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南からの贈り物1 ヤブサメ

屋久島の早春、木の芽流しが始まる。タブノキは赤い葉を、ハマビワは銀白色の葉を広げ始める。そんな照葉樹林の木々の芽吹きの時期の雨を、屋久島では木の芽流しと呼ぶ。

タブノキ
ハマビワ

木の芽流しが続いた、湿潤で生暖かなある雨上がりの朝、しばらくぶりにベランダに洗濯物を干していると、モッチョム岳の麓にある家の、庭の横に流れる小さな川の向こうの藪より、シシシシシと声が聞こえて来る。ヤブサメの囀りだ。そのシシシシシは虫の声のようにも聞こえるが、尻上がりに調子の上がって行く囀りを聞いていると、耳にする嬉しさが込み上げて来る。

ヤブサメは、ウグイスの仲間だ。藪の地面近くに潜んでいるようだった。川向こうということもあり、姿を目にすることは無かった。が、その囀りを聞くだけで、見たことは無いが、愛着が沸くのだった。

モッチョム岳

ヤブサメは、夏鳥として、東南アジアなどより、日本に飛来するそうである。早くも屋久島の木の芽流しの頃、里で聞かれた囀りは、夏には屋久島の標高の高い山で聞かれるという。そんな頃には、日本の各地の山や藪などで聞かれることであろう。

屋久島より移り住んで来た、今の指宿の家は、住宅街の一角にある。車で十分程出かけた林で、昨年の夏のいつ頃であったか、ヤブサメの囀りを聞けた。しみじみ懐かしかった。あの屋久島の朝の思い出が蘇った。

夫が、「ヤブサメは高尾山でも聞けたね。」と言う。そうだったっけ、私は記憶の糸を手繰り寄せる。生まれ育った東京で、夫と出会ってからは、共に中央線に乗って、高尾山によく通った。その囀りの聞こえたのは、渓流沿いの六号路であろうか、四号路の吊り橋のあたりだったであろうか、それとも日影沢であったろうか。考えを巡らせていると、そう、確かに、高尾山でヤブサメを聞いていたのだなと思えて来るのだった。それを初めて聞いたのは、やはり、高尾山においてであろう。その時、それがヤブサメという鳥であるということを、夫に教えてもらったに違いない。私は、ヤブサメの囀りが好きになった。それが、東京より屋久島に移住して、家のベランダから聞けた時は、とても嬉しかったのだ。屋久島の日々を重ねるうちに、東京の高尾山でのヤブサメの囀りの記憶が、ちょっと遠のいていたのかもしれない。

知林ヶ島より魚見岳、指宿市街地を望む

もう指宿でも、ヤブサメの囀りが聞ける頃だろうか。それを聞くにはやはり朝がいいだろうか。朝、書斎にこもっている夫は出かけようとしないので、そうだ、私一人、歩いて近くの魚見岳に行ってみようかしらと思い付く。あそこならば、ヤブサメも居るに違いない。魚見岳は、時には砂州で繋がる知林ヶ島や、開聞岳や、桜島も望める小高い山だ。

ウグイスなどとは違って、住宅街の庭などには現れないヤブサメである。たとえば山道を降りながら、その囀りを耳にするのが夕暮れ時であったらどうであろうか。

やぶさめや漸くにして里曲の灯   木津柳芽

暗くなりかけた山道にあって、その囀りが続くばかりでは心許ない。やっと人里の灯の見える場所に出て、安堵の気配がうかがえる。

ところで、ヤブサメの囀りは高周波なので、年齢を重ねて来ると、その囀りが聞こえなくなる人もあるらしい。実は、このエッセイを執筆途中に、急に母を亡くした。母はとても元気な人であったが、少し耳が遠くなりかけていた。ヤブサメの囀りは、母には聞こえなくなっていたかもしれない。

私より一回り年上の夫も、「清子がヤブサメの声がすると言うのに、それが私には聞こえないという時が来るのだろうか。」と呟く。そんな日も、いつか来ることもあるだろうか。が、それまでまだ、もうしばらくはあるだろう。遺された私と夫で、仲良く元気に暮らして行こうと思う。その思いを、亡き母に伝えたい。

 (『南からの贈り物1 ヤブサメ』
  2015年5月5日発行、
  季刊俳句同人誌「晶」12号に掲載 )

後記)
季刊俳句同人誌「晶」に、『南からの贈り物』という連載のエッセイを書いていました。2015年5月5日発行の12号より、2017年8月5日発行の21号までです。
エッセイを書くということなど、それまで経験がありませんでしたが、意外にも書く作業は楽しかったです。東京を離れて、屋久島で暮らしたこと、指宿でのことなど、書く題材は幾らでも思いつきそうでした。
季刊誌なので年4回、10年続けば40回。25年続けば100回です。
100回までも書き続けたいとも思っていました。
ところが、その十分の一、10回書いたところで、私の不徳の致すところで退会したので、残念ながら『南からの贈り物』の連載のエッセイは終わりました。
エッセイを書くことを勧めてくださった代表、同人誌に携わった方々、そして何よりもこの連載を楽しみに読んでくださっていた方々に感謝しています。
現在は、指宿も離れ、東京までも日帰り圏内に住んでいます。が、やはり田舎暮らし。当地でも、このような自然を織り交ぜての散文を書いて行きたいと思っています。
せっかくなので、この note に載せてみることにしました。それに当たっては、エッセイのトップに、当地に来てから描き始めた主に水彩の抽象画を載せています。