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伝統工芸SF百合小説のこぼれ話/鉄器風鈴・御殿風鈴

本年ようやく「風令師椿」という百合小説を一冊の電子書籍にまとめることができました。伝統工芸を素材にした百合の話を書きたいと思い立ったのが2008-2009年頃でしたから随分時間がかかりました。伝統工芸を素材にした百合の話を書きたい。なるべく東西南北を網羅できるような話がいい。そんな一心で書いたお話です。

風令という魔法道具を結び目として全国を巡る大河年の差百合小説です

ただ、この記事の主旨はどちらかといえば百合とかどうとかいうよりも、御殿風鈴と南部鉄器が素晴らしいという話に終始します。

伝統工芸

伝統工芸と呼ぶ場合、おおまかには長い間伝統的にその土地の人々と技法と素材によって作られてきた手工芸品、という解釈になるようです。『伝統的工芸品産業の振興に関する法律』という法がありまして、その法律では厳密な伝統工芸品と指定されるための要件が記されております。

もちろん、法律の要件を満たさない品は伝統工芸と呼んではいけない、というものでもありません。

このあとのエピソードにおいて重要なお話であるため、太字で記しました。

南部鉄器

岩手には南部鉄器があり、自分の作中では鉄器風鈴を主に描いています。実際の南部鉄器では風鈴よりも鉄瓶が主な名産品です。最近だとザク頭部を象った南部鉄瓶や、鍋や湯沸しなどにいれて鉄分が補給できるアマビエ南部鉄器などが話題になっています。

南部鉄器と総称されていますが、主に盛岡と水沢に由来が求められるようです。完全に勉強中ですが、どちらもその土地の有力者(水沢は平安後期に藤原清衡が、盛岡は慶長年間/安土桃山~江戸時代に盛岡藩主南部氏)がそれぞれ技術者(鋳物師)を招き、その庇護の下に培われた産業でした。

鉄器風鈴の音は素晴らしく良いです。風鈴といえば硝子風鈴しか知らなかった人間でしたので、初めて聞いたときには震えました。硝子風鈴は明るさで涼しさを演出しますが、鉄の鳴る音には冷気そのものが宿っている。高温から生まれたのにどうしてこんなに冷ややかなのかという不思議を覚えます。何故百合小説を書こうとして南部鉄器について力説することになっているのかはよくわかりませんが、南部鉄器そのものの重さや厚み、そして重厚さ…重さと厚みには森閑とした魅力があるのです。

 御殿風鈴

南部鉄器と併せて全国の風鈴について調べるうちに、小田原にも風鈴があることを知りました。鉄でなく、銅と錫を主とした砂張という合金の風鈴です。場所も小田原ですからもう別物です。

神奈川にも鋳物業はあり、平安末期には確認されていたようです。このあたりは全くの勉強中ですが、小田原の鋳物業は、北条氏の進出に伴い河内国(大阪府)から移住してきた山田治郎左衛門が始めました。wikipedia調べと言いたいところですが、どちらかというと小田原市の公式情報です。

その後時は流れ、明治時代、山田氏は東京に進出したそうで、もともと大久保氏に従属し小田原の鍋町に移住し鋳物を営んでいた柏木家が山田家の設備をそっくり譲り受けたそうです。完全に小田原市の公式情報の受け売りです。

小田原で唯一、今でもその鋳物業を営んでいるのが『柏木美術鋳物研究所』です。こちらの工房兼店舗を訪れて実際に砂張風鈴を見聞し入手したのですが、とにかく素晴らしい品で推したい風鈴です。推したい風鈴とは何なのかよくわかりませんが、天に響く音といった風情で往生してもいいかなという陶酔を感じます。もとは仏具として使われる『おりん』を扱っていた工房だそうで、確かにそうであったことの感じられる清らかな響きがあるのです。

御殿風鈴については、また別のお話があります。

その前に、『伝統的工芸品産業の振興に関する法律』についての話をしておきます。この法律では「経済産業大臣は、産業構造審議会の意見を聴いて、工芸品であつて次の各号に掲げる要件に該当するものを伝統的工芸品として指定するものとする。」と記されています。「次の各号」には

一 主として日常生活の用に供されるものであること。
二 その製造過程の主要部分が手工業的であること。
三 伝統的な技術又は技法により製造されるものであること。
四 伝統的に使用されてきた原材料が主たる原材料として用いられ、製造されるものであること。
五 一定の地域において少なくない数の者がその製造を行い、又はその製造に従事しているものであること。

とあります。

御殿風鈴、小田原の鋳物業はこの「少なくない数の者」という定めからは外れるので伝統工芸品に指定される可能性は低そうです。けれど他の側面からみれば充分、伝統工芸品と呼んで差し支えない品と感じます。

一時、この小田原の風鈴が手工芸ではない手法(デジタル技法)で模倣され、「小田原風鈴」という名産品であるというふれこみで偽物がでまわったことがあったようです。取材中に明らかに伝統工芸としてはそぐわないはずのデジタル手法を前面に出している業者のホームページを見つけたのですが、その不自然さに疑念がありました。それはやはり偽者の仕業で、実際にまがい物として出回った時期があり、某百貨店のバイヤーがそれを工芸品として売り出してしまったことすらあったそうです…。工房でそのお話を聞き疑問が氷解したのですが、ゆ、許せん…。

ある程度完成した品なら、確かにそれはひとつの土産物として売れてしまう。仮に伝統工芸と言いさえしなければ偽者であると断じることも難しい。そのあたりが非常に巧妙で卑怯な手口なのです。

デジタル技法である時点で、断じて伝統工芸品ではありません。民芸品としては扱えるかもしれない。一定数の事情を知らない素人なら伝統工芸と錯覚して求めてしまうでしょう。私自身も素人ですから、もしその品だけ見せられてデジタルで制作されたと言われなければわからないかもしれません。

ここからはあくまでも推測ですが、もし小田原の鋳物業が伝産法の指定を受けていたら起こらなかった被害かもしれません。「少なくない数の者」という要件は、今の時代、厳しすぎる要件ではないか…と、ふと感じたものです。

自分の作中にもまがい物を出す業者が登場するのですが、取材前に当作品の草稿は完成しており、着想元は赤福の偽装表示でした。事実は小説より奇なり、伺った折には胸が痛くなりました。業者を断定、糾弾することもできない状況下でお店の方に「何が本物かを覚えておきます」とお伝えするのが精一杯でしたが、覚えておいてね、と笑顔で返してくださいました。

そういうわけで、小田原の鋳物の風鈴、といった場合、小田原風鈴でなく呼び名は『御殿風鈴』でチェックしよう! というお話でした。

記事の出典元を掲載しておきます↓
小田原市 | 技人 www.city.odawara.kanagawa.jp


「風令師椿」はこちらから読めます。

まったく話の内容など記す流れになりませんでしたが「風令師椿」はこちらです。

定価がお高めですがkindle unlimitedでも読んでいただけます。表紙は弥生しろ様です。

あらすじなどを見ていただき(リンク先に跳んでね…!)、ご興味ありましたら、読んでやってくださいましたら大変嬉しゅうございます。百合です。

余談

ここから下は「風令師」について追加で(800字くらい)語っています。拙作を支援したい! と思ってくださる方はよろしくお願い申し上げます。

創作に於いてでたらめを作るのが大事という話をしております。

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