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町を巡るあたらしい息吹を感じて。e-bikeで周る飛騨国府の暮らし

風を切って進む自転車は、里山の風景の中へ


 宮川朝市で朝食を済ませ、日中は飛騨高山の古い町並みを観光して周ったら、二駅隣の飛騨国府へ。今回の旅の目玉は、e-bikeで周るサイクリングツアーだ。ツアーガイドの杉山さんに出迎えてもらい、早速自転車に乗る。

 今まで旅行といえば自分の足で周るか車を借りて移動するかだったから、自転車のツアーというのは新鮮だ。行き先は、ガイドの杉山さんにお任せした。今日は、飛騨で暮らす人たちを巡っていくらしい。一体どんな旅になるんだろう。

 駅を出発してから数分で、自転車は里山の風景の中へ入っていく。ペダルを漕ぐと、風を切ってぐんぐんと自転車が進んでいく。頬をなでる少し冷たい秋の風、風にそよぐ一面のそば畑、草のにおい、水路を流れる水の音。遠くに見える山脈。まるで自分が景色の一部に入り込んだような気分。

 「中東や、暑い国からくるゲストの方は、水路や小川を見て『どこから水が流れてきているの?』って驚くんですよ。山から流れてきているんだよって説明をすると、『どうして山に水があるの?』ってもっと驚くんです。私たちにとって当たり前の風景も、彼らにはすべて新鮮で」

 ガイドの杉山さんが、途中で休憩を取りながら国府のことや町での暮らしについて教えてくれる。言われてみれば、私が普段暮らしている町でも小川や水路は見かけないな。見方を変えると、「当たり前の風景」は当たり前じゃないことがわかる。

そこで暮らす人たちの日常に触れる

 景色に夢中になっているうちに、1軒目の平さんのお家に着いた。家主の方が「ようこそ〜。……って言っても、なにをしたらいいのかな?」とはにかみながら出迎えてくれた。ツアーの一部とはいえ、いきなりはじめましての方のお家にあげてもらうのはちょっぴり緊張。

自家製のパンでもてなしてくれた。
山で汲んできたという湧き水と、
近所のおばあさんに譲ってもらったというレトロなガラスのコップ

 仕事をきっかけに飛騨に移住してきた平さんご一家は、はじめは飛騨高山で暮らしていたところ、ご縁があり古民家を紹介されたそう。移築先を検討するうちに国府の土地を見つけ、この土地でソーラーパネルを建設する計画が進んでいると聞いたことから、移築を決めたと話してくれた。ここまで自転車で走ってきた里山の風景を思い出す。たしかにここに古民家が建つか、パネルが建つかでは景色が全然ちがったんだろうなぁ。

 古民家で暮らす、と聞くと、もっと昔ながらな暮らしを想像したけれど、立派な大黒柱や梁、重ねられた年月によって黒い光沢をもった木の壁や床に、生活の道具や家電、アート、お子さんたちが描いた絵やメモが馴染んでいる。
車やバスでは通り過ぎてしまう風景の中に、こんな営みがあったんだ。

時間が止まったような静かな部屋で

 今度は、坂道を登ってもう少し山奥へ。ツアーの自転車はe-bikeなので、普段だったらぜぇぜぇ言っちゃうような坂道もすいすい登れて一安心。ぐっと山が近くなって、草の匂いが濃くなった気がする。

 山奥の自宅兼アトリエで、ニットの帽子を手編みしているというやもり帽子さん。黙々と手を動かしている横で、お家の中をそっと見学させてもらう。外の木々がそよぐ音と、部屋の中の時計のカチカチという音だけが響く、しんとした部屋。ガイドの杉山さんが「ここに来ると、時間が止まったような気分になるの。雑多なものがなくて」とささやいた。

キッチンで干されていた山で採れたという赤山椒。
「擦るといい香りがするの」と教えてもらった。
庭には栗の実が。山の恵みの中の暮らしを感じる。

 お家の外に出て、山を眺めながらみんなでデッキに並んでおしゃべりをする。てっきりこちらのお家も移築した古民家なのかと思ったら、ここは26年前に自分たちで建てたお家らしい。でも、庭に生えている立派な沙羅の木は、枯れかけていた木を別の土地から植え替えたものだと教えてくれた。

