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抜粋『人生論ノート』~その1~

終戦直後のベストセラー、三木清氏の『人生論ノート』を読了したので、私の琴線に触れた部分をただ抜粋します。ああ長かった。

三木清氏は哲学者だそうです。
本の内容はタイトル通り、さまざまな角度から人生観を語っておられます。
哲学者や思想家の本は難解すぎてチンプンカンプンだったり、どこか上から目線で鼻につく文章だったりすることがままありますが、本著はそんなことありません。
大変読みやすく、ほとんどは時代を問わず応用できる内容だったと思います。

では早速まいります。


■死について

私はあまり病気をしないのであるが、病床に横になった時には、不思議に心の落着きを覚えるのである。病気の場合のほか真実に心の落着きを感じることができないというのは、現代人の一つの顕著な特徴、すでに現代人に極めて特徴的な病気の一つである。

心の平穏が病床でこそ得られるというのは、考えてみれば確かに変な話ですが猛烈に共感しました。
病気になって人生観が変わりました、といった話はよく耳にしますが、病気になって病気だったと気づいた、と言い換えられるのでしょうか。
『もし今日が人生最後の日だとしたら、私は今日やろうとしたことを本当にやりたいだろうか』
このスティーブ・ジョブズの有名なスピーチの一節も、現代人だからこそ響くのかもしれません。


私に真に愛するものがあるなら、そのことが私の永生を約束する。

執着するものがあるということは、死後自分の帰ってゆくべきところがあるということである。――という件の末尾の一文。
虚無の心では人間は却って死に切れないと、死に際しての執着を否定しない視点が興味深かったです。


観念の力に頼って人生を生きようとするものは死の思想を掴むことから出発するのがつねである。すべての宗教がそうである。

本著で扱う最初のテーマが「死について」であることは、この一文の意味するところに因るのではないでしょうか。


■幸福について

我々の時代は人々に幸福について考える気力をさえ失わせてしまったほど不幸なのではあるまいか。幸福を語ることがすでに何か不道徳なことであるかのように感じられるほど今の世の中は不幸に充ちているのではあるまいか。しかしながら幸福を知らない者に不幸の何であるかが理解されるであろうか。

本著が書かれたのは1938年から1941年だそうですが、発売されベストセラーになったのは戦後です。
戦中、そして戦後の混乱期を生きた当時の読者の心情を想像してみると、『幸福を語ることがすでに何か不道徳なことであるかのよう』という部分は痛烈に刺さったのではないかと思いました。
現代は「考える暇があったら戦え、働け」の時代ではないでしょう。私は良い時代に生まれることができたと感じ入ります。

『幸福を知らない者に不幸の何であるかが理解されるであろうか』の部分は、現代人には逆にしたほうが刺さるかもしれませんね。
不幸を知らない者に幸福の何であるかが理解されるであろうか、と。


幸福の要求がすべての行為の動機であるということは、以前の倫理学の共通の出発点であった。現代の哲学はかような考え方を心理主義と名づけて排斥することを学んだのであるが、そのとき他方において現代人の心理の無秩序が始まったのである。
――(中略)――
幸福論を抹殺した倫理は、一見いかにして論理的であるにしても、その内実において虚無主義にほかならぬ。

具体的なノウハウとか役立つロジックを脳に流し込んでいると、目的見失いがちですからね。
ゴールとしての幸福を自分なりに定義しなくてはいけませんね。
著者は、主知主義(人間の精神を理知・意志・感情に三分割した時に理知を重視する立場)にこそ幸福論が必須であると述べています。


我々は我々の愛する者に対して、自分が幸福であることよりなお以上の善いことを為し得るであろうか。

子どもの一番の幸せは親の笑顔であるとか、デートは自分が楽しめば相手も楽しいとか、似たような事例をいくつか思い出しました。


■習慣について

習慣こそ情念を支配し得るものである。
――(中略)――
私が恐れるのは彼の憎しみではなくて、私に対する彼の憎しみが習慣になっているということである。習慣に形作られるのでなければ情念も力がない。

情念が習慣化する典型がストーカーの類と考えるとイメージしやすかったです。怒りや憎しみが習慣化している人は結構多いように思います。
ただ、なにも負の感情だけの話ではなく、例えば毎日子どもの世話をする母親の情念もまたすごいのです。


どのような天才も習慣によるのでなければ何事も成就し得ない。

今もビジネス書を開けば地道な積み重ねが近道という言葉が必ずと言っていいほど出てきます。本著が書かれてから半世紀以上たっているわけですが、賢者の言うことは似るのですね。
イチローが毎日カレーを食べるといったような、成功者が生活をルーチン化する話もよく聞きます。精神面においても、習慣は自身をコントロールしやすくするのでしょう。



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