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ジョルジュ・ルオー― かたち、色、ハーモニー ―:1 /パナソニック汐留美術館

 この館のライフワークともいえる、ジョルジュ・ルオーの展覧会である。
 副題となっている「かたち、色、ハーモニー」は、ルオーがみずからの目指すところとして、折に触れて述べてきた言葉。それをよく示す——すなわちルオーの真髄を表す名作が選りすぐられている。
 今年のルオー展が例年と異なるのは、フランスのポンピドゥ・センター(パリ国立近代美術館)から多数の作品を借用できた点。これには、同館の大改修工事が関係している。出開帳(でがいちょう)の側面も、本展にはあるのだ。
 パリからやってくる名品たちを迎えるべく、開催館のみならず、国内からも作品が集まった。新収蔵品2点のお披露目も。例年にも増して豪奢だ。

 回顧展らしく制作年代順に、若描きから静かにスタート。われわれのよく知るルオー像からは、まだ程遠い。
 初期作の終盤では、敬愛する師・ギュスターヴ・モローとの交情を示す資料や、影響関係のみえる作例が出品されていた。
 この序章のトリを飾るのは、モローの油彩《オルフェイスの苦しみ または 地上で涙にくれるオルフェイス(習作)》。暗澹とした画面に、目玉焼きのような月が印象的なこの作は、恋人の死を悼んだもの。ひとつめの、新収蔵品である(公式ページに画像あり)。

 次章からは、モロー没後の作品となる。極太の筆線で構成される見知ったルオー像に、ようやく近づいていく。
 モロー流の繊細さがまるで足枷でもあったのではと受け止めてしまうくらい、この時期のルオーはがらりと画風を変えた。ここには、セザンヌからの影響が大いにあったという。

 ※右端の黄色い壁に掛かっているのがモローの油彩。中央の2点は表裏に別の絵が描かれており、両面から鑑賞できるようになっていた。本展は、会場デザインにも丹念な工夫があり、美しかった。

 上の写真左側(と、この下)にある、ジュークボックスに似たモチーフは、セザンヌを顕彰する噴水の図。
 建立のプロジェクトは頓挫してしまったが、ルオーはこうした完成予想図を数点残している。
 広島・尾道のなかた美術館所蔵。存じ上げない美術館だったが、こんなにいいものを持っているとは。


 続いて、ルオーが幾度も描いた代表的モチーフ「道化師」と「裁判官」の部屋。
 同じ図柄でも、年代によって描きぶりは大きく異なる。その比較がおもしろかった。
 道化師のデュオを描いた《二人組(二兄弟)》 (ポンピドゥー・センター)は、1948年の作。端正な顔つき、穏健な筆さばきである。

 ※ポンピドゥー・センターのアーカイブは、ほんとうにすごい。高精細で、かなりの拡大が可能。ぜひお試しあれ。

 これに対し、後年に描かれた《グレゴワール》(1953~56年  ポーラ美術館)は「盛りまくり」。表面の起伏は激しいことこの上なく、孔(あな)がたくさん開いた溶岩石をみるようだ。
 凹凸に比例してイエローの色彩はさらに強烈なものと映るが、同時に、黒の輪郭線もまた際立つ。
 そして、この輪郭を見ていくうちに、先ほどの《二人組》のひとりと顔つきが似通っており、同じモデルではないかとも思えてきて、全体としてのあまりの印象の違いに愕然とするのである。
 かたや生身の人物像、もう一方は象徴化された聖人像といった趣。この2作が並ぶさまは、歩みを止めず、自己を掘り下げていったルオーの姿をよく表していたのだった。(つづく)


汐留・浜離宮恩賜公園にて。松の根元にあるのは、自動運転の芝刈り機。ルンバ的なもの



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