中で最も有力な製品・サービスであるコア・プロダクトの魅力を最大限高めるように補助的な製品・サービスを投入して大きな利益を得るアプローチをとる。コア製品を中心に関連サービスを含む一つの世界観を構築して顧客の満足を最大化するアプローチであるということもできる。
 なお、横のコラムでは本書のカバーの写真とともに、次のような解説も付け加えられている。

 この「第三の道」のアプローチを説明するために使われたケーススタディでは、リーダーたちは、製品を、定義された市場にサービスを提供するコア・プロダクトを補完する、相互に関連する属性のシステムとして捉える必要があります。

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第3の道を見定める4つの重要な決定

 Robertsonによれば、この第3の道でのイノベーションは4つのステップを踏んで進むとされる。

LEGOの急成長は(他の事例も引用していますが)、4つの重要な決定に基づいています。
1. 鍵となる製品は何か?(LEGOの場合、ブロックでした)
2. 我々のビジネス上の約束は何か?(LEGOの場合は、製品にまつわる遊びの体験をより豊かに、よりエキサイティングにすることを約束した)
3. 子供たちの遊びの体験を豊かにするために、私たちは鍵となる製品を中心にどのように革新していくのか?
4. どのようにイノベーションを顧客に届けるか?発売する製品やサービスをしっかりとコントロールするために、どのような買収、提携、社内人材が必要なのか?

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 4つのステップというのは非常にシンプルにまとめられているが、実際にそれを行うのはなかなか難しい。イノベーションの鍵となる製品も、その時に一番売れていたり支持されている製品とは限らないからだ(本書内では、それを見極めるためのいくつかのポイントが示されている)。
 また、コア・プロダクトが定まったとしても、それを通じて何を顧客に約束すべきかを明確にすることも簡単ではない。このプロセスはデザイン思考のエッセンスを積極的に取り入れており、事前に質問を練って(答えの誘導にならず本音が聞けるように)顧客に話を聞くことはもちろん、顧客が商品を知り、購入し、使い終わって廃棄するまでの一連のプロセスを徹底的に理解することを求めている。
 約束が明確になったのちには、それを実現するための方法を開発することになる。興味深いのは、ここで求められるのはコア・プロダクトの改良ではなく、それを盛り立てる関連サービス、活動の改良である。この文章の横のコラムにも次のようなコメントが紹介されている。

 「第3の道」では、製品(ブロック)の改良に時間やお金を費やすことはありません。その代わりに、製品の周辺を革新することで、顧客が製品を使ってしたいことをする機会を増やすのです。

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 LEGO社でいえば、LEGO Movieを制作したり、Ninja Goのようなアニメを展開したり、TVゲームを出したり、子供が作品を投稿できるアプリなどもそれに当たる。こうした体験が入り口となってレゴ製品が欲しくなったり、逆にそれらをきっかけにレゴで遊びたくなるように気持ちを向けていくというわけだ。
 注意すべきは(同時にこの「第3の道」理論の特徴でもあるが)、こうした周辺の革新は、多くの場合、コア・プロダクトを提供する会社が得意なことではない。だからこそ、第3の道の実現のために、総合プロデューサー的な立場(本書内では各種取り組みのまとめ役:Solution integratorと呼ばれる)が必要となる。第3の道に進む企業(Robertsonによれば、ほとんどの企業)は、社外の取引先の企業やこれまで会社の中心とは見なされなかった人材を活用する能力が企業に求められるようになるのである。

「第3の道」についてもっと知る


 私(Robert Rasmussen)は幸運にも、David Robertsonと何年も一緒に仕事をしており、彼にレゴ®︎シリアスプレイ®︎のファシリテーターとしてのトレーニングも施しました。
 このたび、私たちのコラボレーションにより、3日間の「第3の道」アプローチのマスタークラスが開催されることになりました。このクラスは、理論、ケース・スタディ、そしてレゴ®︎シリアスプレイ®︎の手法を用いた実践的な組み立てを組み合わせたもので、参加者の「地元」のイノベーション課題に対する4つの重要な意思決定に答える練習となります。

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 このトレーニング内容の詳細について私は知らないが、「第3の道」の理論から考えるとレゴ®︎シリアスプレイ®︎が最も活躍しそうなところは、コア・プロダクトが定まった後に(1)顧客の理解を深める段階(顧客の期待をモデル化する)、もしくは(2)製品・サービスが提供する体験と顧客の要求とのフィッティング度の検証段階(製品の本質と顧客の要求についての2つのモデルを作って関係性を検証する)、または(3)コア・プロダクトの魅力を最大化するための関連活動のアイデアを考える段階(コア・プロダクトを中心にその魅力を伝えている場面を想起してモデル化する)、あたりだろうか。

 「ブルーオーシャン戦略」や「破壊的イノベーション」に比べて、「第3の道」アプローチはそれほど注目はされていないが(前者があまりにもインパクトがあって名前が通り過ぎているともいえる)、新しいものを考えていく際の一つの指針としてはかなり有用だと感じる。「第3の道」そのもののワークショップとしなくとも、レゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドをうまく使えば、製品の本質に目を向け、顧客に何を提供しているのかを考える機会を提供できるだろう。

 追記:THE GAZETTEの2018年12月号にこのイノベーション・マスタークラスの様子を紹介した動画が掲載されていたのでこちらにリンクを貼っておく。Youtubeの自動翻訳で日本語でも大意は掴むことができるようになっている。


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