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Let me call YOU.

「はい、もしもし」
『あっ……もしもし?』
「何か嬉しそう」
『そうかぁ? ……別に変わったことは無いんだけど』
「誤魔化してもイイことないよっ」
『……ほんとに何も、無いってば……』

今こうして細い細い目には見えない線で、君と繋がっていることを本当に不思議だと思う。
部屋の中、電気を消す。誰かが弾く調子っぱずれのピアノ曲を聴こうと耳を澄ましてみる。そうすると、必ず私のケータイ画面が痛い程に眩しく光る。
着信を告げるライト。表示される名前。三秒黙って眺めた後、平静を装って電話に出る。
いつも何となくだけど、分かるんだ。直感とでも呼ぶべきモノが私に囁く。電話だよ、と。
君はそんなコト、知らないでしょ?
私はそんなコト、言わないから。
君のタイミングと、私のタイミングは、いつまでこうしてリンクし続けるのだろう。

「嘘ぉ、それほんとに?」
『思うだろ? でも笑ったら怒り出すからなぁ』
「っていうか笑うよソレは」
『ね。普通の神経してたらね』
「……今ものっ凄く失礼な発言を聞いた気がする」
『いや、気の所為だ、忘れよう』

止めど無く流れ込む、お互いの他愛の無い会話。
穏やかな笑い、内緒話のような囁き、驚いて裏返る反応、電話越しの空気。
他愛は無い。それでも一応、私にとっては重要なコト。行為。儀式にも似た。
曇り切ったレンズを磨く。澱んだ水なら取り替える。枯れた花束は焼却炉。それと同じ。
いっぱいになった中身を全てぶちまけて、空っぽにする。
――放っておけば徐々に摩滅する私を一度、リセットする儀式。

「え、何?」
『こないださぁ、って言ったの』
「うん」
『お前のと一緒のケータイ見たんだよ』
「……へぇ」
『一瞬見ただけで分かるって、ちょっと凄くねぇ?』
「はいはい、凄い凄い」
『って、全然感心してないし』
「結構前の機種なのに。珍しいね」
『だから分かったのかも。あ、どうでもいいけど、お前のケータイさぁ』
「え?」
『……まだ、綺麗なまま?』

ちょっと、変だ。
今日はリセット出来ないような、そんな気がする。
ちょっと、変だ。
今日は儀式にならない――声を出す度に、私がどんどん摩滅する。
身体の奥深く、どこかで何かがゴトリと崩れる感触を覚えた。
それは多分、琴線の一部を圧迫して。張り詰めた隙を的確に狙った、一突きのよう。どうしてだろう、なんて疑問に思う間もない。ただただ苦しい、そう慄く胸の叫びだけが生々しい。
脈が。
上がる。
君の声が酷く、遠くに聞こえ始める。
どのくらい経ってからだろう、いつの間にか通話は終わっていた。

「お前のケータイさぁ」
「ん?」
「白いよな」
「……白いねぇ」
「傷とかも無いよな」
「……無いねぇ」
「あんまり綺麗だとさ」
「何?」
「落書きしたくなる」
「……なっ! 止めてよっ」

以前、隣に座って顔を見合わせて、直接交わした言葉を思い出した。
だけど、だけど、だけど、さ。
私のケータイ、もうそんなに白くないよ。
私のケータイ、もうそんなに無傷じゃないよ。
電話口、喉まで込み上げた言葉を無視して飲み込んだ。ごくり、と。
そしてケータイに貼られたきらきら光る星型のシールをまじまじと見つめる。
ラメと蛍光塗料のせいで、ほんの僅かな光を受けただけでも煩い程に煌くのだ。
真っ暗な部屋の中。星型に浮かぶ輝き。外を走る車のエンジン音。指で辿るシーツの皺。カチカチ響く時計の針。不躾な街頭の明かり。リビングでの談笑。弾く爪の衝撃。どこかを流れ落ちる水。回転する生温い風。誰かが奏でるピアノの旋律。
……もう、聞こえない、声。
濃密な数秒間に、あまりにも沢山のモノを感じすぎて。
私の指は独りでに、自分のケータイを弄くり始めた。
友人が、一つずつ一つずつ貼ってくれた星を剥がす。それはぺりぺりぺりと、渇いた音を立ててからはらりと落ちた。
友人が、丁寧過ぎる程見事に塗ってくれたラメ入りのマニキュアも剥がす。それはぼろぼろぼろと、見るも無残な色彩の塊となって落ちた。
酷く冷静な思考を感じながら、私は暗闇の中で黙々とその作業を繰り返した。
飾られる前の、白く無機質な姿を思い浮かべる。
初めはつるりとした美しい表面をしていたけれど、今では幾つもの黒い擦れた傷が出来ているはずだ。よく落とすからなぁ、私。
電気を点ける。
断続的な明滅。
偽の蛍の光が降る。
私のケータイは、やはり、白かった。

トゥルルルルルル。
トゥルルルルルル。
電話の呼び出し音が、内耳に残る。

ツー、ツー、ツー、ツー。
ツー、ツー、ツー、ツー。
電話が切れた証も、内耳に響いている。

『お前のケータイさぁ……まだ、綺麗なまま?』
その君の声だけは。
その君の声だけは、私の深くへと沈んでゆく。


Let me call YOU. 終
再掲元:個人サイト(閉鎖済)2002/09/02

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