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YCPコンサルタント通信:感染症(コロナ)問題を数理的ネットワーク理論で考える

こんにちはYCPの岩田です。
志村けんさんの訃報に朝から心が悼み、世論もいよいよ緊急事態宣言目前となってきた様相です。
タイムリーな話題として、本日はPartner鮫島の週報をお届けします。

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鮫島Profile
九州大/東工大院卒 UBS証券出身

M&A戦略の立案、ビジネスDD及び財務アドバイザリー等の案件執行、買収後の統合(PMI)等のプロジェクトに従事。
UBS証券では投資銀行本部において約8年間、主にテクノロジー企業や不動産会社に対するM&Aや資金調達のアドバイザリー業務に従事。UBS証券退社後、複数社の新規立ち上げに従事した後、YCPに参画。

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私が担当するお客様でも先週から在宅ワークに移行する会社が出てきており、この1週間(というより次の1-2週間だと思いますが)は、日本でもコロナウイルスへの対応が新しいフェーズに入るタイミングなのかなと感じております。

細かいニュースはメディアがあふれるほど報道していますので、特に触れませんが、例によって個人的に気になることをまとめてみました。

このような感染症問題は昔からネットワーク理論の世界では主要な研究テーマとなっており、膨大な論文が出ている分野でもあります。

私は医学的なことはわかりませんので、対象としているのは医学的な話ではなく、数理的なネットワーク理論からの話です。

人のつながりのネットワークはよく知られている言葉でいうと、スケールフリーネットワークといわれる複雑ネットワークとして知られており、世の中の多くの複雑ネットワークは、スケールフリー性、スモールワールド性、クラスター性を特徴として持つとされています。

細かい話はいいのですが、この複雑ネットワークという分野は我々の実生活にも非常に重要な影響を与えており、グーグルの創業者であるセルゲイ・ブリンとラリー・ペイジが、1998年にスタンフォードの博士課程時代に共著で出した複雑ネットワークの解析手法の一つとしてのPageRankに関する論文は、科学的な真新しさは置いておいて現代の産業を考える上ではターニングポイントとなる論文であったのではないかと個人的には思っています(そういう意味では、複雑ネットワークの分野も古典になりつつあると感じます)。

上記の3つの特性は、感染症の広がりやうわさの伝搬、ウェブネットワーク、人の脳のニューロンとシナプスのネットワーク、食物連鎖ネットワークなど世の中の多くのネットワークに共通しており、ネットワーク構造のフラクタル性を反映した特性となっています。

難しい話は置いておいて、スケールフリー性やスモールワールド性というのは、いわゆる「世の中狭いよね」という話です。

世の中が意外と狭く感じるのはなぜかというと、たまにめちゃくちゃ知り合いの多い人が存在しており、その人を介して多くの人がつながってしまうからです(有名な6-degrees effectの話です)。

このめちゃくちゃ知り合いの多い人、のような存在がネットワークの伝達の効率性を担保していたり、ネットワークに対するランダムな攻撃に対する堅牢性をもたらしています。

しかし想像に難くなく、一方でこれはネットワークの脆弱性(重要な点を特定攻撃すればネットワークが簡単に壊れる)を意味したり、感染症などでは危険性に変わります。

感染症では、スーパースプレッダーという存在が知られていますが、この存在が感染症の広がりでは重要な「点」の役割を果たします。

スーパースプレッダーという言葉は聞いたことがある人も多いと思いますが、これは通常の人よりも多くの人に感染させてしまう人間のことであり、原因はよく分かっていませんが人口に対して一定程度存在しています。スーパースプレッダーは無自覚であることが多く、知らない間に感染を広めるため、非常に厄介な存在です。

過去には、腸チフスのメアリーという有名なスーパースプレッダーが知られています。

今回の新型コロナも感染者の80%は他人にうつさず、20%の感染者が感染の拡大をもたらしているとされており、その中でも重要なのがこのスーパースプレッダーの存在です。

感染症の広がりの数理シミュレーションにおいては、このスーパースプレッダーの人口当たりの人数が感染拡大に最も寄与するパラメータとして知られており、したがって、感染症の広がりを阻止するために最も効率が良いのは、このスーパースプレッダーを隔離すること、ということになります(我々のネットワークからめちゃくちゃ知り合いの多い人を除くとつながりの密度が一気に減少する、世の中狭いよねという現象が減るということと同じことです)。

しかしながら、このスーパースプレッダーがどこに存在しているかは厳密にはわからず(クラスター感染を追っているのは、そこに大規模感染を引き起こす感染者が存在している可能性が高いからです)、感染者が一定数を下回っているときは一つ一つ追っていけばよいですが、一定数を超えたら全員の活動を止める以外に、感染拡大を食い止める方法がなくなってしまう、ということになります。

感染爆発直前は、縦軸に感染者数Nをとり、横軸に時間Tをとったチャートでいうと、dN/dTが無限大に発散するポイントであり、これはバブル崩壊などと同じ現象なので、事前に予測することできず、あくまで後付けでしか分からないわけで、しかも今回のような潜伏期間が長いウイルスの場合は余計にその判定が難しくなります。

