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新手のホラー

実家から帰る日の出来事

ゴールデンweek最終日。
快晴の下、僕は実家の庭で洗車をしている。
たまに野良猫と視線が合うから可笑しい。
今年のゴールデンweekはキャンプに行ったり、お墓参りに行ったり、
蛸ライスを作ったりと、久しぶりに楽しめた。

水道の蛇口を止めると、最後の拭き仕上げに入った時だった。
道路におばあちゃんが立っていた。
「こんにちは」
僕の挨拶に、おばあちゃんは頷いてから言った。
「本当に大きくなって………」

ってか、おばあちゃんは誰?


風にそよぐ1本の白い鼻毛と親父

白髪でわずかに腰が曲がっているおばあちゃん。
年齢はおそらく75~85歳くらい。
紫色のワンピースを着ている。
おそらく日課の散歩でもしているのだろう。

おばあちゃんの話が止まらない。
昔は丁稚奉公で大変だった、無学だからそろばん教室に通った、
商店街を歩けば全員が私を見ていた、などだ。
笑顔で流暢に話すおばあちゃんに嫉妬してしまうほどである。

それとおばあちゃん、鼻毛が出ている。

1本だけ、それも結構の長さの鼻毛が天に向かって伸びている。
きっと鼻毛が白いから見えないのだろう。

風にそよぐ1本の白い鼻毛。

やめて………。
風よ止まってくれ。

僕は確かにこの家で育ったけれど、今は親父しか住んでいない。
そうか、親父なら分かるかも知れない。
僕は適当に相槌をうちながら、玄関を開けて親父を呼んだ。
「あそこにいるおばあちゃん知ってる?」
「あ?」
「あ? じゃなくて、おばあちゃんだよ」
「知らねぇ………よそ者だっぺゃ」
親父は部屋に戻って行った。

知らないおばあちゃんがずっと話しを続けている。
こ、怖いんですけど………。


偏頭痛がしてきた…

おばあちゃんが話し始めて20分が経過した。
長い。
長すぎる。
壊れた蛇口のように、おばあちゃんの口から言葉が止まらない。
相変わらず鼻毛もそよいでいる。
ってか、けっこうな日差しですよ。
そろそろお帰りになって水分補給をしないとね………。

僕は意を決した。

「おばあちゃん、これから出かけるからさあ」
「あらやだ。どこに行くの?」
「ちょっと買い物に。明日から仕事で………」
「仕事はねぇ~石の上にも三年なのよ。分かるわよネ?」

またおばあちゃんが話し始めた。
僕は本当に、マジで本当に適当に相槌をうちながら、車を吹き上げた。
洗車道具を片付け、荷物を車に積んでも、まだおばあちゃんは話し続けている。

こ、こ、怖すぎるんですけど………。


怖すぎる。もう限界だ!

トイレを済ませた僕は、愛用のサンダルを履いて玄関を出た。
芝生を踏んで靴下を濡らしてしまった。
テンション下がるぅ。

おばあちゃんは相変わらず道路に立ってこちらを見ていた。
僕を確認したおばあちゃんは、また喋り出した。
玄関前にいると、おばあちゃんの声量では何を喋っているのかは分からない。

僕は再度おばあちゃんの前に立った。
「お、おばあちゃん、お話はこれまで。僕はもう帰る時間だから」
「あらやだ。どこに行くの?」
「どこって、ここは実家だから、自分の家に帰るの!」
僕はけっこう大きな声で言ってしまった。
そのせいか、おばあちゃんの顔が一瞬ビクッとなった。
「そうかい。あたしも縁側で編み物でもするよ」
やった。
やっと帰ってくれる。
「今度はいつ帰ってくるんだい?」
おばあちゃんがにやけた。
「お、お正月だよ」
僕の出した声は震えていた。
「わかったよ。あんたの好きな昆布巻きでも買っておこうかね…」
再びにやけたおばあちゃんは、ゆっくりと歩いて行った。

怖かった。
マジで怖かった。
ってか、おばあちゃんは僕を誰と勘違いして話していたのだろうか。
それに僕は昆布巻きが嫌いだ。

親父の声が聞こえた。
「何?」
「餅が焼けた。喰ってかあ?」
「いい!」
「あ?」
「いらない!!!」

3日後の日曜日。
今日は友人と釣りに行く。
現地集合だったけど、僕は実家に向かった。
ゴールデンweek最終日、車の洗車後に釣り用の小道具入れを
積み忘れてしまったのだ。
あのおばあちゃんのせいだ。
だから現在、30分のロスが発生している状況だ。

実家に到着すると、早朝にも関わらず親父は起きていた。
親父に釣りに行くと告げると、干し芋を持っていけと言われたけど、いらないと即答した。

玄関を出た僕は運転席に乗り込んだ。
「うわっ!!!」
僕は思わず大声を出してしまった。
道路におばあちゃんが立っていたからだ。
間違いない。
あのおばあちゃんだ。
こんな早朝から散歩をしてるのか。
しかも今日はピンク色のワンピースを着ている。

僕は運転席から降りると、おばあちゃんに言った。
「おはようございます。この前のお話し楽しかったですよ」
おばあちゃんは小さく頷いてから答えた。
「本当に大きくなって………」

誰か助けて………。


【了】


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