裁判傍聴(又聞き) 異常者と言う勿れ

 ある夜、とあるマンションで70代の男性が腹部を複数箇所刺されて倒れているのが発見された。男は命に別状はなく、現在では回復している。
 
 男を刺したのは現場マンションに住む知人の女性(50代)で翌朝に警察は身柄を確保。殺人未遂の容疑で逮捕された。
 逮捕された女性は「一切記憶がありません」と容疑を否認している。
 
 そんな事件の報道に対してネットの声は「最近ほんと危ないやつが増えて怖い世の中だな」「捕まってよかった!」「警察の人が集まってて、ほんとドラマ見てるみたいだった。めちゃ怖い」といった声が上がっていた。
 他にも様々な意見が飛び交っていたがほとんどは加害者女性の異常性を煽るようなもだった。
 
 定期的にこういった妙な事件がニュースで報道される。私が幼少期の頃からこの様な事件が起きていた覚えがある。当時、私が母親になんでこんなことが起きるのかと聞く度に「おかしな人がいるんだよ」と一言で片付けられた覚えがある。それに対してなんだか釈然としない様な気持ちを抱えていた。
 
 今回、友人(だと私は思っている。あるいは師匠)からこの裁判の傍聴レポが届いた。多忙の中、出勤前にも裁判の傍聴に出かけるその勇姿にはただただ脱帽である。
 その友人からのレポートを受け私なりにまとめてみた。報道されていない事件のあらましというのは下記のとおりであった。
 
 被害者である男性が全裸で部屋にいた所、ベランダから加害者である女性が入ってきた。女性は窓際にある冷蔵庫から缶コーヒーを二本だして飲み始め、飲み終わった後男性をベッドで馬乗りになり包丁で腹部を複数回刺した。という。
 ざっくりと事件の流れはこんなところである。訳がわからない。
 しかし、イタリアの慣用句にこんなものがある。
「我々は皆、どこかおかしい」
 至極当たり前のことだし、昨今よく耳にするようになった「普通というのは人それぞれた」というようなニュアンスの言葉たちも言い換えてしまえば「皆、異常」ということだ。
 まさにそれを体現したような事件のように感じる。
 
 被害者の男性は西成の橋の下で生まれた。所謂、無戸籍者だ。生年月日も不明、普通に暮らしていると見ることのない無戸籍者という単語だが調べてみると少なくない存在だ。
 加害者の女性とはボランティアの紹介で出会ったという。男は現在内縁の妻と生活保護受給者の女性と三人で暮らしており、ホームレスなどの生活困窮者を大家の紹介で7〜80人面倒を見ているという。
 その供述からわかるように彼は囲い屋らしい。
 
 囲い屋とは生活保護受給者を救済するという名目で生活保護費を不当に搾取する悪徳業者だ。
 過去には国から認証を受けたNPO法人「国民生活支援ネットワーク いきよう会」の人間が囲い屋として活動し大阪府警に逮捕したという事件も起きている。そしてその逮捕者は山口組系暴力団関係者であった。
 それと同様の暴力団関係者や半グレがNPO法人を立ち上げ貧困ビジネスを行っているという事案が多数起きている。
 時代や政策に合わせて犯罪も多様化している。さすが多様性の時代といったところか。
 現在ではその貧困ビジネスも姿を変え、不動産投資を標的にしたものも生まれている。アパートに生活保護受給者を住まわせ、入居率を上げてアパートの価値を上げて転売するというものだ。
 被害者の男性はアパートを紹介された際、ローンの支払いをしながらも利益を上げることが出来るという甘い誘いに乗って購入したが1年以内に次々と住人が退去していき、損害は年間100万にも及んだという。
 希望を胸に不動産投資を初めた男性のことを思うと不憫でならない。
 
 今回の事件もその貧困ビジネスが絡んできている様だ。

 加害者女性の供述では男性は現場となった部屋のベッドに横になり「今日は時間がないからちゃっちゃとやってくれ」と言ったという。床には電動の小型マッサージ機が転がっていた。
 不自然に窓際、ベッドの近くに置かれた冷蔵庫から部屋を生活保護者を使った違法風俗店の様に使っていたのではないだろうか、とも感じられる。
 裁判を見た友人は「検察や裁判官の質問に妙に誤魔化している素振りがあった」と言っていた。これはもうクロといって差し支えないのではないだろうか。
 また、現場となったマンションの近くは「立ちんぼ」のスポットにもなっている。そこで客引きをしてマンションへと連れ込むという情景が容易に目に浮かぶ。
 男はただ部屋の掃除に訪れていただけで、服は暑かったから脱いだだけ。女性には突然刺された。という説明していたが当初の実況見分から供述の細かなところが二転三転しているところや、状況証拠などを鑑みるに嘘の供述をしているように感じてならない。
 
