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独裁者の統治する海辺の町にて(24)

独裁者の統治する海辺の町にて(24)

暑がりの平良主席に合わせて、党本部2階の執務室は冷房が効きすぎていた。テーブルの皿には彼女が食った後の鶏のもも肉の骨が2本のっている。平良はマホガニーのアンティークデスクに太ったケツを乗せ、足組をして、ワインを片手にサンドイッチを食っていた。このひと月で、体重はあきらかに5キロは増えているだろう。昼食は?彼女はおれが部屋に入るときいた。済ませてきましたと答えると、年代物のワインをグラスに注いでさしだした。喉が渇いていたので一気に飲み干すと、この太った女は、味わうってことしらないな、お前は、といって意味ありげに笑った。

デザートのケーキを運んできた若い職員は、むき出しになった肉付きのいい肩に目が行かないようにして、主席のカップにコーヒーを注ぎ、茶封筒をデスクに置いた。職員が退室し、ドアを閉めたのを待って、主席は言った。
「お前に頼んでいた件だがな」おれは、ズボンのポケットから財布を取り出そうとした。その中に例の2枚の偽造名詞を入れていたのだ。だが、主席の次の言葉でおれは動きをとめた。
「あれは、町長だった」
「・・・」
「もちろん、お前も、もう調べはついているだろうがな」
「はい。いま、証拠を見つけようとしていたところでした」
「その必要はない」主席は目をさっきの茶封筒に向けた。
「見てもかまいませんか」
主席は無表情にうなずいた。
「密約書ですね、二重契約ですか。嘗めたことをしますね」
「まあ、予測はしていたが、見ると腹が立つもんだよ」
「どうするんです?」
「しばらく、およがせておくよ」
「え!」とおれは危うく漏れそうになる声を飲み込んだ。順番が入れ替わった、と思っ
た。士郎の顔が一瞬浮かんだが、おれは、冷静に、凛子が撮ってきたのかときいた。
「他にも撮ってきてるが、これで十分だ。東越電力もこれでわれわれの言いなりになる」
「一石二鳥ですね。いつとりかかりますか」おれはわざと曖昧な指示の仰ぎ方をした。
「9月」
「分かりました」といって、おれが離れようとすると、「実は、こっちなんだがな」と主席は引き出しから写真を取り出し、デスクの上に並べた。それは、S学院大学の紀要の表紙とそこに掲載されている士郎の卒業論文を撮影したものだった。
「原始共産制の幻想と独裁主義」というタイトルで、中身を読むまでもなく、党の思想と体制を否定するものであることは明らかだった。万事休すだった。
「お前は、この論文を読んだことがあるか」彼女はおれの表情を伺いながらきいた。
「いいえ」
「登坂士郎がこれを書いていたのを知っていたか」
「聞いたことはあります」
「内容もか」
概要[おおよそは」
「どう思った?」
「筋は通っていると」
「正しいと思うか」
「ある程度は」
「今もか」
「すこし真面目すぎるかと」
「ふ~ん。友人だったよな」
「幼なじみです」
「殺れるか」
「はい」
おれのそれまでの人生で最悪の日だった。

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