黒の捜査線21~25(完)


21 動き出した捜査線・最終ゲーム④


<――おいおい。いつまでここに寝てればいいんだ? 言っただろ。ゲームは“ルールはがあるから”面白いんだ。スリルがあればある程な。俺達の言葉など信じられないだろうが、これは紛れもない事実。我々ソサエティはここにいる3人と《もう1人》存在する。
そして、貴様らが知りたがっている爆弾の停止を唯一知る者だ。何故ならソイツがその爆弾の“製造者”だからよ! 爆弾の事など聞かれても俺達には分からん。ハァァァハッハッ! 面白いな。ここまで楽しませてくれるとはなぁ。

……貴様! ならば早くソイツの居場所を言え!……それを探すのが貴様ら警察の役目だろうが。まぁ、楽しませてもらってるから特別にヒントぐらいやっても面白いかもな。ここまで辿り着いてまた爆破で市民を守れませんでしたなんて、警察の面子丸潰れだもんな。いい気味だぜ。ハァァァハッハッ!

……何時までもふざけているんじゃない! さっさと言えッ!……必死だなぁ。いいぜいいぜ。その慌てた様子がまた溜まらない。もう捕まっちまったし、最後の最後まで楽しませてもらいたいからよ、教えてやる。
ヒントなのか分からないが、もう1人の仲間も勿論、ずっと《《このゲームに参加》》して貴様らを見ている! 今俺達が捕まった事はどうだろうな? 知っているかもしれないし、まだ気付いていないかもしれない。見ているかもしれないし、見ていないかもしれない。ハッハッハッ! アイツは俺達以上に“狂っている”からな!>

 そう言う事か。
 本当に何処までも人をコケにする舐め腐った奴らだ。だが、俺は今の会話で妙に納得してしまった。

 犯人が“もう1人”――。

 この妙な違和感の正体はコレだったのか。完全に消えた訳じゃないし、相変わらず爆破までもう“10分弱”しかないってのに少しスッキリしたぜ。

「おい千歳、聞こえただろ?」

 シンがそう声を掛けてきた。

「ああ、しっかりな。ふざけてやがる連中だ。でもその残る1人の製造者とやらは、マークしていた建物には出入りしていないんだろ? 一体どこにいるんだ」
「それが分からない。くっそ。折角奴らを捕まえたのにッ……! ここまできてそれは無しだろ」
「情けない声出してんじゃねぇ。ここまできたんだからもう決着はすぐそこだろ。諦めんな」
「うるせぇ。誰が諦めるか! だがどうする。手掛かりが何もないぞ」

 確かにシンの言う通りだ。これじゃあ何処にいるのか見当も付かない。

<本部長、ダメです。3人とも口を割る気が一切ありません。どうしますか?>

 無線からの応答に、本部長も頭を悩ませているのか返答がない。

「――黒野さん」

 そんな中、突然碧木が俺の名を呼んだ。

「どうした碧木」
「1つ聞きたいことがありまして」

 どうしたんだこんな時に?
 そう思った矢先、碧木がとんでもない事を口にした。

「もし黒野さんだったら……“どっち”を切りますか?」
「――⁉」

 思いがけない問いかけに、俺は一瞬言葉が詰まった。

「そんな深く考えないで下さい。少し気を紛らせたいだけなので」
「軽はずみに言える事じゃないだろ」
「例えばの話ですよ。残り約10分。“万が一”の事も考えた方がいい時間です」
「馬鹿な事言ってんじゃねぇ! 万が一なんて考えるな!」
「だったら、黒野さんはそのもう1人の居場所が分かるんですか?」

 核心を付いてくる碧木に、俺は再び言葉を詰まらせてしまった。
 碧木の言う通りだ。急に存在が明らかになったもう1人の存在に、俺は少し焦っているのかもしれない。

「すいません。先輩に生意気な事を言いました」
「いや、お前の言う通りだ。それに生意気になのはいつもの事だし」
「私も決して投げやりになった訳じゃありません。ただ黒野さんだったら……黒か白どちらを切るんだろうとふと思っただけです」
「そうか。でもやっぱりその質問には答えられないな」

 ようやくソサエティをここまで追い詰めたんだ。最後の最後に爆弾はやっぱり止められませんでしたなんて洒落にならん。そんな事になれば俺はもう一生アイツに顔向け出来ない。

