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君に届ける、初夏の風4

おはようございます。なんとこのシリーズの2が30人の方にみていただけたようです。感謝・感激!!!次の目標は『10いいね』にします!(皆さんご協力を‥‥笑)

1話リンクです💭



「おはようございます、朝です。」
まどろんでいると、ふすまの向こうから声がした。まさか自分を起こしに来る使用人がいるとは思っていなかった葵は驚いて飛び起きた。
「おはようございます。本日の朝餉をお部屋の前に置かせていただきます。それから、本日はこの棟から外出なされませぬようにお願いいたします。」
と、女の使用人が楚々とした態度でふすまを開け、朝食の膳を置きながら言う。
「なぜですか。」
御結納の儀式があるのは分かっていたが、ふと疑問に思って尋ねた。
「本日は「御結納」という神事が行われるのですが、その際、儀式中に神と娘以外がお山に入ってしまった場合は婚礼の儀式が無効となってしまうしきたりなのです。」
またしきたり、と葵は心の中でため息をついた。
「お山の境界はあいまいなものでして、昨日いらっしゃった葵様にはご不便ではありますが、一日だけお部屋で過ごされる方が賢明との御党首様のご判断でございますゆえに。では、また御用の際はお申し付けください。」
 葵は音を立てずに部屋の前から去っていく使用人の影を見送った。今、頭によぎったことが阿呆らしいのは分かっている。だけど。なぜだか勝に強く執着する自分がいる。自分のこの渇きを潤してくれそうで、そんな希望を彼女に感じてしまう。
昨日の車の中で、葉一は、娘には男の名をつけていることを語った。生まれる前からすでに勝に決めていたそうだ。男であることをはじめから想定して、願って、祈って。万が一に女でも、こんな山守の慣習に打ち『勝てる』ように。
 葵は昨夜、勝の奥底を覗いてしまった気がする。葉一の話を聞いて、そして勝と初めて会って、話の最中、時折陰る顔を見てしまった。それがあまりに母の顔に似ていた。母さんはこの家と縁を切っているようで本当は全く切れていなかったんだと葵は思う。心は以前この家に縛り付けられていた。そんな時に見せる陰り。勝はそれに似てる。まだ自由になれていない人の、それ。母さんでは無理だったけど、けれど、もう一度救えるのなら。
 
雨粒が、木の葉からツーっと伝って落ちていく。
 
葵の中でその考えが急に膨れ上がり、感情の波が押し寄せる。
面倒であるのはわかっている。でも、止まれないや。
 
 葵は、正義感のある子だった。無駄には動きたくはないし、バタついて疲れたくはないけれど。一瞬にして、芽吹きをもたらすような、軽やかな立葵が咲くころの、熱い風。
 
 
 屋敷には人気が全くなかった。使用人はみな儀式に行ってしまったのか。先ほどの使用人も近くにいない。出口を探すのに半刻ほど時間をかけてしまったが、屋敷を出ると、雨が思いのほか強かった。勝はこの雨の中一人で舞を奉納しているのか。
 雨が葵の顔に打ち付けてくる。まるで山の神が葵の進行を拒んでいるようだった。しばらく歩くと、しめ縄が境界線の役割を果たし、その先に進むことを拒否していた。その下には光の線。実際にはこちらで境界をまたいだものがいないか感知するのだろう。葵はそのセンサーに堂々とぶつかって、山へと入っていった。これでもうこの山には勝と神とだけの空間ではなくなった。しきたりとやらのせいで、この儀式は中止だろう。思いのほか簡単にことが済んでしまい、葵は多少拍子抜けした。


割とまだ続きます。
良い土曜日を!!

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