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抜粋『人生論ノート』~その3~

終戦直後のベストセラー、三木清氏の『人生論ノート』を読了したので、私の琴線に触れた部分をただ抜粋します。
その1はこちら。


■怒ついて

我々の怒の多くは気分的である。気分的なものは生理的なものに結びついている。従って怒を鎮めるには生理的な手段に訴えるのがよい。
――(中略)――
その生理学は一つの技術として体操でなければならない。体操は身体の運動に対する正しい判断の支配であり、それによって精神の無秩序も整えられる。情念の動くままにまかされようとしている身体に対して適当な体操を心得ていることは情念を支配するに肝要なことである。

スポーツもそうですが、私は座禅やヨガを連想しました。


ひとは軽蔑されたと感じたとき最もよく怒る。だから自信のある者はあまり怒らない。彼の名誉心は彼の怒が短気であることを防ぐであろう。ほんとに自信のある者は静かで、しかも威厳をそなえている。それは完成した性格のことである。

ニーチェの「力への意思」に近い考え方かと思いました。人間を動かす根源的な動機は「強くありたい」意思である、というアレです。
例えば、誰かに挨拶されなかったことを「常識がないヤツだ」と怒る時、実は常識うんぬんは関係なく、単純に「自分が無視されて悔しいから」怒るのだとニーチェは考えました。
「完成した性格」とは、人間の行動原理を超越したところにあるのでしょうか。


■人間の条件について

生命はみずから形として外に形を作り、物に形を与えることによって自己に形を与える。

その2の「虚栄について」の章で、『創造的な生活のみが虚栄を知らない』
という文言を紹介しました。
それとも通ずる一文だと思います。


以前の人間は限定された世界のうちに生活していた。その住む地域は端から端まで見通しのできるものであった。その用いる道具はどこの何某が作ったものであり、その技量はどれほどのものであるかが分かっていた。また彼が得る報道や知識にしても、どこの何某から出たものであり、その人がどれほど信用できる男であるかが知られていた。
――(中略)――
現代人は無限定な世界に住んでいる。私は私の使っている道具がどこの何某の作ったものであるかを知らないし、私が拠り所にしている報道や知識もどこの何某から出たものであるかを知らない。
すべてがアノニム(匿名)のものであるというのみでない。すべてがアモルフ(無定形)のものである。かような生活条件のうちに生きるものとして現代人自身も無名な、無定形なものとなり、無性格なものとなっている。

全然本著と関係ないですが、確か岡田斗司夫氏がモダンホラーについて言及した際、社会が上記のように変化したことで生じた「得体の知れない隣人」の存在がモダンホラー誕生の根底にあると述べていました。


今日の人間の最大の問題は、かように形のないものから如何にして形を作るかということである。


■孤独について

孤独は山になく、街にある。一人の人間にあるのではなく、大勢の人間の「間」にあるのである。


■嫉妬について

嫉妬は、嫉妬される者の位置に自分を高めようとすることなく、むしろ自分の位置に低めようとするのが普通である。それは本質的には平均的なものに向かっているのである。この点、愛がその本性においてつねにより高いものに憧れるのと異なっている。

嫉妬した時点でどこか負けを認めているものですよね。


特殊的なもの、個性的なものは嫉妬の対象とはならぬ。嫉妬は他を個性として認めること、自分を個性として理解することを知らない。一般的なものに関してひとは嫉妬するのである。これに反して愛の対象となるのは一般的なものでなくて特殊的なもの、個性的なものである。

なるほど。自分より一万円給料の多い同僚には嫉妬しても、何億も稼ぐ映画スターには嫉妬しませんからね。

愛が嫉妬に変わる時は、相手の個性が、あるいは自分の個性が、認識として一般化したということでしょうか。それはもう愛が嫉妬に変わったというより、愛するに値しなくなったと考えた方がよさそうです。


功名心や競争心はしばしば嫉妬と間違えられる。しかし両者の差異は明瞭である。まず功名心や競争心は公共的な場所を知っているのに対し、嫉妬はそれを知らない。嫉妬はすべての公事を私事と解して考える。嫉妬が功名心や競争心に転化されることは、その逆の場合よりも遥かに困難である。
嫉妬心をなくするために、自信を持てと言われる。だが自信は如何にして生ずるのであるか。自分で物を作ることによって。嫉妬からは何物も作られない。人間は物を作ることによって自己を作り、かくて個性になる。個性的な人間ほど嫉妬的でない。個性を離れて幸福が存在しないことはこの事実からも理解されるであろう。

本著はどの章にもたびたび「物を作れ」「創造しろ」といった主張が登場します。著者にとって物を作ることは、(どの角度から考えてみても)人生を生きるにおいて欠かせない行為のようです。



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