「そうですよね。昔の事を知っているのに不謹慎でしたね私……。お母さんはどういう気持ちでこの時間を過ごしていたのかな……」

 独り言の様に呟いた碧木。

 俺は本当に不甲斐ない。あまりに無力だ。

 やっとの思いでここまで来たのによ。結局、誰かを救う為には誰かの犠牲を払わないといけないのか? いや違う。救える人には全員を救える力がある。俺にはそれが備わっていない。ただそれだけの事。自分に力がねぇんだ。だから救えない。捕まえられない。何も出来ない。

 置かれている状況も6年前と全く同じ。
 また関係ない人達の命まで天秤に掛けられている。

 そして俺にはそれを救う事が出来ない。

 そう言えば一真が言ってたな。自分の手の届く範囲に救える人がいれば充分だって。お前は確かに救ったよ。自分を犠牲にしてまで。でもやっぱり俺は思うんだ。あの時、全員が助かる道は本当に無かったのかって。

 分かってる。それでもあの時はアレしかもう選択肢が無かった。無かったと言うより、それしか出来なかったんだ。俺も、俺達警察も。だからこそその悲劇を2度と繰り返しちゃいけないってずっと思ってたのに。

「残り時間は!」
「残りやく7分を切っています!」
「爆弾の製造者は何処にいるんだ⁉」

 電話から聞こえてくる音声がより一層騒がしくなってきた。

 残り7分――。

 いつの間にかもうそれしか残っていないのか……。

「碧木、大丈夫か?」

 こういう状況にも関わらず、俺は気の利いた事1つ言えない。大丈夫な訳ねぇだろ。何聞いているんだ俺は。

「大丈夫です。それに、もう切る方決めました」
「――!」


22 黒の直感・序曲


 碧木には本当に驚かされる。
 この状況でもう彼女なりに覚悟を決めているのだから。

「ちなみにどっち選んだ?」
「内緒です。特に黒野さんには」
「何だそれ」

 俺の直感では“黒”。一真の時と同じだ。
 黒を切れば俺の方が爆破する。あの時もそう思って黒だと言ったのに、一真には裏をかかれた。
 今度はどっちだ?

 碧木は当時の事を全て知っている。俺が話したから。最後に黒と白のコードどちらを切ったかも。どういう経緯で一真が白を切ったのかも全て。
 
 どっちが正解だ……?

 黒だと答えて碧木が素直に黒を切るだろうか?
 いつもの感じなら俺に反発して白を切る可能性も大いにある。だが、意外と先輩の言う事を素直に聞き入れる所もあるんだよな。

 どっちだろ。
 どう言えば碧木を助けられる?

 こういう面では俺の役立たずな直感が働かないんだ。

 もし見てるなら教えてくれよ……一真。後輩が死なない様にさ。

「黒野さん。ひょっとして自分が犠牲になる方を考えてます?」

 こういう時の勘は女の人の方が鋭い。一瞬藍沢さんの顔までチラついた。

「だったら何だよ。俺がどっち答えても、お前もう決めてるんだろ?」
「はい。なので余計な説得とかはしないで下さい」

 本当に可愛げがない。それとも、強がって可愛いとでも思うべきなのかな。後輩を持つのも結構大変だぜ一真。お前はそういうのも得意そうだよな。俺と違って後輩の面倒も自然と見られるんだろうな。

「元からそんなつもりはないが……強いて言うなら俺の直感は“黒”だ」
「――⁉ もう! 何で今言うんですか! あり得ないですよホントにッ!」

 お。初めて動揺を見せてくれたな。

「何だ? もう決めてるんだから俺がどっち言おうと関係ないだろ」
「性格悪いですね。だから彼女いないんですよ」
「モテるから急いでないだけだ。お前の方こそ全く男っ気が感じられないけど気のせいか?」
「最低。セクハラですよ」

 もう残り時間が僅かしかないのに、俺と碧木はそんな会話をしていた。

 一真と爆弾解除している時も、何かくだらない事話してたなそういえば。碧木のお母さんもよくこんな所に一緒にいたよ本当に。

「お母さん譲りか? その度胸は」
「母は強い人でした。言い方を変えれば少し頑固。私もそれを譲り受けたせいで、母とはよく言い合いになってましたよ。仲は良いですけどね」
「だろうな。お前のお母さんも最後まで頑固だったから」
「でもその頑固なお陰で、母は白石刑事と会って、私に警察という新たな道を残してくれました。初めは勿論、ソサエティを捕まえる事だけが目的でしたが、色々な日々を送る中で、今では警察の務めにとてもやりがいを感じています。私にこの道を示してくれた母と白石刑事にはずっと感謝していますから」