 加害者女性はもとは(おそらく)ホームレスでボランティアの紹介で男にたどり着き、彼の指示で事件現場である物件を借り(あるいはあてがわれ)、生活保護を受給し始め、(少なくとも被害者男性との間には)性的な関係を強要されていた。そして女性は部屋をキレイに使わないからという理由で物置へと追い出された。
 理不尽に部屋を追い出されるに至るにはその主導権を男性側が持っていたという事実が無ければそうはなるまい。
 二人の間にはDVカップルの様な歪な関係性が生まれていたりしていたのだろうか。理不尽な立ち振舞いをしたあとに優しくみせる素振りなどあったのかもしれない。
 西日の差し込む部屋で二人が肩を寄せ合って歪な詩情を育む姿が目に浮かぶ。そんな二人をpixiesの「where is my mind」が照らす。

”With your feet on the air and your head on the ground
足を空に 頭は地面に
Try this trick and spin it
そんな夢を見て回ってる
Your head will collapse
頭は崩壊寸前だ
But there's nothing in it
何も考えてないくせに
And you'll ask yourself
お前は自分に問いかける
 
Where is my mind?
俺の心はどこだ?”
  
 ドラマチックではない、現実のタイラーとマーラシンガーの心はどこにある?
 
 友人のレポートと私が調べたものから見えてくるものは二人の間の奇妙な上下関係と、男性は一方的に搾取する側というわけでもないらしい、ということだ。
 聞いた話では法廷に現れた彼はボロボロの白シャツで汚いおっさんに見えたという。生活保護受給者を7〜80人も囲っていればそれなりに現金収入がありそうなものだが彼の風体からはどうもそういうわけではなさそうだ。
 また、ネットでは件の部屋から借金に関するやりとりの怒鳴り声などが聞こえていたという話も出ている。裁判でも加害者女性は男性に対し3000円程貸していたという供述もあったという。ふたりでランチにいってその時に建て替えた、というわけでもなさそうだ。
 そこから男は囲い屋をやっているがその収入がまるまる全て自分のものになっているわけではなさそうだ。そんな男に生活困窮者の面倒を見ることが出来るだろうか。どうみても自身そのものが生活困窮者だ。そこから推測するにこの二人以外にまた別の第三者の存在が浮かび上がってくる。
 
 男に囲い屋という立場を与えた存在は誰か。
 
 事件があった地区にはいくつか生活困窮者を保護する活動しているNPO法人が存在している。一度そういう目を向けると何が善意で何が悪意かわからなくなってくる。
 
 少なくとも、報道される事実は断片的なものでしかなく表に晒されない現実というものは間違いなく存在する。その断片的なものだけをみてそこからしか汲み取れないものだけを取り上げ、叩くというのは良くない。
 これはこういった事件の報道だけではない。SNS上のものから私生活における人間関係だってそうだ。
 私の職場に居るマイルドヤンキーのイカれた行動もその裏側には何らかの理由があるかもしれない。表面的な、自分の前に現れるものだけをみて判断してはいけないのだと思い知らされる。
 ただやはりそれでもやってはいけないことはやってはいけないのでやはりマイルドヤンキーの野郎はさっさと職場から去ってほしいものだ。

 さすがに刺しはしないが。
 
 古来より、日本では伝承される民間信仰において人間の理解を超える奇っ怪な存在を妖怪と呼んできた。それらは科学が発展する以前、当時の文化で説明できないものを超自然的なものを用いて説明してきた。そうして生み出された生き物(?)の一つが妖怪だ。
 そういった存在である妖怪の中にはおそらく「一般的とは呼べない習性を持っただけの(おそらく)人間」でありそうなものも存在する。
 新潟のちいちい袴や京都のぬっぽり坊主などがいい例だ。ぬっぽり坊主に関しては雷のように光る目が尻についているかは別として尻を見せてくるという点ではただの露出狂だ。
 異常なものとして目に映るものを理解しようとせずに「異常」だと短絡的にカテゴライズする事により妖怪の様な存在が生まれる。

 妖怪を作り出すのは他でもなく、我々だ。
 
 囲い屋のタイラーと哀れなマーラを産んだのも我々の歪んだ色眼鏡かもしれない。
 彼らもただの人間だ。
 
 多分。


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