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瀬戸内国際芸術祭を訪れて、ここに医療の未来があると確信した話

それは、衝撃の3日間だった。
多忙極める社会人3年目の貴重な夏休みを当ててもなお、贅沢な時間だったと思えた。
次から次へと訴えかけてきたメッセージ達は、私の心を揺さぶり掴んで離さない。

頭の処理が追いつかない。

この体験が私の人生と価値観に、少なからず影響を与えたことは間違いない。
しかし残念ながら、私にはこの経験をすぐに言語化できるほどの能力はなかった。

日常生活の中でようやく頭の整理がつき始め、
重い筆を取る覚悟ができたのは1ヶ月以上経ってからだ。

現在通っているライティングゼミでは、
「後で書くと頭の中のイメージは劣化してしまう」としつこく言われているため、
私はとんでもない禁忌を犯してしまっている訳だ。
どうか今回ばかりは許してください先生……
その理由はこの文章を読んで頂ければ、きっとわかると思います……

私が訪れたのは瀬戸内国際芸術祭だ。
瀬戸内海の島々を舞台に3年に1度開かれるアートの祭典である。
芸術祭としては日本の中でも規模・知名度共に最も大きな芸術祭の1つだろう。
「瀬戸芸」の愛称で呼ばれており、文中でもこの呼び名を使おうと思う。

年に数回美術館を訪れる程度でそこまでアートに詳しくない私でも「瀬戸芸」の名は聞いたことがあった。
3年毎の開催で行く機会はなかなか掴めず、ようやくチャンスが巡ってきたのだった。

10月も終わりにさしかかる頃、待望の瀬戸内海のアート旅に漕ぎ出した。

瀬戸芸では、日程に余裕があれば巡る途中の各島に泊まるのも楽しい。
私は瀬戸芸が始まる以前からアート活動が特に盛んだった直島に宿を選び1泊した。
結果的に訪れた島の中で1番長く滞在したが、直島から1番大きな衝撃と示唆をもらうことになった。

その理由は、泊まることで一時的でも島での生活を過ごしたことによる。
そう、直島ではアートが生活に深く根付いているのだ。
しかし、この言葉だけで納得しないで欲しい。

私達は普段、日常生活でアートに触れることはあまり無いと思う。
しかし、この島ではあまりに巧妙に日常生活の動線上にアートが仕組まれているのである。

その代表作品が「I ♡ 湯」だと思う。
一見すると、入り口にネオンが輝き、浴場の真ん中の間の壁に実物大の象が鎮座し、
ケバケバしいアート建築に見えるかもしれない。

しかし実際に入浴してみると、
随所に直島の歴史や文化を伝えるアートが取り入れられていることに気が付く。
何より、観光客と一緒に入る地元の人達が何も違和感なくくつろいでおり、
浴槽では隣に浸かる外国人よりもずっと気持ちよさそうな顔でいる。
彼らと一緒にいると、私もお湯の中でアートを鑑賞しつつも銭湯そのものにも違和感なく癒されていた。

私は銭湯に入った後でこの作品の成り立ちを知り、
ここまで自然に生活に溶け込むことができた理由に納得できた。

「I ♡ 湯」は、高齢化が進む島でお風呂に入れないお年寄りが増えてきたことで、
島になかった銭湯へのニーズが高まり生まれたそうだ。
ある日、瀬戸芸では名の知られたアーティストの大竹伸朗氏の元に、
「銭湯に興味はあるか」という連絡が入り、
彼は銭湯を作ったことなどなかったけれど「あります!」と即答したらしい。

結果的に、日常の風呂場として島民を癒す目的と、アートで来外者を癒す目的が共存する場が生まれた。
館内には直島を舞台にした昭和の映画作品のブロマイドなどが飾られ、
島のお年寄りが親しみやすい工夫がなされている。
一方で、白黒の映画写真は平成生まれの私や外国人観光客にとっては見慣れないもので、
脱衣所で裸の自分と昭和の映画スターが対面すること自体、非日常的なアートになる。

この日常と非日常の共存こそ、私にとっては何よりも衝撃だった。
衝撃からしばらくして、このアイデアは、私のライフワークである医療にも通じるインスピレーションだと感じ始めた。

医療もまた、健康な人にとっては日常生活で出会わないものだろう。
しかし、健康な人たちこそ病気になる前から医療に触れていて欲しいと私は思う。

病院で働いていると、病気が進行してから受診したり心と身体の間の症状で苦しんでいた人などと多く出会う。
確かに「私は病気かも」と本人が思い病院を受診するまでは相当な決意が必要だが、
日常生活の中で医療に触れる機会があれば、周囲が気づけていたかもしれないと感じるのだ。

「I ♡ 湯」は「日常生活の動線上に医療の接点をデザインする」という私の命題を見事に捉えていた。

「I ♡ 湯」と似て、私の課題感にも挑戦している銭湯がある。
東京の高円寺にある「小杉湯」で、
医療者と協力して「小杉湯健康labo」など銭湯に入る目的に
医療を接続する活動を3年ほど前から続けている。

仕掛け人である小杉湯3代目当主の平松さんは、ある講演で、
「斜陽産業と言われる銭湯業界で生き残るため」の救いの一手を探す中で、医療と出会ったという。

「I ♡ 湯」の話ととても似ているじゃないか。

非日常であるアートも医療も、日常のニーズを丁寧に聞き集めたから融合できたのだ。

小杉湯で感じていた仮説は、「I ♡ 湯」との衝撃の出会いを通して確信に変わった。

瀬戸芸では数えきれない作品を見たが、「I ♡ 湯」に限らず、
すでにある古民家をアートとして再生した「家プロジェクト」や、
元パチンコ屋を変幻自在なアートテーマを通して集える場にした「瀬戸内「」資料館」など、
医療がもっと日常に接続するヒントをいっぱい得られた。

医療もアートに負けていられない。
もっと日常の動線上に接続し、そしていつかアートとも協力して生活を豊かにできるだろう。


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