 初めは最悪な始まりだったかもしれないが、彼女が今そう思えているのならば、それが彼女にとって正解だったという事だろう。

 でも、この状況は明らかに不正解。何が何でもコイツだけは守らないと。

 爆破まで残り4分――。

「――シン、聞こえるか?」
「ああ。どうした」

 本部は未だにバタバタしている音が聞こえていた。当たり前か。爆破までもう時間がない。
 一旦碧木との会話を止め、俺はシンに話しかけた。

「残りの1人見つかりそうか?」
「いや……手掛かりがまるでない。何処までもイラつかせる奴らだよ本当に」
「全くだ。ちなみにハッキングで爆弾を止めるなんて無理だよな?」
「それは無理だろ。爆弾はセンサーで繋がっているだけだ。ハッキングなんて出来る筈がない」
「だよな」
「でもそう遠くない筈なんだ。奴らの仲間なら何処かしらで見ているだろう。それに爆弾の製造者なら、万が一の為に絶対にスイッチを持ってる。いくら遠隔操作出来ても範囲なんてたかが知れてるんだ」
「理屈は分かるけどさ。結局見つけられないんじゃアイツらの思うッ――!」

 

 一瞬で全身に鳥肌が立った。

「どうした千歳?」

 
 そうか……もしかして――。

 この時程、俺は自分の直感を好きになった事はない。

 何故俺は“気が付かなかった”んだ――。

 いや、気付ける筈がない“こんな事”。自分でもこの直感に“恐怖”さえ感じている。

 まさかとしか思えない。

 だが……もし本当に、こんな《《馬鹿げた事が起きている》》としたら――。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<……本日付で、こちらの捜査一課に配属される事になりました、白石一真です! 宜しくお願い致します!……>

<……自分の手の届く範囲なんてたかが知れてるけど、そこに救える人がいるなら俺は充分だと思ってる……>

<……至急、至急!こちら本部長の服部!本部より周辺警察皆へ告ぐ! たった今、警察本部に『ソサエティ』と名乗るテログループから爆破予告が届いた!……>

<……それにしても、よく当たりますよね。黒野さんのその“直感”……>

<……市民を守る警察の諸君。限られた時間の中で見事市民を避難させている様だな。……さぁ。ゲームの始まりだ……>

<……“お互い”大変な事に巻き込まれたな……>

<……山本さんが来てくれてとても心強いです。“親子共々”ご迷惑をお掛けますが、お願い致します!……>

<……我々ソサエティはここにいる3人と《《もう1人》》存在する……>

<……あの若い刑事さんの様に、人を思える、強くて優しい人間になってほしいわ……>

<……千歳、教えてくれよ。……お前の“直感”ならどっちだ?……>

<……今回は大分優秀だな。前に死んだ刑事と違って残り時間が20分近くもあるじゃないか……>

<……我々ソサエティは《《これで全員ではない》》ぞ……>

<……どの道生きるか死ぬかです。刑事さんとはいえ、私より若いあなた1人に全てを背負わせたくありません!……>

<……もう1人の仲間も勿論、ずっと《《このゲームに参加》》して貴様らを見ている!……>

<……ハァァァァハッハッハッ!……>




<――ありがとな千歳。お前と出会えて楽しかった。絶対アイツら捕まえてくれよ――>



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「そう言う事か――」 


23 黒の直感・協奏曲


 俺は無意識の内に動き出していた。
 爆弾のある部屋を出て、皆が待つエレベーターの方へ。

 今、俺が“思っている”事が勘違いじゃなかったとしたら――。

「……シン。《 いた》かもしれねぇ……」
「ん? 何だって?」

 何とも言えない感覚に襲われていた俺は、上手く声を出せなかった様だ。俺自身、恐怖なのか高揚なのか分からない震えに襲われているから無理もない。

 向かう歩みを止め、焦る気持ちを抑える。
 俺はゆっくりと深呼吸をしてシンに告げた。

「いるじゃねぇかよ……。事件が起きてからずっと見ている奴が――。
俺ら警察と、奴らソサエティ以外にも……6年前も今も、共通してコレを見ている奴が《他にも》よ……!」
「どういう事だ……⁉」

