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駒井哲郎 線を刻み、線に遊ぶ:2 /慶應義塾大学アート・センター

承前

 慶應との所縁を掘り下げたコーナーを導入として、駒井が影響を受けたオディロン・ルドン、パウル・クレー、長谷川潔の各1点を展示。
 ルドンのリトグラフ《ブリュンヒルデ(神々の黄昏)》(1894年)。はらりと舞い散る花の、儚げな描線が美しい。

 《樹木  ルドンの素描による》(1956年  ※リンクの画像=練馬区立美術館所蔵)は、ルーブル美術館所蔵のルドンの素描から着想を得たもの。
 ルーブルのサイトをみてみよう。 

 モチーフを左右反転しており、枝ぶりなどよく写してはいるのだが、表現としてはまったく別物。
 ルドンが影を強調し、どちらかといえば面的に描くのに対し、駒井は細い線を積み重ねている。もちろん、銅版画と素描という技法の違いは前提としてあるものの、表現の指向性がそれ以上に異なっていると思う。

 この作品を契機として、駒井は樹木だけを1、2本、あるいはさらに多く林立させた作を、しばしば描くようになった。どれも背景や地面はなく、根っこが宙に浮いているような描きぶり。他人の空似ではあろうが、菱田春草の《落葉》(1909年  永青文庫  重文)を思わせるところがある。

 会場では、樹木の作品群がまとまって展示。刻まれた線の緻密さと、無駄のないミニマルさが併存した佇まいに、大いに魅せられた。
 奇しくも、絵から受けるある種の寂しさは、昨今の初冬の冷えびえとした空気にはよくお似合いであった。
 ポスター、A5判図録の表紙、DMの大判ハガキ。どれも異なる図ではあるが、樹木で統一。

 下の会場写真で、中央の壁に掛かる額装が樹木の作品である。そして、島状の覗きケース2つと右側の壁が、慶應義塾の刊行物『三田評論』『塾』に寄せたカット原画。紙片に、バラエティあふれる絵や模様が描きこまれている。

 本展のサブタイトルは「線を刻み、線に遊ぶ」。前半の「線を刻み」を象徴するのがエッチングによる樹木の線描とすれば、「線に遊ぶ」のほうは、こういった挿絵の類が該当する。
 挿絵にはエッチングの技法がほぼ使われず、より絵画に近い性格をもつモノタイプという版画技法や、版ではなく、インクや水彩で直接描く手法が用いられている。
 いずれにしても、エッチングの作とはかなり趣を異にしている。技法からくる質感・視覚効果の単純な違いはもちろんのこと、画風もそれに合わせて変化させているゆえに、そう感じられるのだろう。
 かわいらしいもの、親しみやすいものが多々。どんなページに使われたかわからないけれど、見開きのアクセントとして使いやすかっただろうなとは、総じて思われた。

 DMの裏面に使われている、ふしぎな鳥の挿絵がおもしろい。パウル・クレー的でもある。

 こればっかりは、どのページで使っても、文章を喰ってしまいそうな気がする。じっさいのところ、どうだったのだろうか。あるいは軽いエッセイや子ども向けなどであればいいのかも……
 こんなふうにあれこれ考えても、そうでなくとも、自由な目で観て、作者による「線の遊び」に気軽に加わることができるような作品群だと思った。

 ——モノクロームの小品ばかりがたくさん広げられた小さな展示室は、しかし、目に見えないさまざまな彩りや輝きがみられる、宝箱のような場所であった。
 展示は、年明けまでまだしばらく続く。土日祝日は休館なので、ご注意を。



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