 枯れかけていたとは思えないほど、青々と茂った葉を揺らす木は、前からずっとそこにあったみたいに風景に溶け込んでいた。

手間をかけることで愛着が生まれ、それが日々の営みになる

 杉山さんは、そのあともいくつか古民家を移築したり改装した人たちのもとを案内してくれた。扉を開けると、外観からは想像できない異世界が広がる雑貨喫茶「閃き堂」に、暮らしや民芸にまつわる器を扱う「やわい屋」。

「閃き堂」の扉の内側は、自分の目で確かめてほしい。
「やわい屋」は私設の図書館とギャラリーも併設している。

 途中の道で、自転車に乗った小学生が「こんにちはー」と通り過ぎる。背中を丸めて農作業をするおばあさんに挨拶をし、そこから立ち話になった。そこで当たり前に流れる時間の中に、自分がポンっとお邪魔させてもらっている感覚。

 最後に、「やわい屋」の縁側で、ガイドの杉山さんと、店主の朝倉さんとゆっくりお話をした。飛騨にある古民家の数は限られている上に、手をかけず放っておいたら朽ちていってしまう。ただ移築をすればいいわけではなく、古民家で暮らすのは断熱やなんやとなにかと手間がかかる。でも、朝倉さんは「そうやって手間や時間をかけていくことで愛着が湧くし、それの積み重ねが生きていくってことなんじゃないかな」と話してくれた。

新しい土地で古民家が息を吹き返し、人が集う

 今日の宿も、百年前に建てられた板倉を移築した一棟貸しの和風ヴィラ「百」。日中いろいろと古民家を回ってきたから、なんとなく建物の見方が変わってくる。

 古めかしい入り口に対して、中は木の味わいを残しつつ今風にリノベーションされている。予約をしてくれた友人に「よくこんなとこ見つけたねぇ」とお礼を言う。

 せっかくだからと、友人が地元の幼馴染や知人を誘ってくれて賑やかな夜になった。近くのスーパーで買い出した地元のお惣菜に、みんなが持ち寄ってきた飛騨の野菜やお酒をいただく。昨日の高山では、カクテルとワインだったので、今日は地酒を。飛騨のチーズを持ってきてくれた人がいたので、「ワインも買えばよかったねぇ」と話していたら、意外と日本酒とも相性が良くて驚いた。

 楽しい夜がふけていく中で、今日聞いた沙羅の木のことを思いだす。枯れかけていた木を、違う土地に植え替えて育ててきたことで15年たった今でも青い葉を茂らせている。今私がいるこの建物も、誰も手をかけなかったら古いまま朽ちていってしまったかもしれない。でも、生まれ変わらせてくれた人たちがいたから、こうして人が集まって、新しい出会いと楽しい時間が生まれていく。

<今回訪れたスポット>
・やわい屋
・閃き堂
・板倉庵 百

<Kita Alpe Traverse routeとは……>
 
東西南北の分水嶺である北アルプスによって異なる二つの文化圏を持つ信州松本と飛騨高山。中部山岳国立公園を間に挟み、二つの市街地をつなぐ旅のルートが「Kita Alps Traverse route」です。

日本文化を形成する営みの源となった、木と水、そしてそれを育む山岳の自然環境を五感で感じるとともに、さらに文化圏の違いを東西の「水平移動」と日本でここだけしかない標高差2,400mの「垂直移動」の両方の中に生きる地域の人々との交流を通じて堪能することができます。

信州松本から飛騨高山というコンパクトながらダイナミックな文化と自然が、場所ごと微細に変化していることをゆったりとした時間の中で感じてほしい、それが「Kita Alps Traverse route」の旅です。

連載記事を通じて、「Kita Alps Traverse route」を育む水と森、山と街、自然と人の共生の姿を発信していきます。

​​Photo: 表萌々花
Text: 風音


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