 シンはまだ俺の言っている意味が分かっていない様だ。そりゃそうか。そもそもまだコレが合ってるかも定かじゃない。仮にそうだったとしても、それは余りに信じられない出来事だ。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
<……アイツは俺達以上に“狂っている”からな!……>
ーーーーーーーーーーーーーーーー

 奴らの言葉が頭を過る。
 コレが真実なら、奴らの言う通り、本当に狂ってやがる。

 俺のこの直感が……俺の“記憶”が正しければ……。
 爆弾の製造者である最後の1人は――。

「シン。6年前にあのビルにいた……俺と取り残されえて人質となった、《被害者》達の身元を確認してくれ! 急げ!」

 
 そうだったのか。

 あの時も今も、ずっと残っているこの嫌な感覚の正体。

 ソサエティを見つけて、奴らを捕まえれば消えるだろうと思っていたこの感覚。

 全ての答えが分かった――。

 あれから6年もかかってようやく“お前”に辿り着いたみたいだ。

 ほら。

 その証拠に、ずっとはまらなかったピースがようやくハマった様なこの感覚。ずっと残っていた不快な違和感が嘘みたいにスッキリした。

「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」

 爆弾の部屋からこのエレベーターまで、全く大した距離じゃないのに、俺はいつの間にか呼吸が荒くなっていた。

「どうしたんですか刑事さん」
「爆弾は⁉ 爆弾はどうなったんですか⁉」
「犯人は捕まったのか?」

 目の前にいる5人の人達。皆が一斉に俺の方を見ている。1人はラフな格好をした大学生ぐらいの男の子。そしてその横に30前後の女性が1人と、杖をついた70代ぐらいのお婆さん。そしてスーツを着たサラリーマンと思われる男の人が2人。

「皆さん安心して下さい。爆弾は解除され、もう直ぐ外に待機している警察が助けに来てくれますので」
「本当に⁉ 良かったぁ。安心したわ」
「ふぅ~。全く、寿命が縮まったぜ」
「本当ですよ。爆弾なんて余りに現実味がない」

 皆が口々に安堵を漏らす中、耳元でずっと待っていたシンの声が響いた。

「――あったぞ千歳! 6年前にお前と同じビルに取り残された被害者達の身元情報。今携帯に送ったから確認してくれ。急げ! 時間がないぞ!」

 爆破まで、残り2分――。

 いた。やっぱりそうだったか――。

 シンから送られてきた被害者達の身分証。

 ここにしっかり“映ってる”。

 今俺の“目の前に”いるアンタの面が、6年前に記録された被害者の身元情報にはっきりと残っているぜ。

 あの時から若干老け込んだ、テメェのその“面”がな――。
 

 





「《婆さん》……」




 ……………………カチャ……!

 
 俺は銃を抜き、その銃口を婆さんの額にピタリと当てた。
 

「見つけたぜ……。爆弾製造者――」


24 黒の直感・鎮魂曲


「――まさか……⁉」

 電話越しでシンがそう呟いていた。突然動き出した俺の行動に、シンは勿論本部まで慌ただしい様子になっていたが、そのシンの声も本部の慌ただしい音も、俺の耳には何も入ってこなかった。

 爆破まで、残り1分――。

 皆が困惑するのも分かる。俺だって未だに信じ難い。

 こうして銃口を突き付けている今この瞬間もな――。

「テメェなんだろ? ソサエティ最後の1人……」

 俺はどんな顔をしている?

 鏡がないからいちいち確認なんかしていられないが、俺がどんな表情をしているにせよ、テメェがその顔をするのは可笑しいだろうが。あぁ? 何“笑って”やがるこの婆。

「け、刑事さんッ⁉」
「何しているんですか!」
「何故お婆さんに銃をッ⁉」

 残った人達も困惑している。
 そりゃそうだよな。刑事がいきなりお年寄りの額に銃向けてるんだから。

 不気味な笑みを浮かべた後、奴は俺の目を真っ直ぐ見つめ返しゆっくりとその口を開いた。

「――ヒッヒッヒッヒッヒッヒッ。なんだ……遂にバレてしまったかぃ。良く気付いたねぇ」
「くだらねぇゲームは終わりだ。爆弾を今すぐ止めろ。頭撃ち抜かれたくなかったらな」

