働き方改革で学校現場は悲鳴!!!!!

 学校は、効率化と全く逆の職場であることが理解されていないことによる悲劇が、現場の教員を精神的に疲弊させています。
 助けて下さい。学校を効率化しようとするのではなく、教員(担任業務ができる一定水準を満たした能力を有する教員)を補充して下さい!!!

 教職員の定数は、公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律が、昨年度改訂され、小学校の標準定員が40人から35人に(5年間の経過措置があります。)なりました。また、中学校の標準定員は、40名です。4月1日現在(正確には学校基本調査基準日5月1日現在)で、この人数を1名でも超えれば、教員が1人追加配当されます。

 基本的な教員の仕事は、児童・生徒に対し、授業を行うことです。
 小学校は、毎日5~6時間、この他に、朝と夕方の学級会、給食指導を加えると、ほぼ勤務時間の7時間程度となります。
 昼休み(法律上は45分間の休憩時間になっているのですが、・・・。)も児童の宿題のチェックや、連絡帳への返信の記入など、トイレに行く時間を確保するのが精一杯です。
 生徒間のトラブルが発生すると、個々の子どもから事情を聞いて、事実確認の上、管理職に報告し、その後の対処方法を決めて、それぞれの保護者に連絡する必要があります。
 いじめ防止法が施行され、生徒間のトラブルも、チキンと危機管理マニュアルに沿って対処、記録、報告しなければ、いじめを放置したと糾弾されかねない状況が続いています。大変神経を使います。

 とにかく休み時間も、業務が多く、休む暇もありません。
 女性教員の多くが、膀胱炎を経験されています。できるだけ、水分を制限して、トイレに行かないでいいようにしているためです。

 放課後(残り1時間程度)も、学年間の打ち合わせ、各校務分掌の打ち合わせや業務、その上、職員会議や職員研修もあります。
 これらのため、勤務時間が超えてしまうことも、日常茶飯事です。

 すべての授業、打ち合わせ、会議等が終わるのは、通常は18時以降になっています。子どもが下校し、打ち合わせや会議、保護者への連絡等が終わり、そして、初めて明日の授業準備を始めることができます。
 週休日(土日祝日)や長期休業中に、予め大まかな授業に関する準備は行っていますが、その日の子どもたちの理解の程度によっては、授業展開を変更したり、補充説明のスクリーン投射用スライドを書き換えたり、プリントを追加準備したりしなければなりません。
 子どもの学習を進むためには、そのような事前の十分な準備が不可欠です。多くの心ある先生方は、自分の時間を削って、わかる授業、できるようになる授業、自分と他者の意見を交流し、考えを深められる授業、成長を感じ、自己肯定感が高められる授業ができるよう、日々努力されています。先生の発問の仕方一つで、子どもの気づきや学びが深まることを優れた先生方は知っています。

 毎日の1時間1時間、授業の質を高めるためには、日々の先生方の努力が欠かせません。

 1度として同じ授業はありません。人生たった1度のこの1時間の授業に参加する児童生徒は、決して同じ者ではありません。一人一人異なるからです。同じ内容を同じように教えても、決して同じように理解し、同じように覚え、同じようにできるようにはならないのです。一人一人異なる人間を教育する。そして、一人一人が、それぞれの学びを進めるのが学校だからです。
 毎時間、子どもがどのように、自分の授業で学ぶのか?
 自分の発問に、どのように子どもが回答するのか?
 自分の指示に対し、どのように子どもが反応するのか、毎日楽しみでなりません。それこそが、教師の醍醐味であると言えます。

 この楽しみがわかっている先生方は、毎日の授業を大切にし、毎日の工夫し、授業を行っています。そして、その授業をより良いものとするため、指導方法に関する学びを続けています。大型書店の教育書コーナーには、毎週末たくさんの先生方が集まっています。
 「学び続ける者だけが、師となることがなることできる。」
これこそが、教育の神髄だと考えます。

 ところが、働き方改革により、多くの学校で、学びを尊ぶ先生方が、管理職から、精神的な圧力をかけられています。
 近年、タイムカードで出退勤の等の勤務時間を管理されるようになりました。生徒のために、毎朝1時間早く出勤し、教室の机をならべ、電気を灯けて、明るい笑顔で迎えようとする教員は、それだけで、月20時間の超過勤務です。学年の打ち合わせ、分掌別会議、職員会議、職員研修等が一段落した放課後に授業の準備を始めようとすると、すでに、1時間は勤務時間超過です。これで、更に月20時間の超過です。加えて、毎日2時間程度の授業準備をしようとすると、それだけで、更に40時間の勤務時間超過です。
 ごくごく普通に、月80時間の超過勤務は生じてしまいます。

