見出し画像

キリル・セレブレンニコフ『LETO -レト-』統制社会を皮肉るロックMVという映像のアナーキズム

横領容疑で自宅軟禁にあっていたセレブレニコフは昨年のカンヌ映画祭に出席できなかった、というのがNetflix締め出し問題とジャファール・パナヒ渡航禁止問題の裏側で起こっていた一つの事件だった。どうせロシアなのでそういうことなんだろうけど、何が発端であるかはよく分からないので割愛。私にとって重要なのは、それによってセレブレニコフを知り、ロズニツァと共に今年をロシア映画イヤーにするきっかけを作ってくれたのだ。

画像1

映画はヴィクトル・ツォイ、ミハイル"マイク"ナウメンコ、マイクの妻ナタリアの三角関係を中心に80年代ソビエトのロック界隈を描いている。

ヴィクトル・ツォイは、ソ連崩壊直前の80年代後半に大人気となった伝説的ロックバンド"キノー"のボーカルで、現在にも多くの遺産が残っている。キノーはソ連唯一のレコード会社メロディヤと契約しておらず、完全アンダーグラウンドで活動を開始し、セルゲイ・ソロヴィヨフ『Assa』への出演によって全ロシアに知れ渡ることになった。その後1990年にツォイが28歳の若さで亡くなるまで人気は衰えること無く加熱する一方だったらしい。キノーはツォイ、アレクレイ・リュービン、オレグ・ヴァリンスキーの三人で1982年に活動を開始。しかし、オレグが徴兵のためすぐに脱退してしまい、同じくアングラ音楽活動をしていたボリス・グレベンシュチコフを仲間に入れることにする。やがて、作詞作曲を担当するツォイとライブやレコーディングのアレンジを担当するリュービンの間で軋轢が生じ、リュービンは1985年にバンドを脱退している。
マイク・ナウメンコもソ連の伝説的ロック歌手であり、作中の時代では既に大物アングラロック歌手だった。早い段階からツォイやキノーとも関係が深かったことが本作品で伺える。ただ、酒癖が悪かったらしく、結局妻に棄てられ、36歳で亡くなっている。

冒頭、トイレの窓からライブ会場に忍び込んできた少女たちが舞台裏から会場に回り込み、カメラがマイク・ナウメンコのとこまで這うように近付く長回しですぐに引き込まれる。ソ連の空気を纏った外界から熱気を帯びたロック・コンサートまでを裏方をしっかり写しながら長回しで捉えることで、その精神的連続性を提示する。少女たちは画面から消え、これから始まるナウメンコの物語に釘付けになってしまう。そして、この長回しはラストシーンでも違う形で反復される。

本作品では、時間が全くと言っていいほど提示されない。実際にキノーやナウメンコ夫妻を知っている人であれば、ヴァリンスキーの徴兵やナタリアの出産などで現実とリンクさせたり、或いはそれらの時間経過を表すイベントを繋いで一つのリニアな物語を作ったりすることは可能だ。しかし、本作品の本質はそこにはない。キノーやマイク・ナウメンコの映画の映画なのに、彼らの曲はほとんど使われず、見せ場となるシーンでは、当時西欧で流行っていたトーキング・ヘッズ『サイコキラー』やイギー・ポップ『パッセンジャー』が流れ始めるのだ。しかも、それらは唐突にカラーになったり、映像に落書きしたり、横に歌詞が出てきたり、バスに乗っている人が歌い始めたり(勿論全員英語で)、『キートンの探偵学入門』のようにスクリーンに侵入したりするメタ的な描写はMVのように自由な表現を可能にし反骨精神を可視化する。そして、Aleksandr Kuznetsov演じる"懐疑論者"と呼ばれる男が、第四の壁を唯一壊せる男として事ある毎に登場し、"これは現実では起こらない"と説明することで時代を超えた文化統制の批判が花開く。ロックが本来持っていた反権力的な側面がアナーキーな映像のなかに花開き、いとも簡単に時代を超えさせる。

元メンバーのボリス・グレベンシュチコフは本作品を観て"徹頭徹尾嘘が並んでいる"と言ったらしいが、"懐疑論者"が頻繁に"これは起こらない"と掲げているように、本作品にバイオグラフィー的な側面を見出そうとするのは間違っている。ツォイやナウメンコの反骨精神を使ったセレブレニコフ渾身の政治批判なのだから。現に批判した監督は捕まっている。ツォイの時代から30年経った今でさえ"これは現実では起こらない"のだ。

※追記
鑑賞してから約1年後に、実際のヴィクトル・ツォイやキノーのメンガーが登場し、本作品の原点とも呼ばれるセルゲイ・ソロヴィヨフ『Assa』を観てみた。ソ連を崩壊させた映画とも呼ばれる、初めてアングラロックをスクリーンに登場させた作品であり、そのエネルギーは凄まじかった。同作の自由なストーリー展開や演出は確実に本作品に受け継がれ、ソ連に対する同作の立ち位置まで受け継ごうとする気迫すらあった。

画像4

・作品データ

原題:Leto
上映時間:126分
監督:Kirill Serebrennikov
公開:2018年6月7日(ロシア)

・評価:100点

・キリル・セレブレンニコフ その他の記事

★ キリル・セレブレンニコフの経歴と全作品
★ キリル・セレブレンニコフ『Playing the Victim』怠惰なハムレットは犠牲者か加害者か
キリル・セレブレンニコフ『Yuri's Day』捨てた生まれ故郷で生まれ変わるとき
★ キリル・セレブレンニコフ『Betrayal』親密な裏切りの果てに
★ キリル・セレブレンニコフ『The Student』一人の不快が皆の不快?
★ キリル・セレブレンニコフ『LETO -レト-』統制社会を皮肉るロックMVという映像のアナーキズム
キリル・セレブレンニコフ『インフル病みのペトロフ家』エカテリンブルク版"ユリシーズ"的ファンタズマゴリア

ロシアとソ連の映画トップ100を全部観る企画

・カンヌ国際映画祭2018 その他のコンペ選出作品

1. ジャファル・パナヒ『ある女優の不在』時代を越えた3つの顔、或いはパナヒ的SF映画
3. ジャ・ジャンクー『帰れない二人』火山灰はいつも最高純度の白色だ
4. ステファヌ・ブリゼ『At War』誰かのピンぼけ後頭部を愛でる映画
8. ナディーン・ラバキー『存在のない子供たち』大人の勝手な都合に抗う決意を下すまで
9. パヴェウ・パヴリコフスキ『COLD WAR あの歌、2つの心』困難な時代の運命の愛について
15. ヤン・ゴンザレス『Knife + Heart』ゲイポルノ界隈から覗くマイノリティの感情
16. キリル・セレブレニコフ『LETO -レト-』統制社会を皮肉るロックMVという映像のアナーキズム

よろしければサポートお願いします!新しく海外版DVDを買う資金にさせていただきます!