 婆さんの返事が返ってくる僅か数秒が、もの凄く長く感じた。

 残り30秒――。

「どうやら本当に終わりの様だねぇ。他の奴らも捕まったんだろう? ヒッヒッヒッ。惜しかったねぇ。まぁ十分楽しませてもらったよ。長生きもしてみるものだねぇ」
「グダグダお前の遺言聞いてる暇はねぇ。直ぐに止めなきゃ殺す」

 ――ガチャ……。
 ハンマーを起こすと同時にシリンダーが回転する。
 俺はそのまま再度引き金に指を掛けた。

 脅しではない。

 次止める素振りを見せない様なら撃つ――。

 そう思った瞬間、婆さんが何かを取り出した。

「コレが爆弾の停止スイッチさ。まさか《またアンタ》とはね。ヒッヒッヒッ。年甲斐もなくゾクゾクしたよ。何十年ぶりだろうかねぇ」

 残り10秒――。

「さっさとソレ渡しやがッ――⁉」

 俺が婆さんから停止スイッチを取ろとした刹那、婆さんがまた不気味な笑顔を浮かべながら、スイッチを俺の後方へと投げ捨てた。

「テメッ……!」
「ヒッーヒッヒッヒッ! 楽しかったわぃ! 拾って間に合えば、正真正銘お前さんの勝ちじゃ!」

 ……チーン!

「――⁉」

 アイツいつの間にエスカレーターまでッ……!
 俺が数メートル先のスイッチを拾おうと走り出した瞬間、今まで止まっていた筈のエレベーターの扉が開いた。

 婆さんの姿を最後に確認したのが、そのエレベーターに乗り込む後ろ姿だった。

 残り5秒――。

「……間に合えッ……!」

 ――ピッ……。

「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……!…………止まった……?」

 停止スイッチを拾ったと同時、直ぐにそのスイッチを押した。

 思いっ切り廊下に飛び込んだ俺はうつ伏せの様な態勢。持っていた銃と携帯も、いつの間にか手から離れ廊下に転がっていた。俺はそのスイッチを持ちながら、急いで落ちた携帯を手に取った。

「爆弾は……⁉ 爆弾はどうなった⁉」

 その問いかけに、直ぐにシンから返事が返ってこなかった。
 相変わらず、何やら慌ただしい音だけが聞こえてくる。

「お、おい……おいシンッ! 返事しろッ! 爆弾はどうなった! 碧木は無事なんだろうなッ!」

「――うるさいな。そんなに叫ばなくてもスピーカーになってるからちゃんと聞こえてるよ」
「シン……」
「よくやったな千歳! 爆弾は無事止まったぞ! 聞こえるか? 本部中からのこの“歓喜の声”が!」
『『ワアァァァァァァァァ!!』』
「安心しろ。碧木刑事も無事だ」
「よくやったわね黒野君!」
「遅いんだよ。また爆破してたらどうするんだ」

 山本さん……藍沢さんに水越さんも……。
 その声を聞いた瞬間、全身の力が抜けた。

「あ、やべぇ! 婆さんどうなった⁉」

 忘れる所だった。
 今さっきエレベーターに乗って逃げた筈。

「大丈夫だよ。ほら」

 シンはそう言って、携帯の画面で本部に映し出されている映像を映した。

<――妙な動きをするんじゃないぞ! そのまま両手を挙げてゆっくりこちらに来い!>

 そこには、シティホテルのロビーが映し出されていた。SATから送られているリアルタイムの映像。ここのシティホテルのロビーのエレベーターから、あの婆さんが両手を挙げてゆっくりと降りてくるところだった。

<よし。そのままこっちへ歩いてきなさい!>

 取り囲む様にSATが何十人も銃を構えながら婆さんを包囲している。映像が荒く見づらいが、婆さんはまたあの不敵な笑みを浮かべていた。そしてそれを見ていたシンが俺に話しかけてきた。

「完全に終わったな」
「ああ。やっとこの瞬間がきたみたいだ」
「シティホテルもセントラルタワーも無事。今待機していた警察が保護に向かってるよ」
「そうか。これで本当に終わったんだよな」
「現実だぞ千歳。これでやっと一真にもッ……<――待て! 貴様何をする気だッ!>