感染爆発した後はコントロール不可能ですので、その前の段階で全員の活動を止めないといけないわけですが、ニューヨークやロンドンでもロックダウンのタイミングが適切だったかどうかは微妙なところなのだろうと思います(個人的には、医療キャパシティの範囲内に収まっているようなので感染爆発には間に合ったのだという印象です。)

そのタイミングを見誤ると、イタリアのような状況に至り、医療崩壊という社会問題を引き起こすということになります。

日本政府や都としては、この線引きをどこに設けるか(一日当たりの感染者の伸び率)で悩んでいるはずですが、みなさんご存知のとおり今日の時点では国内はかなりコントロールされており、政府や都は、まだ変化ポイントの大分前にいるという判断をしているのだと思います。

しかしながら、判断としてはニューヨークやロンドンのサンプルがあるためそれらの都市よりも判断は早くなる、というような気がしています。

上記はあくまで感染者数の変化という数の話であり、現実世界ではその数値的な変化よりも医療のキャパシティというインフラ側の制約条件の方が効いてきますので、その点も整理する必要があります。

都内の病床数がいくらあるかというと、細かい分類を考えないとすると全部で約15万程度で、平均的な稼働率が70~80%程度のようですので、保守的に見て平均の空き病床数は3万病床となります。

この数値は精神病床(全体の20%もあります)や新生児・幼児向けの数値も含んでいますので、ざっくり半分が一般の病気向けとして常時で1.5万病床程度はキャパに空きがあると推定できます。

ちなみに、感染症専門の病床数は全体の0.1%しかありません(都内で150~200床程度しかない)。

■総務省統計局のデータ

https://www.stat.go.jp/data/nihon/02.html

■病床稼働率(トヨタ記念病院の数値参照)

https://www.toyota-mh.jp/about/qi/shihyou1.php

今回のウイルスについては、感染が確認された人のうち重症化する人は20%程度のようですので(各国で感染者検出の方針が異なるため、日本の感染数ベース)、

仮に都内で一日当たり100名が新規感染で発見されたとすると、20名が重症化して何かしらの集中的な治療が必要な状況になると推定されます。

回復するまで10日程度かかるようですので、一日100名という状況がしばらく続くとすると、ざっくり200床を重症患者向けに用意しないといけないという計算になります。

しかしながら、感染者数は指数関数的に増加するために、100名程度で抑えられずに10倍の1,000名程度になると、2,000床程度は必要になると予想されます。

日本と感染者特定の方針が違うとはいえ、事実米国は27日の一日で18,000名の新規感染者が出ていますが、20日前は一日当たりの新規感染者は100名程度でした(20倍近い)。

ちなみに、ニューヨーク州だけで一日あたりの新規感染者数は6,000名ということですから、20%の重症化率だとすると一日で+1,200病床必要ということになります。

ニューヨーク州はあと1週間程度でピークアウトしそうですので(増加率が寝てきているので)、そこから推定するとニューヨーク州だけでも最大で15,000~20,000の重症患者に一度に対応するキャパが必要ということになります。

この数値は東京の余剰キャパと何となく一致するので、東京がニューヨーク化したとしても対応能力はあるように思います。

※人工呼吸器の数等のキャパは考えておりません。

■Coronavirus tracked: the latest figures as the pandemic spreads

https://www.ft.com/coronavirus-latest

↑気になるのはトルコの動きです。米国を上回るスピードで感染者が増えています。

一定の人口がある一方で医療も十分ではないと思うので、このままではイタリアやスペインと同じ状況に陥るかもしれません。

■ジョンズ・ホプキンズ大学のサイト

https://coronavirus.jhu.edu/map.html

何か答えがあるわけではもちろんないのですが、一日あたりの感染者数が1,000名を超えたら遅すぎなので、数百名という数字が見えたタイミングで次の判断が下される、そのような気がしています。

あくまで、めちゃくちゃ個人的な見解です。

でこのコロナの後については、個人的にはそれはまた整理したい気もしますが、あり得るシナリオの一つとしては、EUの崩壊はあってもおかしくないのではないか、という気がしています。

イタリアやスペインといった国などは、米国、日本やドイツなどと比べて医療が非常に脆弱なわけですが、その原因の一つはEU(というかドイツ)が加盟国に課している財政規律により、医療に対する予算削減が過去続いてきたことにあるといわれています。

加えて今回のような危機に露呈したのは、みんなで助け合うというよりも、危機においては各々対応しようという同盟の弱さだったと思います(少なくとも現時点までにおいては)。

景気がいいときは誰も不満は言いませんが、危機下のコントロールにおいてEUはその脆弱性を見せているような気がします。

この時点においてもインフルエンザの方が毎年の死亡者が多いということを言う人がいるかもしれませんが、もはや世の中はそのような印象はもっておらず、イタリアやスペインの国の規模を考えると東日本大震災くらいのインパクトがあり、一般大衆の心理はかなりダメージを受けていると思います。

治療法が確立され、その後にワクチンが完成して新型コロナ自体はいずれ克服されるため、早晩経済は戻ってくると思いますが、EU主要国間に打ち込まれた楔はそれなりに重いのではないかなと、そのような気がしていますので、収束後の動向はちゃんとウォッチしていきたいと思います。

駄文失礼いたしました。なお全てが個人的の偏った見解です。