 でも、この時間には、持ち帰りの仕事や土日祝日の授業準備の時間は含まれていません。学校は、慢性的に過労死ライン(月80時間オーバー)の勤務超過が長年続いてきました。

 給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)により、これらの教員の超過勤務は、すべて各教員の自発的な勤務とされ、4%の超過勤務のみの支給がなされるだけで、これまで一切見直されませんでした。教員の給料は固定費と見なされ、他の部分の教育予算が削られるだけです。

 そのため、コピー機は使用単価が高いため、学校では、リソログラフ印刷機が標準仕様。インクが滲んだり、真っ黒な排版を汚れないように細心の注意を払ったり、ヒバリ紙の包み紙で巻いて捨てたり、手数が余計にかかります。また、子どもに配付するプリントは、毎回帳合いやホッチキス留めに時間がかかりるなど、先生方の業務が増える方向で、予算削減が続いています。

 これまでは、なんと、先生方の自主的な超過勤務で済まされていたものが、この度の働き方改革で、管理職が超過勤務を減らす方向で、学校現場に圧力がかかるようになってきました。 

 管理職は、熱心な教員に対して超過勤務を減らせといいます。業務を効率化しろと指示だけは出します。しかし、具体的に方法は指示がありません。超過勤務を減らすための、追加配当はありません。

 80時間を超えた先生方は、管理職から、時間超過の理由を聞かれ、翌月の削減計画を考えさせられます。でも、どう考えても削減なんて、できません。結果、「工夫します。」と嘘を言わざるをえないのが現実です。

 教員のもっとも重要で、もっとも長い時間を占める授業は効率化できません。学習指導要領で、標準時間が設定されており、これを下回ることはできません。効率を高めて、10時間で教えていた内容を8時間で教えて、2時間削減できないのです。
 授業は効率化できません。学級編成の規準があり、2クラスを1人で指導できません。法律の基準があるため、教員の仕事の大半の、授業を効率化することはできません。法律的には、各教育委員会が、この基準を上回る教員を独自財源で配置しなければ、絶対に超過勤務の削減は不可能な構造になっているのです。

 他のサービス業とは違い、機械化もできません。一人の先生の授業を録画して、別のクラスの授業で流すだけ??? なんて行えません。

 学年の打ち合わせは、省略できません。クラス間で、教えたり、指導したりする内容に違いが生じれば、生徒や保護者から苦情が出て、将来的にはトラブルになります。また、仮にその学年ではトラブルが生じなくても、次の学年に進級したときに、生徒間に学びのバラツキが生じ、この修正のために予定外の時間が必要になり、かえって非効率です。

 職員会議は減りません。教育委員会からの指示や、保護者は地域の要望やクレームは増えるばかりです。

 また、学校は、迷惑施設だと言わんばかりの扱いをされる地域もあります。子供の声がうるさい、落ち葉が庭に入ってきた、などきりがありません。

 職員研修も減らせません。「タブレットを使った授業」、「金融教育」、「プログラミング教育」など、指導すべき内容は増えるばかりでここ何年も減りません。

 学校でなければ、指導できない内容なのか、1から精査するか、教育内容全体を減らさないとこれ以上入りません。「そろばん」が小学校の教育課程から外されましたが、それでも、そろばん塾協会から、大変な反対があったと聞いています。減らすのは、増やす以上に大変です。

 最後に残ったのは、授業の準備です。これ以上、先生方をいじめないでください。もう、授業の質を低下させること以外の工夫はできません。
 仕事の工夫を命令するのではなく、担任ができる教員を一人でも増やして下さい。(通常の教員定数の外に)
 複数の教員で子供の学びを支えることができるようになれば、一人あたりの授業時間数を減らすことができます。
 教員一人あたりの授業のコマ数を減らすことができれば、授業の質を落とすことなく、教員の仕事の総量を減らすことができます。

 すでに賢明な読者の皆様はおわかりだと思います。定数外の追加教員の配置だけが、真の教員の働き方改革につながります。
 子どもの学びの質を落とさずに、教員の働き方改革を進める方法は、決して他にはありません。

 教育に関する選択肢は、

 追加の予算をかけずに、教員の働き方改革を進め、教育の質の低下を招き、日本の産業競争力を更に低下させるか?そして、周回遅れの状況が、更に何十年も続くことを選ぶか?

 それとも、教育に十分な予算を分配し、優れた教員を多く養成し、各校に基準以上の教員を配置し、教員の働き方改革を進めると同時に、教育の質を落とさないようにするか?

 答えは既に・・・。

 教育委員会からは、【お金は大事だよ・・・!】と聞こえて来そうです。

 教員定数の議論の方向性を抜本的に改める時は来たと思います。

 

 教員の働き方改革で、最後に残ったは、「授業の準備」です。

 最後に残ったのは、「希望」では、ないのです。


 

 

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