 突如SATの誰かが荒げた声を出した。
 よく見ると、婆さんの手には何か黒い物体が握られていた。

「ヒッヒッヒッヒッ」
<隊長! 目標対象の手に何か“スイッチの様な物”が握られています!>
「――⁉」

 なにッ……⁉ あの婆さんまさかもう1つ起爆スイッチを……⁉

「ヒッヒッヒッヒッ! 」
<動くな! 少しでも不審な動きをしたら発砲する!>

 そんなSATの警告を無視し、婆さんは両手を挙げたままゆっくり歩みを進めた。

<動くんじゃない!>
「撃ちたいなら撃てばいいわぃ。ほれ、どうした? 撃たぬのか?」
<隊長どうしますか?>
<やむを得ん。本部長! もしこれ以上警告に従わない様であれば、発砲許可を>
「ああ……仕方がないが皆の命を守る為。次の警告でも従わない場合は発砲を許可する」

 ちょっと待て。
 本当に爆破なんてする気なのか……?
 もしそのつもりならばとっくに押してもいい筈だ……。それに、俺に渡した方のこのスイッチは何だ? 実際に爆弾は止まったし、フェイクだとしたら一体何の為に――。

「……そうか。婆さんは初めから“そのつもり”で……」
「どうした千歳」
「シン! 直ぐに発砲を止めさせてくれ! 俺の勘が正しければ、婆さんの持っているスイッチはフェイクだ! 初めから婆さんは“死ぬつもり”だッ……『――バンッ! バンッ!』

 俺とシンの会話を遮る様に、乾いた銃声がその場にいた全員の耳に響き渡った――。


25 再会


 ♢♦♢

~とある霊園~

 
 ソサエティの事件から早くも1週間が経った――。

 日本全土を震撼させた猟奇テログループの事件と逮捕報道は、連日マスコミやニュースでも大々的に取り上げられた。

 取り残された人達も皆無事に解放され、最初の爆破で数名が怪我を負ったものの、その後は誰1人として犠牲者は出なかった。いや……正確には1人だけ出てしまったが、それでも、6年前の様な大きな悲劇が再び起きることなく、警察は今度こそ奴らソサエティを完全に掌握したのだった。

 事件が終わった後も、ここ数日は毎日慌ただしい。
 
 そんな日々が今日で丁度1週間。やっと少し落ち着いて時間が出来た。

「――午後また報告書やらなきゃ。最悪」
「まだその溜めてる癖直らないのかお前。呆れるぞホント」
「甘いな。今回報告書が溜まったのには正当な理由がある」

 時間が出来た俺とシンは、ある霊園に来ていた。事件じゃない。完全に私用だ。
 霊園には当たり前の様にお墓がある。それも数え切れないぐらい。そんな中、俺とシンはある1つの墓の前で歩みを止めた。

「久しぶりだな……って、お前は“初めて”か。千歳」
「ああ」

 俺達の前の墓には“白石家之墓”と文字が刻まれていた。

 一真がいなくなってから6年。俺は1度も一真の墓に来られていなかった。
 来られなかったというより、一真をこんな目に遭わせたソサエティの奴らを捕まえるまでは、ここに来てはいけない気がしていた。

 いつか奴らを捕まえたらここに来ようと思って早6年。随分待たせたな一真。

「今更しんみりするのもどうかと思うぜ俺は」
「してねぇよ。男2人でそんな事してたら気持ち悪いだろ」
「それは言えてる。一真も化けて出てきそうだ」

 そんなくだらない事を言いながら、俺はポケットから1枚の紙を取り出した。

「見ろ一真! 時間掛かったけど、お前との約束守ったぜほら」
「おお。滅茶苦茶びっしり書いてあるなこの“報告書”。お前がまとめたのか千歳」
「当り前だろ。これを仕上げる為に他の報告書全部後回しにしたからな」
「それもどうかと思うぞ。一真も絶対呆れてるわ。俺には分かる」
「馬鹿な事言ってんじゃねぇよ」

 そこからほんの数分、俺達は何気ない会話で盛り上がった。

「――それにしても……まだ“あの時”の映像が頭から離れないよ」
「俺だってそうだぜ。っていうか、アレ見ていた人達は大体そうじゃないか?」
「俺はサイバーテロ課だから普段現場を見る事はあまりないが、お前やSATの人達はあんな大変な所にいるんだな」
「毎回じゃないけどな流石に。アレだって稀な方だろ。いくらSATが出動する事件でも、中々“犯人を仕留める”まではいかないさ」
「だよな。でも、あの時は誰もが撃たないとマズイって思っただろ?」
「そうだな……」

