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ナディーン・ラバキー『存在のない子供たち』大人の勝手な都合に抗う決意を下すまで

ラバキーだから評価激甘なのは許して。神みたいなデビュー作キャラメルから11年の時を経てカンヌにやって来たラバキーの監督三作目。女性監督、貧困映画、子供映画というカンヌ対策はバッチリな作品だが、ノミネートに全力を尽くしただけだった『バハールの涙』に比べると格段に内容がしっかりしている。貧しい子供カワイソス映画から抜け出そうと躍起になっている感じは伝わったし、実際に抜け出せただけでなく、所謂"ご当地映画"という枠組みからも脱した映画となっていた。

少年が"自分を生んだ罪"で両親を告発するという枠組みから、陳述を回想に利用する裁判劇である。徹底的に背の低い子供目線か、彼すらも仰ぎ見るように撮られているため、ゼイン少年がそうするように我々も広大で邪悪な世界を仰ぎ見るように睨みつけるようにして見つめ、体験し続ける。両親に変わって幼い兄妹たちを散々育て、大好きな妹が売り飛ばされて(『裸足の季節』っぽい)逃げ出した先でもエチオピア不法移民の子供を育て続ける地獄。何かしたいけど何も出来ない、という子供特有の無力感・絶望感が、そのまま中東の現在に重ねられる。数多く貧困映画が作られたけど、本作品での貧困描写は新しいものがあった。特に、鏡で隣の家のテレビを反射させてアニメを赤子に観せつつ、自分でそれにアテレコするとことか、感情がもぎ取れるかと思った。

しかし、ウェルメイドではあるんだが、一つ一つの描写を丁寧に描きすぎた結果、全体のテンポがおろそかになっているのはちょっと残念だった。多分100分に出来たはずだし、エチオピア人不法移民の女性が逮捕されてから赤子と過ごす時間が長すぎる感じは否めない。勿論、子供カワイソスという上から目線ではなく、子供の目線で目の前の壁にどう対処するか躍起になる姿を捉えるのは良いことなんだが。

やがて、嫁にやられた妹が死んだことを知り、妙に優しくしてくれた旦那を刺しに行くゼイン少年。そして逮捕され、適当な慰めを言いに来た母親にブチ切れた少年は両親を訴えることにしたのだ。なるほど、面白い(と言うのは失礼だが)展開である。しかし、それは冒頭で既に提示されている。『ミッション・インポッシブル』シリーズのように、冒頭で何が起こるか提示する割に、全てがあっさりとしていて、伏線の回収にしかなっていない。別にアクロバティックな展開を求めてるわけじゃないんだが、これもモヤモヤする原因の一つ。

ただ、所謂"中東映画"というと、すぐに『パラダイス・ナウ』みたいなご当地映画を思い出すが、本作品ではレバノンの貧困問題を扱いつつ普遍的な題材である"親子関係"に踏み込み、大人の勝手な都合によって踏みにじられる子どもたちを描いているのは評価したいところである。両親たちは環境のせいだと言うが、結局大量の子供を作って働き手としての息子や結婚相手としての娘を"製造"する両親たちは、それで家計が助かるようになる反面、自分で自分の首を絞めているようなものだろう。それがネグレクトに繋がってしまう危うさや責任について、生まれた子供が変えられることは少ないだろう。それを"自分を生んだ罪"で告発させることに代表させるのは非常に賢い設定じゃないか。

スパイダーマンのコスプレした老人がバスの隣の席に座り、"いや、俺は本人じゃない、ゴキブリマンだ"と言うシーンから観覧車を経て不法移民の女性にたどり着くまでは非常にキレイだった。しかし、『キャラメル』がもっと魔術的な魅力を放っていたことを考えると、本作品はカンヌ対策をバッチリとしたウェルメイドな作品にしか見えない。結構期待してたんだが、大傑作とまではいかなかったかな。

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・作品データ

原題:Capharnaüm / Capernaum
上映時間:126分
監督:Nadine Labaki
公開:2018年9月20日(レバノン)

・評価:80点

・カンヌ国際映画祭2018 その他のコンペ選出作品

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