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少しずつ伝播浸透させメンタリティとして根付かせる(DX推進のポイント)

  本連載では、「デジタル思考とデータドリブン・マーケティング」というテーマに焦点を当て、アナログとデジタルの判断の違いやデータの特性や活用上の課題、DXを推進するために必要な考え方やステップなど、ますます求められるファクトベースの変革について考えてみたいと思います。


   日本企業におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組み状況を調べたいくつかの調査結果を拝見すると、DXが思うように進んでいない、具体的な成果を出すまでに至っていない、という回答が多いようです。

※中小企業庁 「2022年版 中小企業白書」
※経済産業省 「DXレポート2.2 概要」 

 こうした回答をした企業の経営者や担当者は、取り組み開始の前に、DXの実装効果が明らかになるまでにどのくらいの期間がかかると考えていたのかという点を想像すると、非常に興味深い結果だと思います。

 もしかすると、かなり力を入れて取組んでいるので、開始1年後にはある程度の成果が見えてくるはず、あるいは、2年~3年程度の期間で投資回収を行う必要がある、といった形で、比較的短期間で成果導出を期待していた企業が多く、結果として、現時点では(短期的に)うまくいっていないという評価をする企業が多いのではないでしょうか。

 自社の事業や商品開発等の業務プロセスにおいてデータを活用し、質の高い企画作りが自走している状態を作るため、経営者や経営層がDX推進に取り組むことを意思決定したタイミングを起点として、取組み開始の時点で期待したの成果水準に到達するまでに、どの程度の時間を要するものなのでしょうか?

 今回は、DXの取組み主体である社員の価値観を変え、考えることを止めることなく、変化への適応を続け、価値提供を行うというメンタリティを根付かせるためにかかる期間について考えてみたいと思います。


1.時間をかけて少しずつ伝播させていくもの

 私が師事する大学院の教授が、ある授業の中で、マッキンゼーが提唱する組織変革のフレームワークである「7S」について解説をしてくださった際、以下のようなことをお話されていたので、ご紹介します。

 経営が組織に関するハードの「S」を変えることを意思決定し、新たな戦略のもと、戦略実行に適した組織構造を作り、人を動かすためのシステムを最適化した後、必要な人材が就き、スキルが蓄積し、新たなスタイルが定着し、社員の価値観が塗り替えられる、ここまでの一連の伝播、浸透にかかる時間は「6年~7年」を要することが多い


 以前、ある経営者のインタビューで「このような新しい取組みができるようになるとは、10年前には到底想像できなかった」という表現を拝見したことがありますが、この事象も、マッキンゼーの7Sの構造で説明できます。

 この法人が10年前に変革を意思決定した結果、ハードのSである、新たな戦略、組織構造、システムが駆動することを通じ、ソフトのSが変わり始め、新しいチャレンジを可能とする人材、スキル、スタイルが定着することで、新たなチャレンジを是とする組織共通の新たな価値観が浸透したことで、アウトプットが可能になった、という伝播・浸透のメカニズムを、経営者の所感の中からも読み取ることができます。

 例えば、メーカーのマーケティング活動において「属人的な商品企画を脱し、データを活用することで、質の高い企画作りが自走している状態を作りたい」という目標を起点に考えると、以下の流れでソフトのSを変えていく必要があることがわかります。

  1. デジタル思考(事実ベース)で業務を行うという方針を示す

  2. デジタル思考の業務を進めるための組織やチームを編成

  3. デジタル思考の業務へのシフトを推奨し、プロセスを評価する仕組みを導入

  4. データリテラシー(読み解く力、データを起点に思考する力)を備えた人材の育成やスキルの習得を支援

  5. デジタル思考(事実ベース)の取組みを当たり前に、日々実行、実践することを通じ、顧客価値を提供するという価値観が組織内共通のカルチャーとして浸透していく

 このように、デジタル思考(事実ベース)で業務を行うという方針を示した後、概念だけを唱えるのではなく、日々の実践を通じ、徐々にスタイルが変わり、必要なスキルが習得され、会社の共通の価値観として定着させるまでに、少なくとも5年、一般的には6年~7年の時間を要します。
 
 DXの進みが遅く、成果に繋がっていないと感じている方には、そもそも、社員(人)の価値観を変えるのには時間がかかるもの、という前提をご理解いただく必要がありそうです。
 

2.中期的に当たり前のものとする

 「属人的な商品企画を脱し、データを活用することで、質の高い企画作りが自走している状態を作る」という目標を取り上げた場合、その業務のプロセスは、以下の通りに分割することができます。

1.市場理解

①自社商品の課題理解
②競合商品特徴理解
③市場のトレンド理解

2.ターゲット理解

①自社購入者のリサーチ
②商品購入者クラスタ策定
③インサイトの抽出

3.企画・開発

①商品コンセプト策定
②コンセプト仮説の検証

4.営業準備/営業企画
5.販促準備(オンオフ/デジタル企画)

 この一連のフローの中で、取組み初期の段階では、市場理解や、ターゲット理解等、データに基づいて自社の課題を可視化する部分は、データの読み解きや示唆出しに長けた外部のアドバイザーを「データ活用ガイド役」として活用することで、自社の社員は、ファクトから抽出された仮説を元に、企画をブラッシュアップする(考えるプロセス)ことからアクションを開始できます。

 伴走役とともに、データ起点の業務プロセスや事例作りを、1度、2度と回転させることを通じて、データをもとに自社の課題を可視化するスキル(読解力)の習得と、データをもとにして企画する力(思考力)を養うことが可能です。

 その後、数年かけ、徐々に、外部の専門家による伴走量を減らし、ガイドなしで当たり前に実践できる組織に換えていく、というアプローチが適していると考えられます。

 DXは、新たなITシステムの開発、SaaS系のプロダクトの活用、アプリやデジタルツールの導入によって実現されるものではありません。デジタル思考(事実ベース)の取組みを、日々当たり前に、実行、実践することを通じ、顧客価値を提供するという共通の価値観やスタイルを備えた人材の育成と、組織文化の定着と浸透が、DXの取組みの本質です。

 したがって、デジタル思考の業務スタイルが浸透し、全レイヤー、全ての業務で、ファクトベースの意思決定や顧客価値の開発が行われ、可変する時代の要請にアジャストできる企業体に変わっていくことを、DX推進の成果とする場合、5年~7年程度のスパンを覚悟した上で、時間をかけ、少しずつ、着実に、企業組織の風土を変革する、浸透させる、という進め方が求められます。
 このように、DX推進の旗振り役や評価者は、短期的な成果の有無に一喜一憂する手前側で、本件取組みの基本的な性質や構造、時間軸について理解する必要がありそうです。

3.まとめ


時間をかけ少しずつ伝播浸透させ、メンタリティとして根付かせる

 次回は、デジタル思考を日常の業務に活かすフローと、メーカーのマーケティング活動におけるデータ起点の施策例について、ご紹介したいと思います。

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