 そう。
 この事件のまさに最後。
 婆さんがSATに囲まれていたあの瞬間。本部長からも発砲許可が出た最後の警告だった。指示通り、SATが婆さんに最終警告をした直後、大人しく降伏するどころか、婆さんは大声で笑いながら皆に向かって爆弾のスイッチを押す素振りを見せたのだった。

 それも一瞬の出来事。
 婆さんが動いたのを見て、反射的にSATの2、3名が婆さん目掛けて発砲。
 撃たれた婆さんは手に持っていたスイッチと自身の体から流れ出る血と共に、ゆっくり地面へと倒れていった。

 爆破のスイッチは、押される前にSATが的確な判断と狙撃で見事に阻止をしたが、その後の調査によると、婆さんが持っていたスイッチは偽物。ただスイッチの形をしただけの玩具同然の物だったと言う。あの時感じた俺の直感通り、婆さんは初めから死ぬつもりだったのだ。

 これも後から分かった事だが、婆さんは病で余命が僅かであったらしい。そしてそれがきっかけで、またこの事件を起こそうと思い立ったと、捕まったソサエティの奴らが供述した。何とも身勝手で決して許される事無い、人の命を弄んだ非情な行為。

 奴らが事件の初めから言っていた。恨みある警察への清算と制裁。
 それも後の彼らの事情聴取や全科から明らかになった事だが、これについては同情の余地がまるで無い。ただ自分達が犯した罪を認められない、警察への逆恨みだった。

 犯行の動機はたかが逆恨み。
 しかし、その恨みや憎しみがこういった形で人の命を奪う凶器に変わると思うと、それはとても恐ろしく軽視など出来ないものなのだ。

 だが、だからと言って婆さんが亡くなった事が正しいとは誰も思っていない。しかしそれと同時に、発砲した事を責める者もまた0だ。あの時あの瞬間、発砲をしたSATの人達の判断は正しかったと思う。

 仕方がない。

 言葉にすると無情にも思えるが、それもまた仕方がない。それ以上もそれ以下もないのだ。少なからず、多くの人の命を奪ってしまったのもまた事実なのだから。

「刑事になって色々な人に出会ったけど、いつまで経っても、人が人の命を奪う事に理解は出来ない。そこにどんな理由や真逆の価値観があろうと、それをやる権利は誰にも無いだろ?」
「そうだな。その勘違いの権利を人に振りかざす事を防ぐのが、俺達警察の務めだ。これから先も、無意味な犠牲者は出てほしくないし出したくない。救える人は限られているかも知れないが、それでも目の前の人を救えるならそれでいい」
「おいおい、何急に語り出してるんだよ。お前も“詩人”希望なのか? 恥ずかし」
「なッ⁉ お前が先にしんみり感出して浸っただろ今!」
「いや、そんな事してねぇし。マジで恥ずかしいわ~。俺だったらそんな生き恥曝して生きていくのなんて無理だな」
「ふざけんなッ!」

 ――プルルルル……プルルルル……!
 2人で話していると徐に携帯が鳴った。

「鳴ってるぞ」
「ああ。……もしもし、こちら黒野。どうした?」

 掛けてきた相手は碧木だった。

「どうした? じゃないですよ黒野さん! 何処ほっつき歩いているんですか!」

 何故いきなり怒られているんだ俺は。しかも後輩に。

「相変わらず元気一杯だな、お前の後輩は」

 碧木の声が余りに大きかったのか、横にいたシンにも聞こえた様だ。

「何だよいきなりお前は。早く用件を言え」
「呑気な事言ってる場合じゃないですよ! 今特殊捜査課に立てこもりの通報が入りました! 直ぐに現場へ向かって下さい! 私も向かっています! 場所は携帯に送りましたからね! 急いで下さいよ!」

 そう言って電話が切れた。

「ったく、これが後輩の態度かね?」
「いいから早く現場に向かえ」
「そうだな。ササっと捕まえてくるわ」
「報告書も溜まってるしな」
「げッ、忘れてた。ちくしょ~……まぁそんなのは後だ。またなシン!」
「ああ。用心しろよ」
「分かってる。お前も詩人に転職する準備でもしとくんだな」
「うるせぇ! さっさと行け!」

 俺は車に乗り込み、直ぐにパトランプを付けエンジンを掛けた。
 ――ブォォォンッ!

「よし。行くか――」




 【完】


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?